第23回(2022年)東京フィルメックス 上映作品エントリー受付中

第23回東京フィルメックス(2022)の上映作品、エントリーを受付中です。
Film submissions are now open.

【エントリーフォーム・応募規約 日本語】
【Entry Form, Regulations in English】

◎応募締切(必着)
2020年6月30日(木):特別招待作品
2020年7月15日(金):コンペティション

みなさまからエントリーをお待ちしております。

 

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訃報:エドゥアルド・ロイ・Jr監督

エドゥアルド・ロイ・Jr監督(Eduardo ROY Jr.)が、2022年2月21日、亡くなられました。41歳でした。

第17回(2016)では監督作『普通の人々(Ordinary People)』を東京フィルメックス・コンペティションで上映され、学生審査員賞を受賞されました。『普通の人々』上映時には来日され、観客との質疑応答にも丁寧に応えてくださいました。

謹んで哀悼の意を表しますとともに、心からお悔やみを申し上げます。

東京フィルメックス事務局

【レポート】11/05『ユニ』Q&A

11月5日(金)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『ユニ』が上映された。本作は、第18回東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した『見えるもの、見えざるもの』のカミラ・アンディニ監督による3本目の長編映画。高校の最終学年を迎えて大学進学を目指していた10代の少女ユニが、突然の結婚話に葛藤する姿を通じて、インドネシアの若い女性たちを取り巻く状況を描いた物語だ。上映後にはQ&Aが行われ、登壇したアンディニ監督が、観客の質問に答える形で製作の舞台裏や映画に込めた想いを語ってくれた。

登壇したアンディニ監督はまず、本作誕生のきっかけとなった出来事を明かしてくれた。それは、2017年に前作『見えるもの、見えざるもの』が完成した後のことだった。

「私の家の家政婦がある時、『村に帰りたい』と言ったんです。事情を聞いてみると、『娘が17歳で妊娠して、状態がよくない』と、だいぶ心配している様子。なぜそんなに若い年齢で結婚したのか、さらに尋ねてみたところ『婚姻の申し出がいくつか続いたので、決まった』と」。

自身が10代の頃も若くして結婚する女性が周囲にいたことから、長い間“10代の結婚”という題材が頭にあったアンディニ監督は、これを3作目にすることを決意。その家政婦の娘をモデルに、監督自身の視点を加えて、主人公ユニが誕生する。さらに、メイドの娘の結婚式では激しい雨が降っていたことから、そのビジュアルを糸口に、今まで温めてきた構想を反映して物語を作り上げた。

その主人公ユニは、劇中で見事な存在感を発揮しているが、演じるアラウィンダ・キラナさんは、演技をするのは初めて。この起用は、次のような経緯によるものだった。物議を醸しかねないテーマゆえ、ユニ役をロケ地・セナヤンの地元住人から探すことは難しいと考え、首都ジャカルタでキャスティングを実施。その際、有名人以外を条件に探した末、アンディニ監督のアシスタントがインスタグラムでキラナさんを発見する。

「実際に彼女に会ってみたら、とても勇気があり、私のビジョンを理解し、この映画のテーマについても自分の意見を持っている知的な女性でした。当時18歳でしたが、チャレンジを厭わず、他の若い女性とはだいぶ異なる印象。固定したイメージもなかったので、一緒にこの映画を作ってくれる相手にぴったりだと考え、彼女に決めました」

「この作品をインドネシアで作るのは、かなりの困難を伴うと予想していました」と口にしたアンディニ監督だが、夫であるプロデューサーを始め、趣旨に賛同してくれるパートナーたちと共に制作を進め、映画は完成。そして、作品に込めた想いを、次のように語ってくれた。

「インドネシアでは10代をテーマにした作品は多いのですが、都市部を舞台にしたものが大多数。でも実際には、ユニのように地方に住んでいる子の方が多い。だから、そういった若者たちの声を代弁する作品にしたいと思っていました」。

結果的に心配していた検閲も無事にパスし、12月にインドネシアでの公開も決まり、「解放感でいっぱい」と笑顔を見せた。

なお、劇中では詩人サパルディ・ジョコ・ダモノの詩が印象的に引用されている。その意図を「ユニにとって、詩は現実逃避の場なので、脚本を書いているときから、詩を取り入れようと思っていました」と語ったアンディニ監督。そこで思い浮かんだのが、「6月の雨」という詩だった。理由については「雨の結婚式というモチーフがあったこと、“ユニ”という名前は、インドネシアでは6月生まれの子どもに付ける名前でもあるため」と説明。

なお、ジョコ・ダモノの詩に関しては、こんな裏話も明かしてくれた。実は、映画監督である彼女の父、ガリン・ヌグロホが製作した1991年の映画『一切れのパンの愛』でもジョコ・ダモノの詩にメロディーをつけて引用しており、子どもの頃からなじみがあったとのこと。それも本作で引用した理由の一つで、その曲は本作のエンディングでも流れている。

このほか、ユニが紫色を好む理由、本作と前作『見えるもの、見えざるもの』との関係など、ひとつひとつの質問に丁寧に回答してくれたアンディニ監督。最後に「パンデミックの最中、この会場に足を運んでくださることは容易ではなかったと思います。今日は本当にありがとうございました」と挨拶すると、客席から大きな拍手が贈られ、Q&Aは終了した。

文・井上健一

写真・白畑留美、明田川志保

【レポート】11/03『永安鎮の物語集』リモートQ&A

11月3日(水)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『永安鎮の物語集』が上映された。上映後にはリモートQ&Aが行われ、ウェイ・シュージュン監督がリモートスクリーンに登場した。本作は、映画製作が人々に巻き起こす「波紋」を描いた3部形式の作品で、ウェイ監督の長編2作目となる。カンヌ国際映画祭監督週間で上映された。ウェイ監督は「今回、東京フィルメックスで日本のみなさまに作品を観ていただくことになり、ありがとうございます」と挨拶。

質疑応答に移り、まず、製作の経緯について訊かれると、ウェイ監督は濱口竜介監督の『偶然と想像』を引き合いに出し、本作は「偶然に生まれた作品」と強調した。別の映画の撮影準備をしていたが、撮影が不可能な状況に陥ったため、脚本家に相談したところ、脚本家が別の企画を持ちこんだという。脚本家が第1部を語り始めてから、第2話、そして第3部までの枠組みは、わずか20分で決まったのだとか。急遽変更したその企画が本作になったそうだ。

第1部では突然やってきた映画撮影隊に揺れ動く地元の人々、第2部では映画の主演として故郷に凱旋したスター女優、第3部では映画製作者がそれぞれ描かれている。このような構成にしたのは、第1部と第2部で人々に「波紋」を生じさせた張本人たちを第3部に登場させて流れを作る狙いがあったからだという。

次に、撮影現場のシーンは監督の実体験がどれぐらい反映されたかという話に及んだ。劇中の監督と脚本家のイメージ以外は、実際の現場の雰囲気が反映されているという。監督自身は、劇中の監督のように偉そうにふるまっていないとか。脚本家のカン・チュンレイさんとの関係は良好で、理性的にコミュニケーションを取り、互いを理解できるように話し合いを重ねたそうだ。

また、元々撮影しようとしていた脚本を急遽変更したことで、キャスティングに苦心したことも明かしてくれたウェイ監督。元の脚本で決定していたキャストをそのまま使って新たな脚本で撮影したかったそうだが、キャストからの同意を得られず、解約金を支払って、新たにキャスティングをしたという。ちなみに、劇中の脚本家役は、本作の脚本を担当しているカン・チュンレイさんが演じている。

本作の撮影地は湖南省の地方都市だが、ウェイ監督によると、脚本が急遽変更になっても、すでにスタッフが現地入りしていたため、撮影地を変えずにそこで撮るしかない、やむを得ない状況での撮影だったそうだ。ただ、撮影を行った町は、かつては繁栄していたのに今では衰退した町だが、その一方で新たな地域振興が推進され、新旧の雰囲気が混在していて本作にふさわしいと考えたという。

さらに、エンディング曲のラップについて質問があがった。ウェイ監督自身はラップ好きで、本当は自らが手がけたラップを使いたかったそうだが、自身のレベルはまだまだなのでプロに依頼したという。ラップのタイトルは柔道でいうところの「背負い投げ」のような意味合いで、ラップの内容は意見の異なる2人の戦いを表現しているそうだ。

最後に、ウェイ監督は、「感染状況が危うい中で、映画を観に来ていただきとても嬉しいです。みなさんと一緒に映画を観ることができないのは残念ですが、またフィルメックスに参加して、みなさんとリアルにお会いしたいです」とリモート越しに観客に語りかけ、質疑応答を締めくくった。

ひとつひとつの質問に丁寧に回答してくれたウェイ監督には、会場から大きな拍手が送られた。ウェイ監督の今後の活躍に期待したい。

 

文・海野由子

写真・明田川志保

第22回東京フィルメックス終了のご報告

2021年10月30日(土)から11月7日(日)の会期で「第21回東京フィルメックス」を開催いたしました。

今年も新型コロナウイルスの感染対策を徹底しつつ、無事に開催し、閉幕することができました。ご来場頂いた皆様に厚く御礼を申し上げます。
上映全24作品の監督はじめ、ご出品にご尽力いただきました皆様、そして上映当日ご登壇・リモート出演いただいた、79名の来場ゲストの皆様にも心より御礼申し上げます。

引き続きのご支援のほど、心よりお願い申し上げます。
(ご支援はこちらから)

来年は10月29日(土)から11月6日(日)の会期で「第23回東京フィルメックス」の開催を予定しています。皆様のご来場お待ちしております。

認定NPO法人東京フィルメックス実行委員会

詳細は以下からPDFをダウンロードしてご覧ください。
第22回東京フィルメックス結果報告

【オンライン配信】特別対談 黒沢清監督×濱口竜介監督

オンライン配信特設サイト「ONLINE FILMeX 2021」にて特別企画として「特別対談 黒沢清監督×濱口竜介監督」を配信中です!

11月23日(火・祝)23:59まで、無料でご覧頂けます!

プログラム内容:東京フィルメックスは2008年に濱口竜介監督の「PASSION」を上映した際に、「大学院の修了制作である「PASSION」を応援しよう」と、大学院の恩師である黒沢清監督との対談を企画しました。そして2021年、濱口竜介監督が「偶然と想像」を引っ提げ、オープニング作品として凱旋!13年を経て、久しぶりにお二人をお招きして、「偶然と想像」を中心に語らっていただきました。師弟の映画談義、存分にお楽しみください!

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11/7(日)12:40〜 特別上映Aについてのご案内

第22回東京フィルメックス最終日となる明日11月7日(日)の12:40より上映する「特別上映A 」の上映作品についてお知らせします。本プログラムの上映作品につきましては、諸般の事情により、タイトルの発表を控えておりました。しかし、無事に上映素材も到着し準備が整ったと判断致しまして、遅ればせながら発表することと致します。

特別上映として『時代革命(Revolution of Our Times)』(2021年、香港、キウィ・チョウ監督)を上映します。

作品詳細はコチラ

【レポート】11/02『見上げた空に何が見える?』Q&A

11月2日(火)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『見上げた空に何が見える?』が上映され、上映後にはアレクサンドレ・コベリゼ監督によるリモートQ&Aが行われた。本作は、ジョージアのリオニ川の河畔に広がる都市クタイシを舞台に繰り広げられる物語で、コベリゼ監督の長編2作目となる。ベルリン映画祭コンペティション部門で上映された。

リモートで登場したコベリゼ監督は、「上映していただいたフィルメックスには感謝しております。みんな、すごく喜んでいます。また、観に来てくださった方、わざわざ足を運んでくださったこと、Q&Aに残ってくださったこと、とても嬉しく思っています」と挨拶。

早速、質疑応答に移った。

まず、本作をとても自由な作風と評した観客からは、どのように企画を通したかという質問があがった。本作は、コベリゼ監督が在籍していたベルリンの映画学校の卒業制作作品で、選ばれた卒業作品に対して支給される助成金を得て、さらに、ジョージアのフィルムセンターからも助成金を得て制作されたそうだ。そのため、制作時には「ある程度、安心感があった」とのこと。低予算の学生映画ながら、スタッフにも少額ではあったがギャラも支払えたそうだ。

次に、劇中によく登場するサッカー、子ども、犬、アイスクリームといった要素が果たす役割について尋ねられると、コベリゼ監督はその意図を次のように語った。「この作品では、演技はとてもシンプルで、エモーショナルなものを喚起させるようなドラマティックなものではありません。通常、ひとつのシーンをドラマティックまたはエモーショナルにするための多くのツールを使いますが、この作品ではあえて使っていません。その代わり、エモーション(感情)を観客に伝えるためのコミュニケーションとして、自分が好きなものを映画の中に取り入れています。挙げられた要素は、すべて僕が好きなもので、わくわくする興味深い対象です。」

また、本作のキーとなる「呪い」と「映画」とのかかわりについて話が及んだ。呪いは魔法に通ずるが、どのように呪いを解くかということを真剣に考えるなか、「魔法には魔法で対抗しよう」と思いついたというコベリゼ監督。「自分にとっての魔法は映画です。映画を観るとき、映画の技術やツールは理解できても、それがどうして自分の心に届いているのかを考えると映画はとてもマジカルなものに感じます」と、映画への想いを語ってくれた。

登場人物の足元を映した場面が印象的な本作。特に主人公の2人が偶然に出会うシーンも足元だけが映し出される。このシーンの意図について、コベリゼ監督は「役者にどういうふうに演出するかとても難しい。こういう瞬間、どういう表情をすればいいのかわかりませんでした。顔を見せずに足もとだけを見せて、あとは観客のイマジネーションに任せることにしました」と説明。続けて、「もうひとつ意図したことは、こういう瞬間は2人のプライバシーなので、足元だけでいいだろうと考えました」と付け加えた。

さらに、本作では、光、風、自然がとても柔らかく描かれているが、撮影時にはどのようなことを意識したかという質問が寄せられた。コベリゼ監督によると、監督自身もスタッフたちもクタイシ出身ではなかったため、クタイシで撮影するということ自体を意識し、気を配ったという。ジョージアで3番目に大きな都市であるクタイシは、地理的にも、文化的にも、政治的にも、国のハート(心)のような存在で、特に、文化面では、重要な文筆家、詩人、ミュージシャンを輩出しているとか。わくわくする面もあったが、気を遣うことも多かったそうだ。絵コンテを描いては描き直し、描いては描き直しの日々で、準備期間中に観た他の作品から影響を受けたことも明かしてくれた。

最後にコベリゼ監督は、「長い映画を観ていただきありがとうございます。制作者にとって、観客に観ていただくことが大きな贈り物となります」と観客にあらためて謝意を述べ、質疑応答をしめくくった。コベリゼ監督の今後の活躍に期待したい。

 

文・海野由子

写真・白畑留美、明田川志保

【レポート】11/1『小石』Q&A

11月1日(月)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『小石』が上映された。本作は、気が短く暴力的な父と寡黙な幼い息子が、家を出ていった母を呼び戻すために旅する姿を通じて、家父長主義的な社会の問題を炙り出した意欲作。インドの俊英P.S.ヴィノートラージ監督の長編デビュー作で、ロッテルダム映画祭でタイガー・アワードを受賞した。上映後にはリモートによるQ&Aが行われ、ヴィノートラージ監督とクリエイティブ・プロデューサーのアムダヴァン・カルッパィアーさんが、観客の質問に答える形で映画の舞台裏を語ってくれた。

ヴィノートラージ監督自身の経験に基づいて生まれた本作について、まず「子どもの頃から一緒に暮らしてきた人たちの生活がベースになっているので、とても現実に近い作品、現実に近いキャラクター造形になっています」と背景を説明。その上で「舞台をタミルという地域に限定していますが、物語としては非常に普遍的で、世界中の人たちが共感できると思います」と付け加えた。

その物語を彩るリアルな佇まいの出演者たちについては、「主役の父親以外、演技経験はありません」と舞台裏を告白。唯一、演技経験を持つ父親役のカルッタダイヤーンさんも、ポストモダンの劇団に所属する役者だが、映画に出演するのは初めて。その劇団をヴィノートラージ監督が知っていたことから、脚本を書き上げた時、父親役に起用することを真っ先に思いついたという。「舞台を見たら、怒りの表現が素晴らしかったので、『ぜひやってほしい』とオファーしたところ、すぐに作品の意図を理解し、参加を決意してくれました」。

その一方で、息子役のキャスティングは難航。80人くらいオーディションを重ねたものの、相応しい少年が見つからなかったため、役と似たバックグラウンドを持つ子を探し、ようやく出会ったのがチェッラパーンディくんだった。期待通りの演技を見せたチェッラパーンディくんについて「現実の彼の境遇が、役より過酷だったこともあり、監督の意図をスムーズに理解してくれました」と満足そうに語った言葉からは、同時に現実の深刻さも伝わってきた。なお、この2人以外の登場人物は、現地の住民たちが演じたとのこと。

また、本作の大きな特徴は、舞台となる広大な大地を様々なアングルから撮影し、時には延々と続く長回しのワンカット撮影を取り入れるなど、工夫を凝らしたカメラワークだ。脚本執筆中からヴィノートラージ監督は「キャラクターは3人」と言い続けていたそうだが、父と子に次ぐ3人目に当たるのが「風景」だという。それは、「育った土地の風景が、その人の行動に影響を与える」という考えに基づいたもの。そのため、「大地をどう撮るかが重要」で、撮影場所を探すロケハンには8か月を費やした。その意図については、「広大さや干ばつの雰囲気を捉え、観客にも大地の灼熱感や湿気を感じてほしいと考えていました」と語った。

そして、「小石」という象徴的なタイトルについては「様々な意味がある」と言い、まず「旅をするとき、のどの渇きを抑えるために小石を口に含むことが昔から行われている」と現地の風習を説明。もちろんそれは、ヴィノートラージ監督自身もかつて経験したことで、劇中でも描かれている。さらに「子どもにとっては、どんな問題も小石のようなものだという意味も含まれている」と続け、最後にタイトルに込めた想いを次のように打ち明けた。「ここで描かれていることはどこでも起きていて、(小石のように当たり前の)日常を切り取っただけの物語に過ぎないということを示しています。こういうことは過去にも起きたし、未来にも起きるかもしれない」。

最後に、客席からリモートでつないだ2人に拍手が贈られ、Q&Aは終了した。

 

文・井上健一

写真・明田川志保