【レポート】『空の瞳とカタツムリ』舞台挨拶、Q&A

11月18日(日)、有楽町スバル座にて特別招待作品『空の瞳とカタツムリ』が上映された。上映後、舞台挨拶とQ&Aが行われ、斎藤久志監督、出演者の縄田かのんさん、中神円さん、藤原隆介さん、脚本を担当した荒井美早さんが登壇した。

左より斎藤監督、縄田さん、中神さん、藤原さん、荒井さん
斎藤監督より「どういう感想を持たれたかぜひお聞かせいただければ」と一言。本作が初めての主演作であった縄田さんは「撮影期間は10日間で、本当に濃い毎日でした」と振り返り、「役と自分が同化する瞬間や、観ている景色、光、匂い、空気が触れる瞬間を味わうことができて、贅沢でかけがえのない瞬間を経験させてもらった」と挨拶。初めてセリフのある役をもらったという中神さんは「斎藤監督はカメラを回すまでのテストを何回もするので、映画でこんなにカメラが回らないものなんだ」と思ったそうだ。初めて映画出演となった藤原さんは「オールアップがちょうど19歳の誕生日でその日に、濡れ場のシーンがあって、前貼り記念で19歳になった壮絶な誕生日でした」と笑いながら話し、「スタッフさんから貰ったケーキと花束をもらって、それを見ながら僕は役者で生きていこうと覚悟した作品」だと語った。荒井さんは「不器用な人たちもいるんだと思ってもらえたらうれしい」と挨拶した。




そのままQ&Aに移り、市山尚三東京フィルメックスディレクターが作品制作の経緯を尋ねたところ、アクターズ・ビジョンのワークショップから始まったそうだ。「相米慎二さんが遺したタイトル案である『空の瞳とカタツムリ』で荒井さんに脚本を書かないかという話が荒井さんに伝わって物語が出来上がりました」と斎藤監督。続けて、市山ディレクターがタイトルからインスピレーションを得て書いたのかという問いに「タイトルをいただいた時に、カタツムリのことを調べました」と荒井さん。調べるとカタツムリが交尾をする時、恋矢(れんし)という生殖器官を頭に突き刺すことを知り、その恋矢を突き刺すことは相手の寿命を低下させることを知って、本作を着想したそうだ。

本作は縄田さんをキャスティングすることは早めに決まっており、脚本が出来上がった時に、ワークショップに受講していた中神さんが決まったそうだ。中神さんは「もともとワークショップの時は縄田さんが演じた役を与えられていて、縄田さんがその役に決まったので、もう一人が決まらなくて、オーディションすることになり、立候補しました」と配役のエピソードを話してくれた。

リハーサルも本番テイクも重ねる制作方法に質問に対し、斎藤監督は『サンデイドライブ』(2000)まではフィルムでテイクをあまり重ねることはできなかったが、デジタル以降はそれが可能になったと前置いたうえで、「演じるということより、そこに存在してほしい、芝居しているかわからなくなるくらい彼女たちを麻痺させたいという想いが伝わっているのでは」と斎藤監督は話した。
作中の2人の女性が再会するのではという質問に荒井さんは「10代、20代は付き合ったり別れたりしてたんですけど、30代になってまた一度別れても40年後に会うことができるのかもしれないように、2人はまた出会うかもしれないです。出会うことができなくても別の人の中に生きていて出会うことができるのだと思います」と答えた。
作中に出てきた映画館はどこにあるのか、という質問が上がり、斎藤監督は「あれは高崎電気館という場所で、今は映画館として機能していませんが、イベントとして高崎映画祭で使用される場所です。映画館のシーンは朝から夜中の2時までかけて撮影しました」と回答した。
市山ディレクターが映画評論家の宇田川幸洋さんが出ていられましたね、とコメント。それを受けて、「宇田川さんは面白い人で、過去にも作品に出てもらったのですが、今回もお願いして高崎まで来てもらいました」と斎藤監督。
本作が映画初出演の縄田さん、中神さん、藤原さんの映画で演技をしたことについての質問が及び、まず縄田さんは「今までは舞台が多かったんですけど、自分の中であまり違いは感じていません。でも、撮影を経ていく上で、アンテナのようなものが張った気がします」と語った。中神さんは「今まで頭の中で役を考えて演じていましたが、すごく楽にお芝居ができるようになりました」と答えた。藤原さんは「演じていたというより、存在しようって思いました」と語った。
作品の物語性の質問に対して、斎藤監督は「お話という部分に関しては脚本家が作っています。一緒に話しながらつくっているものもありますが、基本的に荒井さんのオリジナルストーリーです」と話したうえで、「特殊な人たちかもしれないけれど、特殊であると簡単に捉えず、存在している一人一人は誰の心の中にもある存在として、自分自身の中に投影して作っていました」と語った。
本作は2019年2月に公開を予定している。市山ディレクターが「ぜひとも知り合いの方にお勧めいただきたい」と締めの言葉を語り、会場より温かい拍手が送られた。

文責:谷口秀平、撮影:明田川志保、吉田(白畑)留美

11/17 『コンプリシティ』 Q&A


11/17 『コンプリシティ』 Q&A
有楽町スバル座
藤竜也(俳優)
近浦啓(監督)
神谷直希(東京フィルメックス ディレクター)
日本、中国 / 2018 / 116分
監督:近浦啓 (CHIKAURA Kei)
製作:クレイテプス
Complicity
Japan / 2018 / 11 min.
Director: CHIKAURA Kei

【レポート】『共想』舞台挨拶、Q&A

11月18日(日)、有楽町スバル座にて特別招待作品『共想』が上映された。本作は『あれから』(2013)、『SHARING』(2014)(第15回東京フィルメックス特別招待作品)に続く東日本大震災を見つめた篠崎誠監督の最新作だ。上映に先立ち舞台挨拶が行われ、篠崎監督、善美役の矢﨑初音さん、珠子役の柗下(まつした)仁美さん、さらに櫻井保幸さん、大杉樹里杏さん、播磨誌織さん、村上春奈さんが登壇した。
挨拶の前に、市山尚三東京フィルメックスディレクターが本作は出来上がったばかりでこの後も変わるかもしれないというギリギリで完成した作品だとコメント。

第1回、第15回に続き第19回東京フィルメックスに参加することとなった篠崎監督は「東京フィルメックスに帰ってくることできて嬉しいです」と喜びの言葉が。また本作品はとても小さな作品だと表現し、「市山さんが観た段階から、ワンシーン増やしました。数日前に出来上がった作品で、まだ僕しか観ていません」と語った。矢﨑さんは「小さな映画ですが、私の中で大切にしたい作品」と話し、柗下さんは「タイトルの通り、皆さんと一緒に大切な人や会えなくなってしまった人を共に想える作品だと思います」と話した。櫻井さんは「すごい心に残る作品」、大杉さんは「演者、スタッフが一人一人自分たちの役割を考えて作った作品です」、播磨さんは「伝えられることは言いたいことは大事に言わないといけないと思えることができる映画です」、村上さんは「篠崎先生は大学の先生で、大学に入学したての頃に撮影に呼ばれて、撮影が始まって、試写が始まって、舞台挨拶をしているのでとても緊張しています」と想いを語った。

上映後、質疑応答には篠崎監督、柗下さん、矢﨑さんが登壇。本作品が持つ雰囲気は脚本の段階から考えていたのか、編集の段階で作ったのかという質問が上がると、「最初から最後まで書いたシナリオではなくて、ワンシーンだけセリフはしっかり書かれていて、あとは大体の展開を考えて、説明しました」と篠崎監督。また柗下さんと矢﨑さんに本作撮影の前に3月11日に何をしていたのかをインタビューをするところから始めたそうで、矢﨑さんは「1回目は実際に自分たちが経験した話を撮影して、その後、善美はこうだ、珠子はこうだったというのを付け加えて、2回目で実際役を通して撮影しました」と語ってくれた。出演者に「こういう経験はありますか」と聞いて、それを踏まえて矢﨑さんや柗下さんと話して、さらに撮影当日に2時間くらい話して、テストなしで本番撮影を行ったそうだ。「なので、脚本の段階というより、撮りながら考えて作っていきました」と篠崎監督は語った。また編集の段階でも順番を変えたり、一回撮影したものを落としたり戻したり、悩みながら作っていくうちに作品の雰囲気が形作られていったと話していた。

本作から2人でいることについての映画だと感じた観客より、監督や出演者にとって、2人でいることの意味について質問があった。回答に当たって、矢﨑さんが自分と柗下さんが同じ専門学校出身の友達同士であることや、ラストシーンは撮影の2日目、3日目の早い段階で撮影したというエピソードを語り、「自分たちのどこがゴールなのかわからない状態でラストシーンを撮ったのですが、柗下さんとの関係もあって、珠子が柗下さんで良かった。ラストシーンが2人で居る意味の答えになって、そこに向かってどんどん映像を埋めていったって感じです」と振り返っていた。柗下さんも「矢﨑さんじゃないと成立しませんでした。何もセリフを決まっていなかったんですが、私がしゃべったらそれに応えてくれると信頼して委ねていたので、2人でできてよかったです」と語った。篠崎監督は「2人は僕が言ったことを覚えてくださって、頑張ってくれていました。(撮影時は)緊張しながら観ていて、ラストシーンでは2人の何年か積み重ねがちゃんと映っていて、僕はカメラ脇で観てて泣きそうになりました。そのシーンを見た時、この映画は出来た。ここに向かっていければいい」と話した。

作中に出てきた詩についての質問があり、詩は篠崎監督の娘が小学校の時に学校の課題で書いた詩で、非常に印象に残ったそうで、「いつか映画で使ってもいいと、許諾を得たんです」と言うと会場から笑い声が。続けて「この映画を撮った時に、これはいいかな、と思って使った」と答えた。
ラストシーンは丘で撮影した理由を聞かれ、篠崎監督が学生時代、『おかえり』(1996)で撮影に使用した場所であり、35年かけて3回撮影しているエピソードを語ってくれた。また、本作は室内で撮影する映画なので、最後は広い場所で終わりにしたいと考え、採用したそうだ。
今作はエチュードの手法が取り入れられた経緯を問われると、「1本撮り終えてから次の映画まで時間がすごくかかります」と語り「もう少し身軽にとは言わないのですが、かつて中学校の時に8mm映画を撮った時は、同級生に『今日夕方空いてる?』と声をかけて、そこで集まったメンバーの顔を見ながら即興で話を作っていたのを思い出し、その場で『一緒に何かやりませんか』と言って、『いいよ』って言ってくれた人たちとやってみたい」と話した。
2017年3月に撮り始めて、今まで時間をかけるつもりはなかったが、「自分の中で映画が終わり切れていないという想いが消えずにいて、無理やりまとめるより、少し距離を置いて作ろう」と思ったそうだ。「本来はデッサンとかエチュードのつもりでしたが、結果としてものすごく中断しつつ長い映画になりました。そうしないと次の映画が作れないような気がしました」と篠崎監督。
質疑応答後、篠崎監督は東京フィルメックスのスタッフ、本作品に携わってくれたさまざまな人への感謝、何らかの形で本作品を上映したいと想いが述べられた。東日本大震災を通じて変化していく人々を描く篠崎監督の作品に胸を打たれた観客から盛大な拍手が送られた。


文責:谷口秀平、撮影:明田川志保

11/18 『名前のない墓』 Q&A


11/18 『名前のない墓』 Q&A
TOHOシネマズ 日比谷
リティ・パン(監督)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
福崎 裕子(通訳)
フランス、カンボジア / 2018 / 115分
監督:リティ・パン (RITHY Panh)
Graves Without a Name
Cambodia / 2018 / 115 min.
Director: Rithy PANH

11/17 『草の葉』 舞台挨拶


11/17 『草の葉』 舞台挨拶
TOHOシネマズ 日比谷
キ・ジュボン(俳優)
市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
根本 理恵(通訳)
韓国 / 2018 / 66分
監督:ホン・サンス(HONG Sang Soo)
Grass
Korea / 2018 / 66min.
Director: HONG Sang-soo

【レポート】『コンプリシティ』舞台挨拶、Q&A

11月17日(土)、有楽町スバル座にて近浦啓の長編デビュー作『コンプリシティ』が上映された。本作はトロント国際映画祭でワールドプレミア上映され、続いて釜山国際映画祭の「アジア映画の窓」へ出品、日本国内では初の上映となる。昨今、社会問題と化している失踪した技能実習生を主人公に、異国の地でどう行きていくか、普遍的な物語を描いた意欲作だ。他人になりすまして蕎麦屋に住み込みで働き始める中国人青年チェンを中国人俳優ルー・ユーライが演じ、寡黙な蕎麦屋の主人役を藤竜也が演じる。上映に先立って近浦啓監督、藤竜也、赤坂沙世、松本紀保の舞台挨拶を行われた。

藤竜也さんはルー・ユーライさんとの共演を振り返り「非常に新鮮な現場でした。ユーライさんは当然ながら日本語はしゃべれません。共通語はお互いの不確かな英語です。でも、基本的に俳優として難しいコミュニケーションをとる必要はないんです。演じる上で、何となく分かり合えちゃうんですよね」と両社の間に役者同士の通じるものがあったと語った。

赤坂沙世さんは、「ユーライさんは悪夢除けのために、日本の5円玉みたいなのを枕の下にいれて寝ていて、それをホテルに忘れてきちゃって大変だった」とエピソードを語り、会場の笑いを誘った。蕎麦屋の娘役を演じた松本紀保さんは「わたしは蕎麦屋の娘でユーライさんにいろいろ教える役でしたが、オフの時でも日本語を覚えようと一生懸命な姿が印象的でした。普段のにこやかな印象と撮影前の真剣な表情のギャップに驚きました」と語った。

近浦監督は「この映画で描いた技能実習生、不法滞在者については、最近ニュースでよく話題になっています。しかし、この映画では社会的なテーマではなく、もっと小さな物語、彼らが何らかの理由で姿を消し不法滞在者になったあとに、どう異国の地“日本”で生きていくかを描きたいと思いました」と述べた。

上映後のQ&Aでは、近浦監督と藤さんが登壇した。藤さんの出演のきっかけは「会いたい人に会いにいく」がテーマの近浦監督が立ち上げたインタビュ−サイトだったと明かした。それを発端に、近浦監督による『Empty House』という20分の短編に藤さんは出演、続いて製作した『SIGNATURE』という短編では、本作の主人公チェン・リャンの前日譚が描かれる。藤さんは本作のオファー時にこれを観て「すごく感動した、ルー・ユーライが説明出来ないような不思議な存在感で、なんて悲しそうでせつない顔をしているのだろう」とユーライさんに魅了され出演を快諾したという。

会場からは、「技能実習生の失踪というタイムリーなテーマですが、参考にしたものがありますか?」と質問があがると、近浦監督は「2014年に起こったベトナム人の技能実習生が農家で育てていたヤギを除草剤で殺して解体して食べたというニュースがあって衝撃を受けました」と答えた。それをきっかけに、監督は技能実習生の制度の仕組みを調べ、そして多くの実習生が失踪し、年々その数字が上がっている状況を知る。「失踪したあと、彼ら、彼女たちはどのように生きただろう」と想像をふくらますことが着想のきっかけとなった。彼らの置かれている状況や故郷に帰れない理由を聞き、取材を重ねていくことで映画の構想へと連なっていく。それから「藤竜也さんに出演してもらうために、藤さんに何の役を演じてもらおうか?」と考え、最終的に蕎麦屋の職人に決めたという。

「僕は職人の役が大好きです」と答え、以前出演した映画の中華料理人の役づくりについてのエピソードを披露。「プロの中華の大先生からワンツーマンで五ヶ月半、中華料理のすべてを学びました。オファーが来た時は、次はそばの練習が出来るんだ!って喜んだ」とのこと。蕎麦屋の主人役の役づくりについては「現実は実習生の様々な問題があるんでしょうけれど、僕が演じる親父はそういう事をなにも知らないと思う。だから僕自身がきちんと蕎麦を打てるようになってしまったら、あとは何も考えない。その親父にまかせようと思いましてね、全部即興で演じて、蕎麦だけはひたすら必死に打ちました。全部で70キロくらい打ちましたね」藤さんの蕎麦づくりの打ち込む様は、普段厳しい蕎麦の先生が驚くほどで、そのプロさながらの手さばきに免許皆伝も近いと監督は加えた。

会場から「中国との製作の上で大変だったことは?」と聞かれ、「中国との国際共同製作と言葉だけ聞くとおおげさな感じはしますが、端的に言うと親友の中国人の映画作家と一緒に作った形です。彼にも話を持ちかけた時、『この映画にはナイーブな部分もあるけど、描かれているのは人間と人間の普遍的な関係だ。これは、お互いの国で絶対上映しよう』という小さなところからはじまりました。現場では、もちろんクリエイティブな意見の衝突はありましたが、撮影でも編集でもすごくよい関係の中で作れました」と映画製作の上では、国家間の壁がなかったことを語った。
文責:松下加奈 撮影:吉田(白畑)留美

11/17 『コンプリシティ』 舞台挨拶


11/17 『コンプリシティ』 舞台挨拶
有楽町スバル座
藤竜也(俳優)
赤坂沙世(俳優)
松本紀保(俳優)
近浦啓(監督)
神谷直希(東京フィルメックス ディレクター)
日本、中国 / 2018 / 116分
監督:近浦啓 (CHIKAURA Kei)
製作:クレイテプス
Complicity
Japan / 2018 / 116 min.
Director: CHIKAURA Kei

【来日ゲスト追加決定】スタンリー・クワン監督来日・Q&A決定のお知らせ

11月22日(木)の18:40より上映を予定しております特別招待作品『8人の女と1つの舞台』で、スタンリー・クワン監督の来日が決定致しました!上映後のQ&Aに登壇いただきます。


意外にも、スタンリー・クワン監督は、フィルメックスでは初めての監督作上映・登壇となります。チケット残席もまだございますので、ぜひ多くの方のご来場をお待ちしております!→追記: 監督作品は初ではありませんでした。第2回で『藍宇(ランユー)』を上映しています。

11/17 『僕はイエス様が嫌い』 舞台挨拶


11/17 『僕はイエス様が嫌い』 舞台挨拶
有楽町スバル座
佐藤結良(俳優)
大熊理樹(俳優)
チャド・マレーン(俳優)
佐伯日菜子(俳優)
市山尚三(東京フィルメックス ディレクター)
日本 / 2018 / 76分
監督:奥山大史(OKUYAMA Hiroshi)
製作:閉会宣言
Introduction
Japan / 2018 / 76 min.
Director: OKUYAMA Hiroshi

【レポート】『期待』Q&A

11月18日(日)、有楽町・朝日ホールにて、「特集上映 アミール・ナデリ監督」から『期待』('74)が上映された。本作は、1970年代にイランで撮影されたナデリ監督の初期作品の一つ。東京フィルメックスではすっかりお馴染みの顔となったナデリ監督は、上映前に、にこやか登壇し、初期作品の上映の機会を得た喜びと感謝を述べた。古い映画をイランから持ち出すのは難しいそうだが、今回はイラン側の協力を得てDCP上映が実現した。

上映後に再び登壇したナデリ監督は、自伝的作品としての本作の背景を語り始めた。イラン南西部にある石油産業の町アバダンで生まれ育ったナデリ監督にとって、子供の頃の思い出といえば石油の匂いだったとか。砂漠と海はあるが緑はなく、水や氷はとても貴重なものだったそうだ。劇中の設定どおり、子供の頃は、おばあさんの言いつけでガラスの器を持って氷を買いに行き、誰よりも先に冷たい水で喉を潤すことが楽しみだったという。そして、氷で満たされたガラスの器を渡されるときには手しか見えないが、その手の女性に恋心を抱いていたとも。イラン・イラク戦争が始まってから、その氷をくれた家を再び訪れたそうだが、すでに一部が崩れ、誰も住んでいなかったという。

ガラスの器に反射する眩しい光の場面が印象に残るが、全編を通して、人工的なライトを加えずに、自然の陽光のみで撮影したそうだ。ナデリ監督は、久しぶりにこの作品を鑑賞しながら、今の自分がこの作品をもしリメイクするならばどうするだろうかと考えていたそうだが、「ワンフレーム違わず、まったく同じものを撮ると思います」と本作に対する自信をのぞかせた。そして、『CUT』(’11、第12回東京フィルメックスにて上映)の美術監督を務めた磯見(俊裕)さんにこの作品を捧げたいと述べ、来場していた磯見さんに会場から拍手が贈られた。
続いて、少年が遭遇する宗教的な儀式について質問があがった。この儀式は年に1回イランで行われている渇きや水をテーマとした祭りで、男性は屋外で、女性は屋内で儀式を行うとのこと。ただ、子供の頃に見ていた儀式のイメージを映像化することに苦心したそうだ。そして、「渇き」という話の流れでは、「今の自分は水を欲しがっているのではなく、ただ映画を作りたいだけ」と映画制作への熱い想いをあらためて語ったナデリ監督。

また、この作品はどこかファンタジックなもののように見えるが、現地ではリアルなものとして見られるのかという、作品のとらえ方についても話が及んだ。実は、この作品を制作していた頃、溝口監督に憧れていたというナデリ監督。この作品はすべてリアルなものを映し出しているが、溝口監督がよく使っていたゴーストのような感じ、夢の中のような感じが映像に出ているという。「誰か気付いてくれないかなと期待していたのに…」と茶目っ気たっぷりに残念がる一幕も。

「この頃の作品は自分が欲するものや希望がテーマで、その後はどうやって生き延びるかということがテーマでした。『山<モンテ>』(’16、第17回東京フィルメックスにて上映)の後は、原点に戻りたいと思いました。新作の『マジック・ランタン』(’18、第19回東京フィルメックスにて上映)は、『期待』の続きとなるものです。ぜひご覧ください」と述べ、Q&Aを締めくくった。
本年の東京フィルメックスでは、「特集上映 アミール・ナデリ監督」と題して、ナデリ監督の新旧合わせて5作品を紹介する。11月20日には『マジック・ランタン』、11月23日には『ハーモニカ』(’74)と『華氏451』(’18)、11月25日には『タングスィール』(’73)が上映される。この貴重な機会を見逃さないよう、ぜひ会場へ足を運んでいただきたい。


※ロビーにある『マジック・ランタン』のポスター前で
文責: 海野由子 撮影: 村田麻由美