11月24日(土)、TOHOシネマズ日比谷スクリーン12にて特別招待作品『ある女優の不在』が上映された。一人の少女から送られてきた動画をきっかけに、イランの人気女優が監督と共に彼女が住む地方の小村を訪ねる物語。上映後のQ&Aには、主演のベーナズ・ジャファリさんが登壇した。
初めに、市山尚三東京フィルメックス・ディレクターから、ジャファリさんが第1回東京フィルメックスのオープニング作品であるサミラ・マフマルバフ監督の『ブラックボード 背負う人』の主演を務めていたことが紹介された。当時は監督のみが来日し、ジャファリさんは来られなかった。約20年を経て、彼女を招ぶことができた幸運を喜んだ。
ジャファリさんからは、「日本に来ることは昔からの夢で、今回夢が叶って嬉しい。日本は、私にとって太陽の国であり、神様がくれた機会に感謝している」と挨拶があった。
客席から最初の質問では、ジャファル・パナヒ監督の映画では現実と創作の境界が曖昧だが、本作ではどこまでが実際のことかが問われた。ジャファリさんによれば、すべての内容が脚本に書かれていたという。撮影場所はアゼルバイジャン州の小さな村で、「村独自の習慣にあわせて若干の変更はあったが、基本は脚本に書かれた通りに撮っていた」とのこと。
パナヒ監督も映画監督役で出演しており、内容が現実か設定かは関心が高かった。次の質問で挙がった具体的なシーンでは、実際に行われている風習もあれば、演出のためであろう行動もあったと、ジャファリさんは説明した。
例えば、パナヒ監督は車に残ってジャファリさんが一人で夜の村を歩くシーンは、撮影した村が監督の生まれ育った村であり、彼の親戚も多く住んでいたために可能だった。撮影期間中、ジャファリさんは安心感があり、守られていると感じていたそうで、「パナヒ監督も私を一人で夜の村に送り出すことに不安がなかったのだろう」と語った。
『ある女優の不在』には、イラン革命以前に活躍した女優、今人気の女優(ジャファリさん)、これから女優になろうとする少女と、3世代の女優が出てくる。村人の女優に対する偏見が描かれている点に触れ、時代で女優への見方の違いについて質問が出た。ジャファリさんは「女優ではなく、周囲の社会や家族の関係こそがこの映画のテーマだと思う。3世代の女優が属する時代ごとの伝統、家族や社会による縛りを説明するものだ」と述べた。
客席からの最後の質問は、パナヒ監督と意見が違ったシーンについて。ジャファリさんは、自殺したかもしれないと思っていた少女と対面したシーンを挙げた。パナヒ監督からはほどほどに少女を叩くようにと言われたという。指示の通りに演じたものの、ジャファリさんはまったく納得できなかったため、自分なら撮影中の現場を放り出させた少女を許せないし、手加減できないと監督に主張した。翌日の撮影では、ジャファリさんが激しく叩くなどすると、何も説明されていなかった少女役の女優が本気で怒ったため、途中で撮影を止めるしかなくなった。その上、彼女はテヘランに帰ると言い出し、ジャファリさんも監督と一緒に彼女をなだめる羽目になったそう。改めて演出の意図を説明して、3回目の撮影が行われた。
最後に、ジャファリさんは改めてお礼を述べ、パナヒ監督から出演依頼があった際から、東京に行きたいと言っていたことを明かした。そして、本作のカンヌへの出品が決まって、カンヌ行きを打診された際にも「カンヌは嫌だ。東京に連れて行ってほしい」と言って、パナヒ監督に呆れられたというエピソードを披露してくれた。
『ある女優の不在』は12月13日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他で公開される。
(文・山口あんな)