【レポート】「ふたりの人魚」ロウ・イエ監督Q&A

11月25日(月)、有楽町朝日ホールにて、歴代受賞作人気投票で第5位に輝いた『ふたりの人魚』が上映された。
上映後には、監督のロウ・イエが登壇。本作は、2000年の第1回フィルメックス・コンペティションで最優秀作品にかがやいた。まず、イエ監督は「20年ぶりに上映してくださったことに感謝しています」と挨拶。昔の作品への複雑な気持ちもあるそうで、「とてもじゃないが、もう一度この場所で本作を見られず、楽屋でエンディングの曲だけを聴いていました」と述べた。

観客から、「イエ監督の作品は、被写体に対してカメラが近く、主観性が強い。はげしくエモーションを喚起する」という感想が。イエ監督は、まさに意図したとおりで、「カメラはただのツールではなく、人間の眼」だと考えているという。「映画は人をだませない」とも。「スタッフや役者のそのときの思いをカメラで表現し、真実の映画を撮ろうとしました」と語った。ほかの撮影方法を試みたこともあるが、やはりドキュメンタリータッチが根本的に好きだそう。

次にイエ監督は、マーダー役を演じたジア・ホンシャン(賈宏声)について話した。当時彼の精神状態は非常にわるく、入院していた。しばらく役者業からも遠ざかっていたという。しかし、「撮影が始まると、以前の彼の雰囲気が戻ってきたんです」と昔を振り返る。「十分に演じてくれて、彼との映画づくりに満足でした。とくに、彼の目つきがすばらしく作用しました」。2010年に、この世を去ったホンシャン。「彼のファンにとって、今こうして本作が上映されるということが、なぐさめになるのではないでしょうか」。
続いて、観客から「日本語タイトルをつけるときに、イエ監督は関与されたのでしょうか?」という質問が挙がった。原題は、物語の舞台であり上海を流れる河の名前からとった『蘇州河/Suzhou River』だ。「本作の企画UPLINKの浅井さんの事務所で、『ふたりの人魚』という日本語タイトルをつけると聞いて、とてもうつくしいタイトルだと思いました」と話すイエ監督。そして、「自分の作品が外国で配給されるときには、地元の観客の好みをいちばんよく把握している各配給会社にタイトルは任せています」とのことだった。

 
最後に、本作の製作過程についてたずねられたイエ監督は、「おおまかなあらすじを元に一人でロケハンをしたあと、登場人物それぞれの物語を組み立て、調整していきました」と説明。「メイメイ/ムーダン役のジョウ・シュン(周迅)が、撮影の合間に歌っていたのがよかったので、劇中でも歌ってもらったんです」と撮影の裏側を明かした。そんなふうに現場で、アドリブで付け加えていったシーンもあったという。「その結果どうなるかというのはそのときはわかりませんでしたが、今から考えると、僕のその後の映画製作への影響が大きかったと思います」。最後に、「“自由に撮るのが、映画だ”というのを、『ふたりの人魚』を作りながら身にしみて感じました」と回想した。
イエ監督は、時折はにかんだ笑顔を見せつつ、泰然と、一つひとつの質問にていねいに答えていた。
本映画祭でオープニング上映された『シャドウプレイ』は2020年2月、最新作『サタデーフィクション』も同年、アップリンク配給で公開予定。
 

(文・樺沢優希、写真・明田川志保)
11月25日(月)、有楽町朝日ホールで「特集上映 歴代受賞作人気投票上映」の『ふたりの人魚』が上映された。本作は2000年に開催された第1回東京フィルメックスの最優秀作品賞受賞作。上海の街を舞台に、人魚の噂を巡って絡み合う2つの恋の行方が、ミステリアスなタッチで綴られる。上映後にはロウ・イエ監督がQ&Aに登壇。20年前の撮影当時を振り返りつつ、客席からの質問に答えてくれた。
 
拍手に迎えられて登壇したロウ監督は、20年ぶりにフィルメックスで上映された感想を尋ねられると、「会場では見ていられないと思ったので、楽屋でエンディングの曲だけ聞いていました。非常に複雑な気持ちです」と語り、やや照れた様子。
 
続いて、客席からの質問に答える形で、作品に込めた思いを語ってくれた。まずは、被写体との距離が近く、POV風の主観的な視点を多用した映像について。「エモーションを喚起する」という感想と共にこのようなスタイルを採用した理由を尋ねられると、撮影に対する持論を披露。
「カメラは単なるツールではなく、人間の目でもあります。だから、ごく近い距離で人物を撮ることで、そのようにエモーションを生み出すことができます。映画は、監督や撮影しているカメラマン、俳優たちの思いを、すべて撮影によって表現することができます」。続けて、「他の撮影方法を考えたこともありましたが、やっぱり僕はドキュメンタリータッチが好き」と語り、こだわりを持っている様子が伺えた。

また、そのドキュメンタリー的な演出と脚本の関係については、「最初におおまかなあらすじを考え、それを元に、1人でロケハンを実施。それからドキュメンタリー風に、1人ずつ人物に対する物語を組み立てて、調整していきました」と明かした後、撮影現場の思い出を語ってくれた。
「現場では、俳優の状況に合わせて撮影しました。歌うシーンは、撮影の合間にジョウ・シュンが歌っていたのが良かったので、『歌ってくれない?』と頼んで、アドリブで追加したものです」。
このように即興を取り入れた撮影は「この時が初めて」とのことで、その後の自身の映画制作に対する影響を次のように振り返った。
「当時は分かりませんでしたが、後から考えてみると、この撮影方法は以後の僕の映画制作に大きな影響を及ぼしています。この時、最も強く感じたのは、“映画とは自由に撮るべきもの。様々な方法を試していいものである”ということ。そういうふうに自由に撮るものが映画だと思いました」

また、本作を含めてロウ監督の作品では、音楽を外国人の作曲家に依頼することが多い。『ふたりの人魚』については「ベルリンでポスプロを行ったので、ドイツ人を起用した」としながらも、その後の『天安門、恋人たち』(06)『スプリング・フィーバー』(09)などのペイマン・ヤズダニアン、『ブラインド・マッサージ』(14)『シャドウプレイ』(18)のヨハン・ヨハンソンについては「彼らは映画に対する理解が深かった。音楽家は、ビジュアルと関係しているので、その点についての理解が深いことが重要です」と明確な理由を明かしてくれた。
 
このほか、ロウ監督は既に故人となった出演者ジア・ホンシャンの思い出を振り返り、ジョウ・シュンを始めとする当時のキャスト、スタッフの現在の活躍にも言及。客席には当時、ドイツのプロデューサーのアシスタントを務め、今回のオープニング作品『シャドウプレイ』で共同脚本も担当したマー・インリーさんの姿も。ロウ監督が「僕の妻でもあります」と紹介すると、客席からは大きな拍手が送られた。こうしてQ&Aは、20年の時を重ねてさらに増した本作の存在の大きさを実感させるひと時となった。
(文・井上健一、写真・明田川志保)

11/30にはオダギリジョーが舞台登壇!阪本順治特集が明日よりスタート!

今年の特集上映は、デビュー30周年を迎える阪本順治監督。映像に刻み込まれた時代の風景、混沌、それらが一挙に蘇る厳選の4作品を上映!最近では、上映機会も限られてきている35㎜フィルムでの映像を存分に楽しんでいただける機会です。
そして、11月30日(土)の上映『この世の外へ クラブ進駐軍』では、上映後のQ&Aにオダギリジョーが登壇!出演時の思い出、阪本監督との作品づくりについてなど、のここでしか聞けないエピソードが飛び出すかも?!他3作品の上映後も、阪本順治監督によるQ&Aを予定しています。
 

Tekken
11/27(水)12:10「鉄拳」 Tekken
日本 / 1990 / 128分
監督:阪本順治(SAKAMOTO Junji)
©1990/写真提供:リトルモア
高知県で家業の林業を継ぎながら、ボクシングジムのオーナーをしている誠次は、少年院を出た明夫とデイアイ、その才能に目をつける。明夫は誠次の指導によりボクサーとしての素質を開花させるが、交通事故で右腕を負傷してしまうのだった。なんとか明日夫を再起させようとする誠次の前に、思わぬ敵が立ちはだかる。監督第2作。菅原文太と大和武士が共演。超現実的とも言うべきラストの壮絶なアクションは必見である。
【上映後に阪本順治監督によるQ&Aを行います】

 

Billiken
11/29(金)10:00「ビリケン」Billiken
日本 / 1996 / 100分
監督:阪本順治(SAKAMOTO Junji)
『どついたるねん』、『王手』に続き、阪本の”新世界三部作”の最後を飾る作品。オリンピック誘致の再開発のために、シンボルである通天閣撤去の噂に揺れる大阪・新世界。なんとか通天閣人気を取り戻そうと、通天閣観光の社長は、しまい込まれていた戦前からのビリケン像を展望台に復活させる。通天閣に祀られている神様ビリケンが実体化するという奇想により大阪庶民のバイタリティーを描いたコメディ。杉本哲太が主演。
【上映後に阪本順治監督によるQ&Aを行います】

 

KT
11/30(土)10:00「KT」KT
日本、韓国 / 2002 / 138分
監督:阪本順治(SAKAMOTO Junji)
1971年4月、韓国大統領選挙は僅差で朴正煕の三選が決まったが、善戦した野党候補・金大中は、与党にとって大きな脅威だった。その後、金大中が日本を訪れていた72年10月、朴大統領は非常戒厳令を宣言し、反対勢力の徹底弾圧に乗り出す。1973年に起こった金大中事件を日韓合作で描いたポリティカル・サスペンス。事件に様々な立場から関わった人々の内面に鋭く迫る。佐藤浩市、キム・ガプスらが出演。ベルリン映画祭コンペティションで上映。
【上映後に阪本順治監督によるQ&Aを行います】

 

Out of the World
11/30(土)13:30「この世の外へ クラブ進駐軍」Out of the World
日本 / 2004 / 123分
監督:阪本順治(SAKAMOTO Junji)
1947年。敗戦から復興途上の東京に、米軍基地でかつての敵国アメリカ進駐軍を相手に演奏する希望に満ちた5人の若きジャズメンがいた。進駐軍の中には日本人を憎むアメリカ兵ジャズマンもいるが、様々な問題に直面しながらも、彼らはアメリカ兵との交流や音楽をとお押して成長していく。だが、やがて朝鮮戦争が勃発し……。萩原聖人、オダギリジョーらが主演し、『マイ・ネーム・イズ・ジョー』のピーター・ムランが共演した。
【上映後には阪本順治監督とオダギリジョーが登壇されます】

 

11/23 『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ』Q&A


11/23 『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ』Q&A
TOHOシネマズ 日比谷
マー・インリー(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)
中国 / 2019 / 94分
監督:マー・インリー(MA Yingli)
配給:アップリンク
China / 2019 / 94min.
Director: MA Yingli

11/23 『シャドウプレイ』Q&A


11/23 『シャドウプレイ』Q&A
有楽町朝日ホール
ロウ・イエ(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
樋口 裕子(通訳)
中国 / 2018 / 125分
監督:ロウ・イエ(LOU Ye)
配給:アップリンク
China / 2018 / 125min.
Director: LOU Ye

11/23 第20回 東京フィルメックス 開会式


11/23 第20回 東京フィルメックス 開会式
有楽町朝日ホール
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
トニー・レインズ(映画批評家・キュレーター・映画作家)
ベーナズ・ジャファリ(女優)
操上 和美(写真家)
サマル・イェスリャーモワ(女優)
深田 晃司(映画監督)
松下 由美(通訳)

追加イベント・更新情報をお知らせします

11/27(水)

tekken
12:10「鉄拳」
チラシには記載ございませんが、阪本順治監督のQAを行います!

 

ayka
17:10 トークイベント「昨年度最優秀作品『アイカ』主演女優、サマル・イェスリャーモワに聞く。」
第19回東京フィルメックス最優秀作品『アイカ』の主演女優であり、昨年のカンヌ映画祭主演女優賞、第20回東京フィルメックスの審査員であるサマル・イェスリャーモワさんを迎えてのトークイベントを行います。
会場:有楽町マリオン11F 有楽町朝日スクエアB
料金:入場無料

 

11/29(金)

billiken
10:00「ビリケン」
チラシには記載ございませんが、阪本順治監督のQAを行います!

 
 

eiganabe
18:00 独立映画鍋「映画の働き方改革〜インディペンデント映画のサステナブルな制作環境とは〜」
世の中の働き方が変わろうとしている今、映画界はどうなのか?多用な映画を作り続けるための働き方改革はどうあるべきか。今夏には、経産省による映画制作現場実態調査も実施されました。
海外の自邸と国内の実態を比較しながら、持続可能なインディペンデント映画のつくり方、働き方を探ります。
会場:有楽町マリオン11F 有楽町朝日スクエアB
料金:一般1000円 / 映画鍋会員500円 / フィルメックス来場者は半券提示で500円
時間:開場17:30 / 開始18:00 / 20:00終了予定

 

11/30(土)

outofthisworld
13:30「この世の外へ クラブ進駐軍」
Q&Aには阪本順治監督に加えて、本作にも出演しているオダギリジョーさんがご登壇されます!

 

outofthisworld
16:00 トークイベント「VRプログラム『戦場の讃歌』について監督に聞く。」
東京フィルメックス初めてのVRプログラム、『戦場の讃歌』のヤイール・アグモン監督を迎えてのトークイベントを行います。
会場:有楽町マリオン11F 有楽町朝日スクエアB
料金:入場無料

 

12/01(日)

outofthisworld
10:00「狼煙が呼ぶ」
上映に先立ち、舞台挨拶に豊田利晃監督、渋川清彦さん、飯田団紅さん(切腹ピストルズ隊長)がご登壇されます!
詳しくはこちら:https://filmex.jp/2019/news/information/noroshigayobu

 

outofthisworld
11:10「牛」
上映前にアミール・ナデリ監督を迎え、上映前解説を行って頂きます。

 

13:10 第20回東京フィルメックス作品振り返り合評会
昨年同様、第20回東京フィルメックスの上映作品を鑑賞後、書かれた批評を一般から公募します。映画祭の最終日には4回目として、ふりかえりを行い、講師から講評していただきます。
批評の応募・イベント詳細はこちら:https://filmex.jp/2019/news/information/filmexcritc2019

【レポート】『春江水暖』グー・シャオガン監督Q&A

11月24日(日)、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門『春江水暖』が上映され、上映後のQ&Aにはグー・シャオガン監督が登壇した。グー監督は、「初めて日本に来ましたが、これまで多くの日本のアニメ、漫画、映画を見てきて、日本に親しみを感じており、日本へ来られて感動しています」と挨拶した。

本作は、浙江省杭州市の富陽を舞台に、一つの家族が変わっていくさまを町の近代化や四季折々の風景とともに描いたグーの監督デビュー作。市山尚三 東京フィルメックス・ディレクターは、昨年のカンヌ映画祭で偶然にもグー監督から製作途中の本作の一部を見せてもらい、完成を心待ちにしていたという。その翌年(’19)にはカンヌ映画祭批評家週間のクロージングを飾ることになり、今回、東京フィルメックスでの上映に至った。
 

さっそく質疑応答に移り、個性豊かな登場人物のキャスティングについて質問が及ぶと、グー監督は、自身の親戚・知人を起用したこと、脚本を書く段階からアテ書きをしたことを明かしてくれた。親戚・知人を起用した理由は、製作費を節約できるという事情に加え、時代の風景を切り取ること、市井の人々の雰囲気を伝えることを大切にする思いがあったからだという。
 
続いて、影響を受けた監督について訊かれると、ホウ・シャオシェン監督とエドワード・ヤン監督の名前を挙げたグー監督。「ストーリーを通じて現代の町の変化をいかにとらえるかを考えるうちに、英題にもなっている『富春山居図(Dwelling in the Fuchun Mountains)』という絵巻物からヒントを得て、映画を絵巻物のように描くことを思いつきました」と振り返りながら、「ホウ・シャオシェン監督の作品は、詩や散文など中国の伝統的な文人の視点で物語が組み立てられていると考えています。私自身は、文人的な視点と絵画を融合した映画を撮りたいと思いました」と、あらためて本作に込めた思いを語った。

また、劇中の音楽を担当しているのは、中国のロックスター、ドウ・ウェイさんで、最近は伝統的な古典と現代文化を融合した新たな音楽を生み出しているそうで、グー監督がどのようにして古典を現代に落とし込もうかと苦慮していたときに、大きな示唆を与えてくれたという。
 
さらに、続編を想起させるような終わり方について問われると、グー監督は「この続編は必ず撮りたいと思っています」と力強く答え、次のように説明した。「最初からそういう構想だったわけではなく、撮影が進むうちに映画に対する考え方に変化が生まれ、このスタッフと一緒にこれからも映画と芸術を探求していきたいと考えるようになりました。10年で一つの作品として杭州の町の変化を描く構想もあり、名画『清明上河図』のように一つの長い絵巻物として見せることができればと思います。」

最後に、グー監督は、市山ディレクターに「野菜買いのおじさん」というニックネームを付けていたことを明かして、場内から笑いを誘った。毎日野菜を買い歩くおじさんのように、映画祭で黙々とスクリーンからスクリーンを渡り歩く姿が「超カワイイ」とグー監督から評された市山ディレクターは、「光栄です」と笑顔で返し、和やかな雰囲気の中でQ&Aが終了した。本作の続編はもちろんのこと、グー監督のさらなる飛躍に期待したい。
 
(文・海野 由子、写真・白畑留美)

【レポート】『静かな雨』舞台挨拶、Q&A

11月24日(日)、コンペティション部門の『静かな雨』が有楽町朝日ホールにて上映された。宮下奈都の同名デビュー小説を、新鋭・中川龍太郎が監督を務め、映画化。本作は第23回釜山国際映画祭に正式招待され、ワールド・プレミアを飾った。
上映前舞台挨拶には、中川監督、行助役・仲野太賀、こよみ役・衛藤美彩、音楽を手がけた高木正勝が登壇。

仲野は『走れ、絶望に追いつかれない速さで』(16)に続いて、中川監督作品へ2度目の出演となる。仲野によれば、中川監督は「歩みをそろえて一緒に映画を作れる、数少ない同世代の仲間」。よりいっそうお互いを高めあい、刺激し合って作品をつくれる監督だと、今回あらためて思ったという。また、「主人公は観客が共感できる人間だというのが重要かなと、行助の感情に普遍的なものが宿るよう、心がけました」と語った。

 
衛藤は今年3月に乃木坂46を卒業、グループ在籍時に撮影した本作が、映画初出演および初主演作となる。どんな役柄かと訊かれ、観客へのネタバレを気づかって言葉に悩みながら、「すんなりと役に入れたのは、こよみさんのなかに自分に近い何かがあったからだと思いました」と振り返った。「たくさんリハーサルの時間をとってくださって、“衛藤さんらしさが出てほしい”と何度もおっしゃっていただいた。本当に助けられました」と、中川監督に感謝を伝えた。

 
高木は、これまでに細田守監督作品の音楽を手がけてきた。アニメーションの場合には絵コンテから劇判を制作するというが、本作では「届いた全編を観ながら、即興で弾いたものが最後まで残っているんです」と明かす。主演の2人とのセッションのようだったともコメントした。

中川監督は「原作のおとぎ話のような世界観を、現代を生きる若い世代にとっての寓話になるように映画化しました」と、本作のコンセプトについて語った。この上映がジャパン・プレミアである旨にも触れ、会場いっぱいに期待感がふくらむなか、上映がスタートした。

 
上映後にはQ&Aのため、中川監督が再び舞台上へ。

まずは本映画祭ディレクターの市山尚三が、企画についてたずねた。『四月の永い夢』(18)と現在公開中の『わたしは光をにぎっている』(19)を共同で作ったWIT STUDIOの和田プロデューサーから、2年ほど前、この原作を衛藤を主演に据えて映画化しないかというオファーがあったと中川監督は言う。「すぐに本を読んでみたのですが、うつくしい小説であると同時に、非常に抽象的な世界観を描いているので、映画でカタルシスをもって表現するのが難しいのではないかといちばんに感じました」と当初の不安を話す。「悩んだ末、塩谷大樹さんがカメラ、高木さんが音楽、そして太賀が主演をやってくれるという状況になってはじめて、映画化が可能なのではないかと思い、撮ることにしました」。

客席からは、「スタンダードサイズにした意図は?」という質問が寄せられた。中川監督はまず、足を引きずる行助を、希望を持ちづらい社会を生きていく自分たちの世代の象徴として描いたと説明。そして、「走るのも遠くに行くのも難しくて、視野が狭くなっている。その狭さを表現するために、このサイズを選択しました」と答えた。また、ラスト近くの、ドローンを使って撮影された壮大なカットに話は及ぶ。「あそこで行助には、自分とこよみさんだけではない大きい世界のつながり——街があって、その向こうには山があって、もっといえば大気や月、宇宙があって……という別の時間の存在に気づいてほしかった」。
さらに、原作との相違点についての質問がいくつか挙がった。「“静かな雨”にどんな意味づけをしたか」と訊かれ、中川監督は「原作では、外の世界への想像力、外の世界があるなかに自分たちの生活があることの象徴として描いていると理解しました」と答えた。しかし、作中で印象的な「雨が降っているのに、月が出ている」という描写は、原作にはないという。「原作から受け取ったものを表現するとき、“僕らの空間では雨が降っているけど、少し離れたところではきれいな満月が見えているかもしれない”という空間のズレ、時間の違いをあらわすために、思いつきました」と語った。

『静かな雨』は、2020年2月7日(金)より東京・シネマート新宿ほか、全国順次公開予定。
https://kiguu-shizukana-ame.com/
(文・樺沢優希、写真・王 宏斌、白畑留美、穴田香織、明田川志保)

【レポート】「つつんで、ひらいて」広瀬奈々子監督Q&A

11月24日(日)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『つつんで、ひらいて』が上映された。1万5000冊以上もの書籍の装幀を手掛ける、菊地信義さんを追ったドキュメンタリー。上映後のQ &Aには広瀬奈々子監督が登壇した。

昨年、長編監督デビュー作となる『夜明け』(’18)で、第19回東京フィルメックス・コンペティション部門に選出され、スペシャル・メンションを授与された広瀬監督。今年で2回目の参加となるが、「フィルメックスに来ると、ちょっと背筋が伸びます」と心境を述べた。
当初は、ドキュメンタリーをデビュー作にしようと考え、『夜明け』より前に本作を撮り始めていたという。制作の経緯を、市山尚三 東京フィルメックス・ディレクターより尋ねられると、1冊の本がきっかけになったと語った。

「私の父が装幀家で、11年ほど前に亡くなったのですが、改めて装幀はどういう仕事だったのかをふと知りたくなったのです。菊地さんのお名前は以前から知っていましたが、実家の本棚にあった菊地さんの著書『装幀談義』(筑摩書房)を読んで、初めて装幀の仕事を理解できました。それまでは、カバーをデザインする仕事、くらいの認識でしたが、本の中身を重層的に捉えてデザインし、様々な制約の中で行う仕事だと知って、興味が湧きました。何よりアーティストではなく、あくまで裏方に徹する職人的な姿勢に惹かれ、菊地さんにお会いしてみたいと思ったのです」

初めて菊地さんと会ったのは、映画にも登場する銀座の喫茶店「樹の花」。その時は、「僕は映像が嫌いなんです」と言い捨てられてしまったそう。ショックを受け、もうダメだと思った広瀬監督だが、1~2ヶ月後に再会した時の菊地さんの反応は全く違っていた。
「『いいこと思いついたんだよ』って言うんですよ。『僕の頭に小さなカメラを取りつけるのはどうか』って、言い出して。おかしな人だなぁと思いました。菊地さんには、そういう演出家の側面があるんです」
その一面は、撮影が始まってからも随所に現れた。
「私がこういうシーンを撮りたいとお願いしたら、『それは違うんじゃないか。もっと別のアイディアを考えてみてくれ』と言われてしまうことが多かった。この作品は、本当に菊地さんとの共作と言っていいと思います」

映画では、「仕事を少しずつフェードアウトさせていきたい」と語っていた菊地さんだが、映画完成後には、装幀者人生において、「第4期に入っている」と前向きな姿勢を見せていたという。
「銀座の事務所はたたみ、鎌倉のご自宅で作業されているのですが、これからはやりたいことしかやらないと。映画の宣伝活動でも非常に生き生きとしています。装幀という仕事が、しっかり世の中に認知してもらえるように、逆にこの映画が利用されているような印象も受けました」
 
観客からはまず、ナレーションは入れず、必要に応じてテロップで説明する方法を選んだ理由について問われた。
「本来であれば、自分の声も排除すべきかなとも思ったのですが、あえて菊地さんとの会話の中で見せていく作りにしたので、第三者を入れるのは考えにくかった。できるだけ、本を読んだときの読後感に近づけたかったので、ナレーションという選択肢は排除しました」と広瀬監督。
 
続いての質問は、紙を映像で表現する上での工夫を問うもの。広瀬監督は、「菊地さんが装幀をする上で、一番大切にしているのは手触り。それを映像で表現するのは難しいので、できるだけ五感に訴えるように気を配りました」と説明した。例えば、紙の音を入れたこともその一つ。物撮りはカメラマンに依頼したが、本にどのように照明を当てたら紙の質感や活版印刷の凹凸が出るか、時間をかけて慎重に検討したそうだ。
 
さらに、音へのこだわりについての質問も挙がった。
「今回は自主映画のような形で撮り始め、自分でカメラを回していたので、ほぼカメラマイクで録音しているんです。その限界もあって、ポスプロで懸命に整音しました。
音楽は、菊地さんがお好きなタンゴからイメージして、管楽器が合うんじゃないかと思いました。偶然、ライブでbiobiopatataの演奏を聞き、その手作り感が良くて、すぐに菊地さんの姿が目に浮かびました。それで、彼らにお願いするしかないと思ったのです」

観客の関心の高さを反映してか、次々と手が挙がったが、時間となり、質疑応答が終了。『つつんで、ひらいて』は、12月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開される。
 
(文・宇野由希子、写真・明田川志保、穴田香織、白畑留美、王 宏斌)