バンダイビジュアル エールフランス航空 ポカリスエット DMM ECC 日本芸術文化振興会 ゲーテ・インスティテュート ベルリナーレ・タレンツ 松竹 東京文化発信プロジェクト アーツカウンシル東京 東京都 タレントキャンパストーキョー メセナ ユア・シンガポール アンスティチュ・フランセ 東京文化発信プロジェクト 三菱地所 エキサイトイズム





» 東京フィルメックス・コンペティション


» 『若さ』
» 『花咲くころ』
» 『ハーモニー・レッスン』
» 『カラオケ・ガール』
» 『ILO ILO(英題)』
» 『トランジット』
» 『夏休みの宿題』
» 『見知らぬあなた』
» 『祭の馬』
» 『トーキョービッチ,アイラブユー』


» 特別招待作品


» 特集上映(1)『生誕100年 中村登』


» 特集上映(2)『ジャン・グレミヨン特集』


» バリアフリー


» 賞・審査員


» 応募用紙、規約


» 『タレント・キャンパス・トーキョー』


» 『えいがのじかん』



東京フィルメックス・コンペティション






『祭の馬』 The Horses of Fukushima / 祭の馬
日本 / 2013 / 74分
監督:松林要樹 (MATSUBAYASHI Yoju)
配給:東風

【作品解説】
東日本大震災後の福島県南相馬市を舞台に、1頭の馬がたどった数奇な運命を追ったドキュメンタリー。「ミラーズクエスト」という名のかつて競走馬であったこの馬は、大した成績をあげることなく引退し、売られてきた相馬で震災に遭う。津波にさらわれ、更には原発事故の影響で2週間放置されるという苦難を生き延びたものの、怪我による化膿で男性器が異様に腫れ上がってしまった馬。いずれは食用馬となるはずであったこの馬が勇壮な神事「相馬野馬追」に参加するまでを追いつつ、その背景に震災をめぐる現代社会の問題を浮き彫りにする構成が見事だ。東日本大震災を扱った数多くのドキュメンタリーの中でも異彩を放つ作品である。



松林要樹 (MATSUBAYASHI Yoju)


撮影=亀山亮

1979年、福岡県生まれ。福岡大学中退後、日本映画学校(現・日本映画大学)に入学し、原一男、安岡卓治のゼミに参加。2009年、タイ、ビルマ国境付近に残った未帰還兵を追ったドキュメンタリー『花と兵隊』を監督。同作品で田原総一朗ノンフィクション賞(奨励賞)、山路ふみ子映画賞(山路ふみ子福祉賞)を受賞する。2011年、森達也、綿井健陽、安岡卓治と共同監督で東日本大震災を扱ったドキュメンタリー『311』を発表し、同時に単独監督作品として『相馬看花 第一部 奪われた土地の記憶』を発表。国内外で高い評価を受ける。現在、福島県浜通りからブラジルへと移民した人々をめぐるドキュメンタリーを製作中。

【コメント】
  2011年4月、原発事故後に放置された馬たちと出会った。腫れあがった馬の男性器を目にし、おなじオスとして同情を禁じえなかった。私のソレにおなじことが起きた場合を想像するだけで痛々しすぎた。まるで福島第一原発の3号機から上がったキノコ雲のフォルムそのものだった。放射能は遺伝子へ影響を与える。その腫れあがった男性器は、原子力エネルギーを生み出した人間の業を一気に背負わされたかのように映った。

  1960年以降、日本では生活の場から馬は姿を消した。私が生まれたときはすでにトラクターは農耕馬にとってかわり、トラックや乗用車が馬車馬にとってかわっていた。直接馬を世話した経験がなく、映像を通じてしか知らなかった。私は馬に乗れないし、扱えなかった。馬に対する絶対的な経験値がなかったので、2011年夏、馬小屋の掃除を手伝った。言葉こそ通じないが、感情を体全体で表現する生き物だと知った。短期間で馬をきれいに撮るカメラマンに成長することは難しいが、撮影をやっている私という存在を、まず馬に認識してもらえないかと思ったからだ。また馬もどう私を認識していくのか、カメラを通じ、馬の大きな瞳で人間という生き物を照らし返したいと。

  映画は馬の再生を扱っているが、決して美談ではない。馬肉産業のことを扱っているが、生計を立てている人への抗議でもない。人間によって運命をコントロールされる馬の存在をメタファーに日本という国の矛盾を映しだす。原子力エネルギーに頼って生きてきた時代の人間として、私はこの馬たちでしか奢った人間への戒めを表現できない。

2013年3月19日 松林要樹





11/25『祭の馬』Q&A
from ブロードキャスト 2013/11/26

11/25『祭の馬』Q&A
有楽町朝日ホール 
 
松林 要樹(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス プログラム・ディレクター)
藤岡 朝子(通訳)
 
『祭の馬』
日本 / 2013年 / 74分
監督: 松林 要樹
 
The Horses of Fukushima / Matsuri no Uma
Japan / 2013 / 74min.
Director: MATSUBAYASHI Youji





新情報は順次、追加されます。


『祭の馬』松林要樹監督Q&A
from デイリーニュース2013 2013/11/25

1125uma01.jpg第14回東京フィルメックスの3日目となる11月25日、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門の『祭の馬』が上映され、松林要樹監督が上映後のQ&Aに登壇した。アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭から帰国したばかりの松林監督は、現地での反応を交えて、挨拶と共に本作の撮影に至った経緯を語った。


2011年の東日本大震災の2週間後に、支援物資輸送のために友人と福島県南相馬市に入ったという松林監督。1頭の馬がたどった数奇な運命を追ったドキュメンタリーである本作は、この時に撮影がスタートした。「牧場主の田中さんと馬を見かけた時は、何も出来ずにただ撮影するしかありませんでした。しかし、数日後に再度田中さんから、撮影していた中にいた2頭が死んでしまったことを伺い、本当はエサを与えるだけでも出来たのではないか?と考えたことが制作のきっかけだった」。
馬たちの避難所となった相馬馬事公苑では、人手不足が深刻で松林監督自身もエサやりや厩舎の掃除などにボランティアとして参加。馬がどんな生き物なのかを知る過程で、世話をすれば全身で喜びを表現する馬の姿に魅了されていったという。この点については、アムステルダム・ドキュメンタリー映画祭でも質問がされたと松林監督。「作品の前半と後半で作り方が違うのはなぜか?と訊かれましたが、前半は自分のジャーナリスティックな部分の表れ、後半は馬の動きだけに注目している」と語った。


1125uma02.jpg続いて、会場との質疑応答へ。「厩舎の取材中に撮影しないで欲しいというニュアンスのやり取りがあったがその意図は何だったのか?」という質問には「とても良い質問をありがとうございます」と応じ「当時、自衛隊の駐屯地があり、そこで一般人が出入りをしてカメラを回すのはよくないだろう...というあくまで仮定の懸念が原因」と明かし、「当初は(牧場主の)田中さんも取材を受けることを好んではいませんでしたが、早い段階で現地に入っていたことや、馬の世話を通じ、一員として扱って貰えたことが大きい」と語った。また、昨今の政治状況から「こうしたドキュメンタリーが今後も作ることが出来るのか、日本は非常に厳しい現状を迎えている」と懸念も示した。


作品に登場した馬たちは、実は相馬野馬追の主要な行事である宵乗り(競馬)や神旗争奪戦には参加しておらず、本編でその説明部分をカットした理由として監督は、「人間と馬との関係を改めて見直すためのシーンにしたかった」と語った。また、映画のラストで象徴的に登場するイメージについては「動物と人間の違いを表現した上で、人間がそれらを思い通りに扱えると錯覚しているのではないか、と問いかけたかった」。


1125uma03.jpg続いて、特にクレジットに流れていた音楽が印象的だったという感想が寄せられると、10数年前のウイグル旅行の際に聴いた音楽を起用した、と監督。その理由について「ウイグルには中国の核実験場があり、そのイメージと本作が結びついた。歌詞には、故郷の水と山の風景が美しいとあり、馬と人が暮らす地域に核実験場がある現実の皮肉を表現したかった」と語った。
次に、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭での反響については、「あなたが馬の性器に対するこだわりは、文化の違いのせい?」と真面目に質問されたエピソードを交え、「猫が最後までこの映画を観ていたことがあり、モンタージュのやり方と言うのは普遍的なものだと感じた」と松林監督ならではのユニークなコメントで締め括った。


本作は、12月14日(土)より渋谷のシアター・イメージフォーラムでの公開が決定している。また、前日の13日には河出書房新社より、松林監督自身が本作の裏側を綴った『馬喰』が発売される。


(取材・文:阿部由美子、撮影:村田まゆ)

1125uma04.jpg1125uma05.jpg1125uma06.jpg





Back ←↑ Top




開催アーカイブ
サイト内検索 by Google

●お問い合わせ ●プライバシーポリシー ●リンクについて ●プレス
●第14回東京フィルメックス・チラシ(PDF) » 閲覧用閲覧用(ZIP) » 印刷用印刷用(ZIP)
●『生誕100年 中村登』特集チラシ(PDF) » 閲覧用 » 印刷用
© TOKYO FILMeX 2013