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【レポート】「マイルストーン」リモート Q&A

11月5日(木)、TOHOシネマズ シャンテで、コンペティション作品『マイルストーン』が上映された。本作は、北インドを舞台に、亡き妻の家族のために働くトラック運転手の苦悩を通じて、インド社会の厳しい現実を描いたドラマだ。上映後には、インドにいるアイヴァン・アイル監督と回線を結び、リモートによる観客とのQ&Aが行われた。

アイル監督はまず、長距離トラックの運転手を主人公にした意図を説明。「トラック運転手はどこにでもいます。資本主義社会を支え、廻しているのが、こういった運送業に携わる人たち」との言葉に続けて「ただ、気づいたんです」と前置きし、こう語った。
「様々な場所に移動していても、ドライバー自身はトラックという小さな箱の中に閉じ込められ、どこにも行っていない」。

そんなトラック運転手の姿は「私たちみんなに当てはまる」という。「私たちは自分の人生を動かす主人公であるにも関わらず、小さな社会、小さな箱の中に閉じこもって、なかなかそこから抜け出すことができません」。そこに普遍性を見出し、トラック運転手の視点で物語を作ることを思いついたのだという。

また、主人公のガーリブとその助手パーシュの名前は、インドの偉大な詩人から取られている。その理由を聞かれたアイル監督は「気づいてくれて、嬉しい」と喜びつつも、「今ではインド国内でも、この映画を見てそこに気づく人は少ない」と嘆いた。その言葉の裏には、インドの厳しい現実が横たわっている。「インド社会は今、詩や芸術といったものに価値を見出すことができずにいます。人々は日々生き延びるのに精いっぱいで、それを享受するゆとりがなくなっている」。この2人の名前には、そんな世の中に対するアイル監督のペシミスティックな見方が投影されている。

さらに、シーク教徒のガーリブと、亡くなった妻の関係にも、インド特有の問題が反映されている。「ガーリブは、クウェートで生まれ育ち、成長してからインドに移住した設定。だから、彼はインド移住後もよそ者で、都会のデリーでもなかなか馴染むことができない」。北東部のシッキム出身という設定の妻についても「同じようにシッキムの人たちは、インドに暮らしながらも、部外者という意識を持っている」と説明。2人に共通するのは、インドにいながら感じる“よそ者”意識だ。「そういう点で、2人にはどこか共鳴する部分があったのだろうというアイデアに基づき、こういう設定にしました」。

なお、劇中では言及されないが、ガーリブと妻の出会いには、次のような文化が裏付けとして存在するとのこと。「ガーリブのようなトラック運転手が独身の場合、北東インドの村に行くと、お金を払った上で縁談を持ちかけられることがあります」。

最後に「監督が感じる今のインドの閉塞感、問題点は?」と尋ねられたアイル監督は、「経済的に困窮しており、みんな生きるのに必死な状況」と語り、その実情を打ち明けた。「大多数の人たちは、短期契約の非正規雇用に頼ってきましたが、このコロナ禍で、そういった職がどんどん失われています」。続けて「誇張ではなく、本当にまったくお金がない人たちがいます。親元や兄弟の家に身を寄せざるを得ず、ストレスを抱えている人が多い」とも述べ、コロナ禍の厳しさを伺わせた。

「日本の巨匠の作品をたくさん見てきたので、日本で映画を見てもらうことは夢でした。会場に行きたかった」と冒頭で挨拶したアイル監督。「最も多くを学んだ偉大な日本の映画監督」という小津安二郎を筆頭に、市川崑、黒澤明、鈴木清順、是枝裕和、黒沢清ら日本人の他、サタジット・レイ、リッティク・ゴトク、デヴィッド・リンチ、ジム・ジャームッシュ、ジャファル・パナヒなど、好きな監督の名を次々と挙げ、自身の映画愛を披露。そんなアイル監督に客席から温かな拍手が贈られ、Q&Aは終了した。

 

(文・井上健一)


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