『彼女のそばで』アサフ・コルマン監督Q&A
TOKYO FILMeX ( 2014年11月23日 13:00)
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11月23日、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門『彼女のそばで』が上映された。イスラエルのハイファを舞台に、障がいを持つ妹と姉の親密な関係を描いた本作。上映後のQ&Aに登壇したアサフ・コルマン監督は「東京フィルメックスで皆様に作品を披露できることを大変光栄に思っております。東京には以前から来たいと思っており、大きな夢が叶いました」と挨拶した。
コルマン監督は長年、映画編集者として幅広いジャンルの作品を手掛けてきた。短編の監督作はあるが、長編は本作が初。林加奈子東京フィルメックス・ディレクターが制作の経緯を尋ねると、「編集の仕事に夢中になるあまり、長編にはなかなか着手できずにいました。しかし、どこかで時間を作らなければと思い、1カ月の休みを取り、部屋にこもって自分の脚本を書く決意をしたのです」と説明した。だが、当時のガールフレンドであり、現在の妻である女優のリロン・ベン・シュルシュさんが監督の様子を見に来たとき、劇場公開にふさわしい脚本の案は何も浮かんでいなかった。その際、彼女が「私にアイディアがある」と話したのが障がいを抱えた妹と育った自身の経験だったという。企画の過程で姉のヘリ役はリロンさんが演じることに決まった。リロンさんは脚本を作るのは初めてだったそうだ。
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障がいを持つ妹のガビーを演じたのは、イスラエルの名優モーシェ・イヴギさんの娘、ダナ・イヴギさん。そのあまりにリアルな演技に、観客から「ダナさんは障がいを持っているわけではないのですね」と念押しされたほど。監督は「モーシェも有名な俳優ですが、ダナはイスラエルで父を凌ぐ女優として活躍しています。私たちは彼女の演技がなるべく自然に見えるよう努めましたが、その目的を達成できたと感じています」と話した。
ガビーの演出について林Dから問われると、監督は「とても複雑な役で、その人が本当に演じられるか、オーディションで見極められる役ではありませんでした。紙の資料を読んだだけでは分からないことがたくさんあるからです。役作りにあたって、ダナは本当に長い時間をかけてリサーチをしていました。リロンの妹と一緒に過ごしたり、専門家や医療関係者に話を聞いたり、服用する薬が筋肉にどんな作用を及ぼすか、ということまで調べました。そうした理論的な面ばかりでなく、肉体的な面でどう演じるかなども自分たちと話しながら役を作っていきました。リロンは、もともと映画の中での障がい者の描かれ方に対して疑問を持っていました。私たちは、メロドラマになりすぎたり、彼らを搾取するような作り方は絶対にしたくなかったので、とにかく誠実にリアルにその姿をカメラに収めようと考えました」と語った。
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話題にのぼったモーシェ・イヴギさんは、昨年の東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された『若さ』(トム・ショヴァル監督)で父親役を演じている。また、第13回東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した『エピローグ』(アミール・マノール監督)に主演したヨセフ・カーモンさんがコルマン監督自身の父だと明かされると、会場につめかけた熱心なイスラエル映画ファンの皆さんがどよめく場面も。
作品の背景にある社会的な状況については、「ハイファの中でも、貧困層が住む地域に姉妹のアパートがあるという設定です。この地域に暮らす人々は、映画と同様、就職が困難だったり、仕事を掛け持ちしていたりする人も多い。また、ある程度年齢が高くなっても両親と暮らしている方もいます。これは必ずしも経済的な理由だけではなく、実家に住んだ方が楽だからでもあります。ただ、これらは背景にすぎず、作中でイスラエル社会の現状に対して批判する意図はありません。この物語に出てくる家庭の問題はどこにでも起き得る普遍的なもので、貧困家庭だから起こっているわけでもないと考えています。姉妹の家庭を貧困層としたのは、よりドラマや葛藤が深まるのではないかと考えての設定です。この点はリロンの家庭の状況とは違い、〝もしも〟という形で物語を展開させました。イスラエルでは、実は障がいを持つ方への公共の制度が充実しています。ヘリにとってはお金がかからず、良い選択肢がたくさんあるにも関わらず、彼女はそれを選ぼうとしない、という描き方をしました」と説明した。
最後に林Dから次回作の構想について問われた監督は「今回の作品は母性を描いた映画でしたが、現在執筆中の脚本では、父性について別の観点から掘り下げようと思っています。妻には次回作にも女優、あるいは脚本家として関わってもらう予定です。また、父とも一緒に仕事をしたいとも考えています。完成したらぜひフィルメックスに戻ってきたいと思っています」と意欲を語った。
『彼女のそばで』は11月25日、TOHOシネマズ日劇でも上映される。
(取材・文:宇野由希子、撮影:明田川志保、白畑留美)
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