第20回東京フィルメックス開催に先駆け、11月23日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町にて「映画の時間プラス」が行われた。
今回の「映画の時間プラス」で上映されたのは、第19回東京フィルメックスのコンペティション部門でスペシャル・メンションを受賞した広瀬菜々子監督長編デビュー作の『夜明け』だ。今年は字幕に加えて、音声ガイドの導入も試みたバリアフリー上映を行った。
上映後は、広瀬菜々子監督と字幕担当の山上庄子さん(写真右から2人目)、また音声ガイド担当の松田高加子さん(写真右端)も登壇され、それぞれの思いを語った。
広瀬菜々子監督は「記念すべき第20回東京フィルメックス に『夜明け』を上映していただき、本当に嬉しく思っています」と述べ、市山ディレクターに「今回のバリアフリー上映の製作では、どのようなところに苦労されたか」と聞かれると「映画の本質に関わるとこを突きつけられる瞬間がたくさんあり、そこをどう伝えるかが難しくスタッフの方ともかなり議論を重ねました」と答え、それぞれの担当者もそれに大きく頷き、字幕を担当された山上さんは『夜明け』はまさにバリアフリー製作者にとって課題のような作品だったと述べた。
こうした字幕や音声ガイド製作には、必ずモニター検討会が設けられる。モニター検討会では、製作者のみならず障がいのある当事者や監督も参加し確認を行う。しかし、バリアフリー制作では監督が携わらないで制作を行う事もあると言う。しかし、今回のように監督と共に作り上げた作品には、「映画を楽しむ当事者への伝わりやすさだけでなく、その映画の持っている作品性にも踏み込んだ奥行きのある演出ができた」と山上さんは語った。
実際、字幕ではセリフに合わせて主人公の名前をただ表示するのではなく、そのシーンに合わせて表示名を変化させている場面がある。そして、それは当事者への説明ということだけではなく、確かに映画の作品性に合わせて行われた演出であると言えた。
観客からは、全体的にほぼ手持ちのカメラを使われていたことの理由を聞かれ、広瀬監督は「誰かがあたかも演者の後に付いて見ているようなカメラワークにすることで、演者さんの目線にも敏感になれるような表現を目指した」と語られた。そして、今回の音声ガイドでも、主人公が恐る恐る家の中を見渡すシーンなどでまさにこう言った“目線”の描写が細かくなされている。
観客から、音声ガイド制作にあたってもこのようなカメラワークや監督の意思を普段から意識されてつくるのかという質問が問われると、松田さんは「専門的には製作者の主観や監督の意志よりも、見えるままに伝えるということを大事にしている」と語り、今回はまさにそうした監督の意志とカメラワークとがマッチしていた作品であったために音声ガイドでもまるで主人公と一緒に辺りを見渡しているかのように表現したと語った。
映画のラストシーンについての感想で、不器用な青年の思い切った行動が覚悟のようにも見える一方で身勝手であるとも見受けられたという意見に対して監督は、「一人一人の人間が抱える大きな矛盾を思い切って描きたかった」と述べ、そうして映画を楽しむことによっって“問い”が生まれることが本来の映画の持っている豊かさではないかと語った。
広瀬菜々子監督の新作『つつんで、ひらいて』は12月14日イメージフォーラムにて上映。
『夜明け』にて、若者が他者の期待に応えようとする気持ちと自身の感情とのせめぎ合いを巧みに表現した広瀬監督が1万5000冊をデザインした装幀者、菊地信義を映したドキュメンタリー。
(文・柴垣萌子、写真・明田川志保)