11月23日(金)、有楽町朝日ホールで「特集上映 アミール・ナデリ」の『華氏451』が上映された。本作は、本を読むことが禁じられた世界を舞台に、違法に所持された本を摘発、焼却処分する“ファイヤーマン”として働く男の姿を通して、管理社会を痛烈に風刺したドラマ。原作はレイ・ブラッドベリの名作SF小説で、1966年にはフランソワ・トリュフォーが映画化したことでも知られる。上映後には脚本を担当したアミール・ナデリさんがQ&Aに登壇。客席からの質問に答える形で、製作の舞台裏を語ってくれた。
登壇したナデリさんは、まず共同で脚本を手掛けたラミン・バーラニ監督との関係を説明。2人の出会いは、ナデリさんがニューヨークのコロンビア大学で仕事をしていた時。何度も挨拶してくるバーラニ監督を当初は避けていたものの、やがて根負けしてその理由を尋ねたところ、「あなたの映画を見て育ったので、いつか一緒に仕事がしたい」と答えたことから、親しくするようになった。以後、バーラニ監督の『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』(14)でも共同で脚本を執筆するなど、映画製作において密接な関係を保っている。
そんなバーラニ監督についてナデリさんは「弟のような存在」と語り、「繊細で頭がよく、アメリカ文学にも精通。男優の演出が上手で、素晴らしい演出家」と評価。お互いに馬が合うらしく、「2人でチームとして仕事をして行こうと考えている」とのこと。
本作の製作に当たっても、「物語は現在のアメリカ社会に当てはまる。今の時代、こういう小説を映画化しなければいけない」と2人で話し合い、アメリカの大手製作会社HBOに提案。これが認められて製作がスタートした。ナデリさんがイラン出身で、バーラニ監督の両親もイランからの移民であるため、「イラン人2人がこの映画を作ったんです」と冗談交じりに語り、場内の笑いを誘った。なお、ナデリさんのクレジットは脚本のみだが、実際には編集も手伝っているほか、作品の雰囲気づくりなどにも関わっているとのこと。
また、製作に当たってはフランソワ・トリュフォー監督の66年版も意識。「トリュフォーの作品はもちろん素晴らしいが、ロマンティックな雰囲気。今、同じように作るとバランスが崩れるので、今回は女性の出番を減らそうと話し合った。また、アメリカ社会の話に置き換えるのも難しかった」と、再映画化の苦労を語った。
さらに、大規模な作品のため、出演者の顔ぶれも豪華だ。主人公モンターグを『クリード チャンプを継ぐ男』(15)、『ブラックパンサー』(18)のマイケル・B・ジョーダンが演じるほか、『キングスマン』(14)、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(17)のソフィア・ブテラなど、ハリウッドスターが顔を揃える。中でも強い印象を残すのが、マイケル・シャノン。2度のアカデミー賞候補歴を持ち、『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)などでも活躍する名優だ。任務に忠実でありながら、複雑な内面を覗かせるモンターグの上司を巧みに演じている。
ナデリさんは「マイケル・シャノンは『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』にも出演しており、我々のスタイルを良く知っている。ハンフリー・ボガートのようにモダンで頭がいい」と称賛。さらに、「この映画では3人のキャラクターを中心に撮った。マイケル・B・ジョーダンもソフィア・ブテラも素晴らしかった」と、主要な役を演じた他の2人に対する賛辞も忘れなかった。
本作は日本での劇場公開は未定ながら、映画専門チャンネル「スターチャンネル」で放送予定。今回の上映を見逃した人も、この機会に視聴してみてはいかがだろうか。
取材・文: 井上健一 撮影:村田麻由美
ニュース/デイリーニュース
【レポート】『マジック・ランタン』舞台挨拶、Q&A
11月20日(火)、有楽町朝日ホールにて特集上映「アミール・ナデリ」の一本として、最新作『マジック・ランタン』が上映された。古びた映画館で映写技師として働く若者ミッチを主人公に、現実と幻想、映画へのオマージュが混淆された現代のお伽噺。上映に先立ち、ナデリ監督が舞台挨拶に登壇した。
特集上映では、ナデリ監督の自伝的映画であり、自らの初恋を描いた『期待』(74)に続く、2作目の上映となる。ナデリ監督は本作について、「いつか『期待』(74)のような作品をつくりたいと思っていました。長年、女性への愛を心のどこかに隠し、山を壊したり、火事を起こしたり、数々の乱暴を行いましたが、やっとその気持ちを取り出してこの映画をつくりました」と紹介。「私の作品を観たことがある方は、この作品を観ると驚くと思います。私も自分が作ったと思えない。私が作ったことを一度忘れて観てください」と観客へ呼びかけた。
上映後のQ&Aに再び登壇したナデリ監督は、本作の制作のきっかけとなった不思議な出来事について語った。ナデリ監督はアメリカで半年間、溝口健二監督の映画の修復に携わっていた。ある晩、暗い道を歩いていたとき、人の気配を感じて振り向くと、なんと溝口監督が立っていた。そのとき、溝口監督から背を押されたような気がして、この映画をつくる決心をしたのだという。ナデリ監督が以前、知人からDVDをもらい、「何度も何度も観た」と言うのは溝口監督の『雨月物語』(53)。「夢と現実を行き来する、魔法使いのような映画。いつか自分でも作りたいと思っていました」と語った。
観客からの最初の質問は、印象的な音の使い方について。ナデリ監督は「映画は音のためにつくっているようなもので、最初から考えている。いつもは映画音楽を使わないが、ハリウッドの近くで映画をつくると音楽を入れないといけないな、という気持ちになった」と明かした。『CUT』(11)や『山<モンテ>』(16)では、自然音や効果音を音楽の代わりに使った。本作で劇中に鳴る不思議な音は、『山<モンテ>』(16)で使った音を入れたという。
また、扉から女性の手が現れるシーンは『期待』を踏まえたものかとの質問には、「そうです。あの『手』のためにこの作品を撮りたかったのです」と答えた。キャスティングのとき、なかなか自分のイメージに合う女性がいなかったが、腕に目のタトゥーを入れているソフィー・レーン・カーティスさんに会ったとき、この人だと思った。夢と現実を行き来するイメージを、その腕が全て語ってくれるのではないかと思ったという。
本作には、ナデリ監督が「『映画に愛をこめて アメリカの夜』(73)のときから恋をしている」というジャクリーン・ビセットさんも出演している。事務所はなかなかOKしてくれなかったが、フランスの映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』でナデリ監督の特集が組まれ、幸いビセットさんが読んでいた。本人から映画に出たいと連絡があり、出演が決まったそうだ。ナデリ監督は「ビセットと最初に会ったとき、私の映画に出るなら、毎日ベジタリアンの私にサンドイッチをつくってほしいと言ったら、彼女は約束を守ってくれました。現場のランチはビセットの手作り」という羨ましいエピソードも明かしてくれた。
まだ多くの手が挙がっていたが、ここで時間となりQ&Aが終了。ナデリ監督は「カット!ありがとう!」「次の映画で!」と観客に声をかけ、舞台を後にした。
追記
第17回東京フィルメックスで上映された『山<モンテ> 』(16)は、2019年2月よりアップリンク吉祥寺での公開が予定されている。
文責:宇野由希子 撮影:明田川志保
【レポート】『ハーモニカ』舞台挨拶、Q&A
11月23日(金)、有楽町朝日ホールにて、「特集上映 アミール・ナデリ監督」より『ハーモニカ』('74)が上映された。本作は、1970年代にイランで制作されたアミール・ナデリ監督の初期作品のひとつで、自伝的作品でもある。上映前には、ナデリ監督が「Good Morning! Good Morning!」とにこやかに登場し、「他の国とは違って日本ではこうして朝早くからシネフィルが集まってくださいます。ありがとうございます」と挨拶した。
上映後にあらためて登壇したナデリ監督は、開口一番、「とても悲しい作品でしたね」と、久しぶりに本作を鑑賞した感想を語った。本作は、ナデリ監督が、イランの子供向けの映画を制作する児童青少年知育協会を拠点にしていたときに制作された作品で、今回は福岡市総合図書館所蔵の35ミリフィルム上映となった。
当時は純粋な気持ちで映画を作っていたため、海外で上映されることを念頭に置いていなかったというナデリ監督。イラン革命当時、『ハーモニカ』と『タングスィール』(’74)がイラン革命を後押ししたと周囲から言われたという。子供たちは『ハーモニカ』を観て、大人たちは『タングスィール』を観て行動を起こしたと。自分は政治的な人間ではなく、ただ、自分が体験した、貧しい町に暮らす子供たちの生活を描きたいと思っていただけで、後から政治的な意味合いを持つようになったと説明した。
また、ナデリ監督は、ハーモニカを権力の象徴のようにとらえたという観客からのコメントに対しても、敢えて権力というもの、権力者というものを意識していたわけではなかったと応えた。ただ、「この映画を観ると、人類の歴史を語っているようにも思えます。子供たちの姿がとても痛々しいです」と、やや複雑な表情を浮かべた。しかし、イラン革命後にアメリカからイランに戻ったとき、学校にはアミールという名前の子供が多く、作品を観た母親が子供に名前を付けたのではないかという話を聞いたという。本作がイランの社会に与えた影響の大きさを物語るエピソードだ。
本作では子供たちの生き生きとした表情が印象的だが、登場する子供たちはすべて素人で、現地で選ばれたという。「自分が撮りたい映像の中に、子供たちを入れるのは大変でしたが、子供たちもカメラの中で普通の生活をしてくれたので助かりました」と撮影時を振り返ったナデリ監督。
さらに、ラストカットで一変する画面の色についての質問を踏まえて、カラー(色彩)について話が及んだ。ラストカットの色は意図的で、「子供たちの中で革命が起きたような感じ」にしたかったそうだ。当時、モネ、ピサロ、ゴーギャン、ゴッホの作品を観て、印象派を意識した色彩(カラー)に力を入れていたナデリ監督は、ゴーギャンやゴッホのように、自然でプリミティブな映像で子供たちの姿を撮るために、自動車やプラスティックなどモダニズムの象徴となるものを消したという。児童青少年知育協会では、自由に何でも作ることができ、フィルムも豊富に用意された環境だったため、1シーンに20テイクかけることもあったとか。
東京フィルメックスでは、「特集上映 アミール・ナデリ監督」と題して4作品を上映してきたが、急遽、追加作品として『タングスィール』の上映が決定した。「『タングスィール』は革命そのものです。ぜひご覧ください!」と、ナデリ監督の呼びかけでQ&Aは終了。朝早くから駆け付けた熱心な観客から、大きな拍手が寄せられた。
文責:海野由子 撮影:吉田(白畑)留美
11/22 『自由行』 Q&A
11/22 『自由行』 Q&A
有楽町朝日ホール
イン・リャン(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)
台湾、香港、シンガポール、マレーシア / 2018 / 107分
監督:イン・リャン(YING Liang)
A Family Tour
Taiwan, Hong Kong/ 2018 / 107 min.
Director: YING Liang
11/22 『8人の女と1つの舞台』 Q&A
11/22 『8人の女と1つの舞台』 Q&A
有楽町朝日ホール
スタンリー・クワン(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)
香港、中国 / 2018 / 100分
監督:スタンリー・クワン (Stanly KWAN)
First Night Nerves
Hong Kong / 2018 / 100 min.
Director: Stanley KWAN
11/23 『アイカ』 Q&A
11/23 『アイカ』 Q&A
有楽町朝日ホール
セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
佐野 伸寿(通訳)
ロシア、ドイツ、ポーランド、カザフスタン、中国 / 2018 / 114分
監督:セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ (Sergei DVORTSEVOY)
配給:キノフィルムズ
Ayka
Russia, Kazakhstan / 2018 / 114 min.
Director: Sergei DVORTSEVOY
11/22 『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』 Q&A
11/22 『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト』 Q&A
TOHOシネマズ 日比谷
シャン・ゾーロン(プロデューサー)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)
中国、フランス / 2018 / 140分
監督:ビー・ガン(BI Gan)
配給:リアリーライクフィルムズ / ガチンコ・フィルム / シネフィル
Long Day’s Journey into Night
China / 2018 / 140min.
Director: BI Gan
【レポート】『夜明け』Q&A
11月21日(水)、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門の『夜明け』が上映された。本作は、是枝裕和監督のもとで演出助手を務めてきた広瀬奈々子監督の長編デビュー作で、地方の町に現れた青年をめぐる人間関係の中に生じる複雑な感情の機微を紡いだ作品。上映後には広瀬監督が登壇し、「今日はお集まりいただきありがとうございます。先日、完成披露させていただき、Q&Aは日本で初めてなので楽しみです」と少し緊張した面持ちで挨拶した。
まず、市山尚三東京フィルメックス・ディレクターから、原作ベースの作品が多い中で、オリジナル脚本で映画化した本作の着想について訊かれ、広瀬監督は次のように応えた。
「大学卒業の年に東日本大震災があり、就職先が決まらず、悶々とした時期を過ごしながら、社会との関わり方に悩んでいました。その頃のことをベースにしようと考えました。当時、謳われていた絆や家族愛などに懐疑的な視線を加えたいと思い、関係性の美しい部分と闇の部分と両方を見つめようと思いました」
特に具体的な事件やニュースをベースにしておらず、企画を書いては是枝監督に見せるということを十数本繰り返して、ようやく認めてもらえたのがこの企画だったという。「映画化にあたっては、是枝監督からサポートを受けることができ、とてもラッキーでした」と述懐した広瀬監督。
次に、シナリオの書き進め方について、シナリオの構想では最初から結論があったのかどうかという点とアテ書きだったのかという点について話が及んだ。最初から結論があったかどうかという点については、「どこに決着するかわからないまま書き進めていた」と語った広瀬監督。気持ちと行動が一致しないシーンを作りたかったことや、上手く感情表現ができない人間が好きなので拙いまま終わりたかったこと、立ち止まって初めて行先を考え自分の足で自立に向かう終わり方にしたかったことなど、物語の着地点に至るまでの経緯を説明してくれた。
また、アテ書きだったかどうかという点について、小林薫さんに関しては先にオファーしていたそうだが、主人公に関してはアテ書きというわけではなかったという。「なかなか筆が進まない時期に柳楽優弥さんの名前があがり、柳楽さんの顔を思い浮かべると、柳楽さんの生きる欲求のようなものが筆を動かしてくれました」と広瀬監督。ただ、柳楽さんは師匠である是枝監督が見出した俳優だったことから、広瀬監督自身は、柳楽さんを主演に迎えることに抵抗があったそうだが、「その因縁が面白く作用するかもしれない」という予感もあったようだ。
続いて、その柳楽さんにどのような演技指導をしたかという質問があがった。広瀬監督は、「私が指導するというよりも、柳楽さんに引っ張ってもらいました」と述べた。役作りに関しては、柳楽さんが考え過ぎずに現場にいることを望んでいたため、できるだけリアクションに徹する、つまり、周囲のキャラクターに揺さぶられて反応するようにしたという。難しい役どころだったので、何度も話し合いを重ねたとか。
さらにカメラマンとはどういう経緯で組むことになったのかということに話が及んだ。カメラマンの高野(大樹)さんは、是枝監督が懇意にしているカメラマンのお弟子さんのような方で、これまでも何度か一緒に仕事をする機会があったという広瀬監督。「高野さんが撮る画は、被写体と微妙な距離を保ち、被写体に対する奥ゆかしさみたいなものがあって好きです」と述べ、カメラマンとの強い信頼関係に自信をのぞかせた。
ここで、会場で鑑賞していたアミール・ナデリ監督が挙手し、広瀬監督に次のような賛辞を贈った。
「素晴らしい映画をありがとうございました。エンディングも、ペースも、役者の演技も素晴らしかったです。見せすぎず最小限にとどめているところもとても良かったです。これからが楽しみな監督が出てきて、まさに、あなたのような人材が日本の映画界に必要だと思います。今後を期待しています。Cut!」
最後に、広瀬監督は、自身が撮影で一番感動したシーンのエピソードを披露してくれた。それは、主人公が海に出てくるシーンでのこと。「夜が明けてバックショットを撮り終えカットをかけたのに、柳楽さんが海を前にして動こうとせず、今、撮ってくれといわんばかりの背中をしておられたので、慌ててカメラを持って回り込み、光が射す柳楽さんの表情を撮りました。素晴らしいカットが撮れたなと思いましたが、後でご本人に聞いたところ、単に私の「カット」の声が聞こえなかっただけだったそうです」と語ると、場内は笑いに包まれた。
本作は、2019年1月18日より、新宿ピカデリーほか、全国ロードショーが決定している。日本映画界の期待の星、広瀬監督の今後をこれからも見守っていきたい。
追記
『夜明け』は授賞式にてスペシャル・メンション(※)を授与された。
※選外ではあるが特に審査員が触れておきたい作品がある年に授与される
文責:海野由子 撮影:吉田(白畑)留美
【レポート】『アイカ(原題)』Q&A
11月23日(金)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『アイカ(原題)』が上映された。モスクワの産院から脱走した25歳のキルギス人女性のアイカは、産後間もない体を酷使しながら借金返済のために働き、奔走する。モスクワに出稼ぎに来るキルギス人女性の過酷な日常を臨場感あふれる映像で描いた作品。カンヌ映画祭で上映され、主演のサマル・イェスリャーモワさんが最優秀女優賞を獲得した。
上映後のQ&Aに、セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督が登壇し「本日はありがとうございます。日本で2作目の上映を嬉しく感じます」と喜びを伝えた。
ドヴォルツェヴォイ監督作品の日本での上映は、2008年に東京国際映画祭にて上映された『トルパン』(08)以来。本作のストーリー設定のきっかけは「モスクワの産院で約250人のキルギス人女性が出産した新生児が放棄された」というショッキングなニュースを見たことだという。「私自身カザフスタン出身で、キルギス人女性はこんな冷酷な人達ではないとよく知っていたので、なぜこんな事件が起きたのかと興味を持ち、この設定を思いついたのです」と明かした。
会場からの質問に移ると、主演のサマル・イェスリャーモワさんをキャスティングした経緯と演出について質問が上がった。イェスリャーモワさんはドヴォルツェヴォイ監督の前作『トルパン』(08)でも主役を務めている。今回の主人公アイカは難役で、演じられるのはイェスリャーモワさんしかいないとオファーしたそうだ。「彼女はこの難役を演じられるか心配していましたが、私は逆にその姿を見て、彼女ならやれると確信しました」とドヴォルツェヴォイ監督。
過酷なシーン撮影が続く中で、モチベーションや感情をコントロールしてもらうことは難しかったが、イェスリャーモワさんの持っている才能を引き出すことを心掛けたという。「肉体的にもハードな撮影だったと思うが、常に全力で演じてもらうのは無茶なので、彼女の体調に合わせてシーンを撮影していきました。彼女自身の考えや感覚も尊重しながら彼女の持ち味を引き出せたと思います。独身で子供もいない彼女にとっては未知の世界を演じる不安もあったと思うが、体調面も含めよく演じてくれました」と、主演のイェスリャーモワさんを称えた。
手持ちカメラによる臨場感あふれる映像が強く印象に残る本作。撮影監督は、前作『トルパン』も担当したポーランド人の女性で手持ちカメラのコントロールに長けていたという。さらに監督自身も撮影していたと明かし「今回のカメラワークで特に重要視していたのは、人物の目の動きでした。目の中の風景が語るもの、訴えるかける表現をいかに撮るかということに集中しました。困難な撮影環境の中で、手持ちカメラで被写体を追っていくという撮影をよく成し遂げてくれました。本作は、彼女の中にある目を通して、そこで何が起きているかを表現したかった映画なのです。映画には、見えるものと見えないものがあるが、今回は、見えない部分を重要視したのです」と語った。撮影方法は半分がデジタルで、半分は16mmフィルムで撮影したという。16mmフィルムを使用したのは雪中での撮影に耐えるためで、地下鉄内のシーンでは小さなポケットカメラを活用したと撮影技法の工夫を明かしてくれた。
全編を通して背景にあるのが、豪雪に見舞われるモスクワの厳しい冬の風景。この大雪はもともとの設定だったのかという質問に「当初のシナリオでは春を想定していたのです」と、会場を驚かせたドヴォルツェヴォイ監督。「撮影予定が遅れ、たまたまモスクワで記録的な大雪となった時期にクランクインとなったのですが、私はもともとドキュメンタリー監督なので、この状況を使わなければと感覚で思いました。本作にとって、雪は大きな舞台装置であり、重要な登場人物なのです。雪という存在を通して、人々の生活、生き方を凝縮させた思いを表現できると思いました。主人公のような母親にとって、自然とは人々を育て養うもの、大地の恵みだと感じるのが一般的でしょう。しかし今回は大雪という背景を使うことで、逆に自然の怖さを表現したかったのです」と述べた。
最後に、主人公の背景を説明してくれたドヴォルツェヴォイ監督。「キルギス人女性がモスクワで働くのは、キルギスの1年分の給料を1ヶ月で稼ぐことができるからです。彼らは劇中のシーンのように、狭い部屋にひしめき合って住み、貧しい食事を食べ、一日中働いて故郷へ送金するのです。モスクワは家賃も高く、彼らキルギス人は床があるだけの一間を借りて生活をしているのです」。
本作は、今後国内でも公開を予定している。ニュースだけでは読み取れない、過酷な女性の現実がリアルに描かれた本作、日本でも多くの方へ届いてほしい。
文責:入江美穂 撮影:明田川志保
11/21 『夜明け』 Q&A
11/21 『夜明け』 Q&A
有楽町朝日ホール
広瀬奈々子(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
日本 / 2018 / 113分
監督:広瀬奈々子 (HIROSE Nanako)
配給:マジックアワー
His Lost Name
Japan / 2018 / 113 min.
Director: HIROSE Nanako