11/3『石門』Q&A

11月3日(木)、コンペティション部門の『石門』が有楽町朝日ホールで上映された。中国を拠点に夫妻で意欲的な映画製作を続けるホアン・ジー監督と大塚竜治監督の最新作。上映後に登壇した2人から声をかけられ、舞台袖に控えていた愛娘の千尋さんもあいさつに立ち、和やかな雰囲気のなか質疑応答が始まった。

望まぬ妊娠が判明した女子学生の選択を粘り強いカメラワークで見つめた本作。製作のきっかけは、千尋さんが5歳の頃に「ママはどうして私を生んだの?」と尋ねたことだという。「どう答えればいいのかわからなかった。そこで、少女から大人になりかけている女の子が出産するか否かで悩む姿を撮ることで、答えを導こうと考えました」とホアン監督は振り返る。

撮影には妊娠期間と同じ10カ月をかけた。大塚監督は「ふだん体験できないことを映画にしたいという思いもあり、妊娠期間と同じ長さを体験することにした。もちろん主演のヤオ・ホングイ本人は妊娠していませんが、その時間のなかでどんな影響が出るのかを観察してみたいと思いました」と意図を語った。

会場からは現場での夫婦の役割分担についての質問が相次いだ。撮影クルーは監督夫妻と録音技師のわずか3人。ホアン監督が主にプロデュース・演出とロケ先での交渉、大塚監督が撮影・照明と録音調整を担当し、美術は2人で一緒に手掛けたという。

脚本に頼らない製作プロセスも独特だ。「役者が全員素人なので、それぞれの状況や撮影できる時間によって撮る内容を変えた」と大塚監督。「撮影が終わると私がその場ですぐに編集し、次の日のプロットを2人で考える。翌朝は二手に分かれ、彼女が役者に説明し、私は撮影準備。毎日がその繰り返しでした」

主人公を演じたヤオ・ホングイは、夫妻が撮った『卵と石』(2012年)に14歳で主演。続く『フーリッシュ・バード』(2017年)でもヒロインを演じた。彼女の両親を演じたのは、ホアン監督の実のご両親だという。「10カ月間の撮影中はみんなで一緒に暮らしていたので、本当の家族のようでした」とホアン監督。「他の役者さんは友だちに紹介してもらったり、街でスカウトしたり。個人として面白そうな人をキャスティングしました。その際に、それぞれの経歴や背景についてもお聞きし、それに沿って脚本を変えていった。自分の経験が盛り込まれているので、一緒に作っていると感じ、役になりきってもらえたと思います」

「石門」という題名の意味を問う質問も多かった。ホアン監督は「女性を取り巻く環境には妨げる壁があるような気がしています。打ち破りたくても、なかなか突破して先に進めない。主人公もそんな状況にいます。彼女のお腹の赤ちゃんは石の門を突き破ってこの世界に出て来ることができるのか。そんな意味を込めました」と説明した。

全編を固定位置から狙った撮影にも質問が集まった。「10カ月間かけて観察するため、主人公を同じ距離感を保って撮り続けることだけを決めました」と大塚監督。「途中で何が起きても、カメラは同じ距離感を保つ。人物だけを切り取るのではなく、社会の中に彼女が立っているという構図でこの物語を伝えたかった。50mmレンズを使い、ちょっと引き目の距離から撮っています」。ホアン監督は「主人公がバイト先の店に立つ場面では、実際にその店で3日間働いてもらった。周囲との溶け込み方や彼女をよく観察した上で、カメラの位置を決めて行きました」と付け加えた。

主人公が体験する様々な仕事は、実際に同世代の女性たちに取材して決めていった。「最初は、主人公がバイト先で仕事を覚えては能力を発揮していく脚本を考えていたのですが、本人がそういうタイプではなかったので、実情に合わせて変えていきました」とホアン監督。女性が社会に出て働き、知識や技術を習得し、お金を稼ぐことの難しさを再認識する経験でもあったという。

10カ月に及んだ撮影の最後はコロナ禍と重なった。中国では感染対策でいまだに出入国が厳しく規制されており、監督たちと一緒に来日するのを楽しみにしていた主演のヤンさんやホアン監督のご両親の願いは実現しなかった。「でも、日本の皆さんに見ていただけてとても嬉しい。何といっても夫が日本人ですから、格別の思いがあります」とホアン監督。

話は尽きぬまま質疑は終了。ホアン監督は「よろしければ後で皆さんの感想をぜひお聞かせ下さい」と呼びかけ、夫妻そろって会場の外で観客の声にじっくりと耳を傾けた。

文・深津純子
写真・吉田留美

10/29『遠いところ』Q&A

10月29日(土)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『遠いところ』が上映された。若年出産で経済的に不安定な生活を送る17歳の少女を通じて沖縄の現実を緻密に描いた作品。上映後の質疑応答には工藤将亮監督が登壇。客席で見守っていた主役の花瀬琴音さんと共演の石田夢実さんが観客に紹介された。

 

 

工藤監督はまず、本作の制作経緯を明かしてくれた。2015年頃から沖縄の若年母子を題材にしたルポルタージュを追いかけるうちに、監督自身の家庭環境との共通点や母親や祖母の姿と重なる部分が見えてきたという。「重い病を患っている母親が死ぬ前にしてあげられることは何だろうか」とプロデューサーに相談をもちかけ、最終的に沖縄に向かうことになったそうだ。

キャスティングでは、有名なタレントや俳優を使わず、オーディションでいい人を見つけるというポリシーを貫いたとのこと。ただ、沖縄でのキャスティングでは苦労した点もあったようだ。「この作品は沖縄で1年半以上かけて取材した、実話を元にしたストーリーです。沖縄のキャストの中には周囲の反対で出演できなくなる事態もあった一方で、賛同してくれた沖縄キャストは脇をしっかり固めてくれた。沖縄の方々と一緒に作り上げた」と当時を振り返った。

ごはんを食べる、洗濯をする、排泄をする、歩くといった、基本的な日常生活の場面が印象的な本作だが、長期取材を通して見たものに基づいており、「生活をする姿を描かざるを得ない」という思い、「生活の積み重ねを意識的に取り入れたい」という思いが込められているという。また、沖縄以外のキャストは、クランクインする1ヵ月前から実際に沖縄に住み、準備を重ねたという徹底ぶりだ。

本作に登場するような問題が起こる背景には、「様々な構造的な要因があるが、無自覚、無責任というのが問題ではないか?」と熱のこもった口調で語った。

 

こうした状況について、「みなさんも自分ごとのように感じてほしい。無関心にならずに」と観客に訴えた。また、エンディングの解釈を問われると、「みなさんは、この少女の姿を見てどのように思われましたか」と観客に問いかけで返した監督。「この少女が明日も生きていればいいな、とみなさんが思ってくれるならばいいのですが」と観客の反応に期待を込めた。

最後に撮影手法に話が及ぶと、「自分たちの感情をカメラに載せないように、手持ち(カメラ)はやめよう」と撮影監督の杉村高之さんと決めたことを明かしてくれた。なるべく説明的なカットやアングルを省き、美しい沖縄の構図の中で人間の姿を中心にとらえようと考えたという。

現実に目を背けることなく、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれた工藤監督には、会場から大きな拍手が寄せられ、質疑応答が終了した。本作は、来年初夏に劇場公開される予定だ。

工藤監督と花瀬琴音さん、石田夢実さん(左から)

文・海野由子

写真・吉田留美、明田川志保

10/31『ヴィサージュ』Q&A

10月31日(月)、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集の『ヴィザージュ』( 2008年)が有楽町朝日ホールで上映された。フランスのルーヴル美術館に委嘱されて撮った夢幻的な作品で、2009年の第10回東京フィルメックスではオープニングを飾った。上映後には、ツァイ監督とリー・カンションさんの質疑応答があった。

 

観客の大きな拍手の中で2人が席につくと、まずツァイ監督が「今日が東京での最後の夜なのですが、フィルメックスで皆さんとお目にかかることができてたいへんうれしいです」とあいさつ。リーさんは「この映画のスチール写真を今年初めに友人が送ってくれたんです。それを見て、オレかっこいいなぁ、最高だなって思いました」と語り観客を沸かせた。

リーさんはさらに本作のキャスティングの裏話も明かした。「レティシア・カスタの場面が一番多いのですが、実はレティシアの役に、ツァイ監督は当初マギー・チャンを考えていました。連絡も取ったけれど、当時マギーは恋を語るのに忙しくて、出演はかなわなかったんです」。思わぬ秘話に、客席は拍手と笑いに包まれた。

観客との質疑応答に移り、まずルーヴル美術館から映画を依頼された経緯についてツァイ監督が答えた。長い伝統を持つルーヴル美術館は、現代アートにも力を入れるため映画シリーズを企画し、ツァイ監督が最初の1本を任された。

「とても光栄でした。2005年にフランソワ・トリュフォー監督の没後20周年記念の特集上映がパリであり、出演者が一堂に会する場に私も招待していただいたのですが、その上映後にルーヴルの方から『映画を撮ってほしい』とお声がけいただきました。なるべく早く返事がほしいと言われ、私の映画の常連のリー・カンションがトリュフォーの愛したジャン=ピエール・レオーと会う話を考えました」

 

何度もルーヴルに通い、話し合いを重ねるうちにインスピレーションが沸いたという。「私自身は美術の門外漢なので、専門家に案内してもらいました。ルーヴル美術館の絵を隅から隅まで3回ほど見て、行き当たったのがレオナルド・ダ・ヴィンチの『洗礼者ヨハネ』。この絵を手掛かりにサロメの物語にたどり着いたのです」

鏡を用いた森の場面の意図を問われると、ツァイ監督は「この映画には森が必要でしたが、撮影地のチュイルリー庭園は樹木が少ない。そこで、鏡を置いて木々を反射させ、木々が多く見えるように工夫しました」と説明。用意した鏡は50枚。反射角度の調整が難しく、撮影にはとても苦労したが、「美術館のインスタレーションのような作品になった」と振り返った。

ツァイ監督は『郊遊 ピクニック』(2013年)以降、商業映画を離れ、美術館とのコラボレーションを深めている。「美術館の方がより自由で制限が少ないから」とツァイ監督は理由を説明。「『青春神話』以来ずっと、私は誰の束縛も受けず撮りたいように映画を撮ってきました。難解だと言われることもあるけれど、自分ではそうは思いません。ただ、評価されても興行的には厳しかった。日本で配給してくれた会社も儲かってはいないでしょう(笑)。ルーヴルから依頼を受けた時は、支えを見つけた気がしました。わからないと言われようが、自分が撮りたいように撮ればいい。『ヴィサージュ』は私個人にとっても特別な作品となりました」

一方で、「この映画の4K版を見直して、自分も理解できないところがあった」というツァイ監督の言葉には場内が爆笑。続けて「ひとつだけ一生残念に思うシーンもある」という告白が飛び出した。それは、レティシア・カスタが窓に黒いテープを貼り込む場面。「8分の場面でしたが、配給会社に長すぎると言われ、4分に削った。これまでで初めて他人に説得されてしまったシーンで、今も深く後悔しています」


最後に、リーさんは「今日が今回の東京滞在の最後の夜ですが、これで終わりではない。10年後にまた特集上映に戻ってくるのを楽しみにしています」と笑顔であいさつ。ツァイ監督は「撮りたいものを撮ってきたけれど、どんな人が見てくれるのか、特に若い方の反応が気になります。自分自身を留まることなく前進する監督だと思っているので、ぜひ現在の私に注目してください」と語り、「近作の『ウォーカー』シリーズの特集がもうすぐパリのポンピドゥー・センターで始まるので、日本の美術館関係者の皆さんもどうぞよろしく」とユーモラスに締めくくった。

文・王遠哲
写真・吉田 留美、明田川志保

10/30『ふたつの時、ふたりの時間』Q&A

10月30日(日)、第23回東京フィルメックスと東京国際映画祭の共同企画「ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集」で、ツァイ監督の長編5作『ふたつの時、ふたりの時間』(2001年)が有楽町朝日ホールで上映された。台北とパリというふたつの都市を舞台に、男女の孤独や喪失からの再起を描いた作品。上映後にはツァイ監督と主演のリー・カンションさんが登壇し、観客からの質問に答えた。

 

ツァイ監督はまず、ふたつの都市を舞台とした物語を構想するに至った理由について、映画の資金がフランスの提供であること、フランス映画が大好きだということを挙げた。「資金を提供したスポンサーがいい方で、たった1ユーロでアジア地域の配給権を私に譲ってくれた」と意外なエピソードを披露。「これが契機になり、台湾で自分の映画の自主配給を始めました。それ以前の私の映画は評価が高くても興行的には全然ダメでしたが、自主配給を始めて10年余り、大当たりはしなくいが大コケもしない、そこそこの状況を続けて今日に至っています」と語った。

本作に出演するジャン=ピエール・レオーさんをツァイ監督が初めて知ったのは、20歳の時に見たフランス映画『大人は判ってくれない』(フランソワ・トリュフォー監督)。「映画の窓を開いてくれた、非常に影響を受けた作品。まるで自分の少年時代を見ているような不思議な感覚に陥った」と振り返る。

レオ―さんに出演交渉した際のエピソードも明かしてくれた。「ジャンの家の近所のカフェで待ち合わせたのですが、彼が勘違いして1時間早く来たため、会うことができなかった。カフェに到着した時には、彼が飲み終えたばかりのコーヒカップだけが残っていました」。この出来事は、今回の特集で上映する『ヴィザージュ』の劇中にも登場する。

 

本作は、ツァイ監督とリーさんの父親にも捧げられている。その背景についてツァイ監督は、「シャオカン(リーさん)は父親を亡くした後、いつも悲しげな顔をしていた。飛行機で隣の席に乗っていたとき、彼を揺り動かして起こし、『お父さんについての映画を撮ろう』と提案したんです。その時、自分の父を亡くした時のことを思い出した。父親を亡くす恐怖は、子どもの頃に戻ったような感覚でした。当時父親がいた部屋で眠ったが、父親の亡霊に会うのが怖くて真夜中にトイレに行けなかった。亡霊は生きている自分と大きな距離があり、見知らぬ人のように感じた。このような出来事がもとにあり、この映画を撮った。」と説明した。

撮影の舞台となったのは、リーさんの実家。「青春神話」や「河」、「ヴィサージュ」の台北パートもここで撮られたという。リーさんは「移動の手間が省けて楽でしたよ」と明かし会場の笑いを誘った。「実はパリでの撮影に参加することも心待ちにしていました。実際にはパリでのシーンがなく残念でしたが、クランクアップ後にパリに行けて良かったです」と笑った。

さらに、話題は撮影方法や照明へのこだわりに移った。カメラをあまり動かさない理由についてツァイ監督は、「撮影監督(ブノワ・ドゥローム)は移動撮影の名手でしたが、これは死についての映画なので、重く沈んだ雰囲気を出したくて、『カメラを動かさないでほしい』とお願いした」と説明。「彼は面白い人で、自然光ではなく作り込んだ照明で撮りたいと逆に提案してくれた。シーンごとにすごく手の込んだ撮影になり大変でしたが、彼は『今までの映画では、シーンではなく台詞を撮ってきたような気がする』と、この仕事をすごく気に入ってくれた。私自身も、この作品以降はカメラを動かさずに撮るようになりました」

ユーモアを交えつつ、丁寧に一つ一つの質問に答えてくれたお二人。観客からしばしば笑いが起こり、会場は終始和やかな雰囲気に包まれていた。

文・塩田衣織

写真・明田川志保

10/29 第23回東京フィルメックス開会式レポート

10月29日(土)、第23回東京フィルメックスの開会式が有楽町朝日ホールで開かれた。当初8日間の会期予定であったが、クラウドファンディングによる支援を受けて1日延長し、例年通り9日間の日程で、コンペティション部門、特別招待作品部門、メイド・イン・ジャパン部門、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集で計18作品を上映する。

開会式では、まず神谷直希プログラム・ディレクターが登壇し、「これだけの方々にご来場いただきとても光栄に思っています。財政状況が非常に厳しい中での開催準備となりましたが、クラウドファンディングを通じて多くの方々からご支援をいただき、開催までこぎつけることができたことを感謝申し上げます。また、ご協力いただいた各企業や団体のみなさま、スポンサーのみなさま、サポーター会員のみなさまにも感謝申し上げます。ぜひ1本でも多くの作品をご覧いただき、今年の映画祭を楽しんでいただきたいと思っています」と挨拶。さらに、ジャファル・パナヒ監督(今年7月に当局に逮捕され、現在収監中)の『ノー・ベアーズ』をオープニング作品として上映する理由を、「世界が少しでもより良い場所になってほしいという願いを込めました」と語った。

続いてコンペティション部門の審査員が紹介された。委員長はクロージング作品『すべては大丈夫』のリティ・パン監督(フランス・カンボジア)。ほかに、映画プログラマーのキキ・ファンさん(香港)、キム・ヒジョン監督(韓国)の各氏が審査員を務める。

審査員を代表して挨拶したリティ・パン監督は、「長いコロナ禍の期間を経て、この素晴らしき日を迎え、みなさまと再会できて喜ばしく思います。お一人お一人とキスしたいぐらいですが、それはダメですよね」と笑顔で冗談を交えながら、「みなさま、たくさんの良い映画をご覧になってください。映画祭の期間中に、ぜひお会いしましょう」と再会の喜びをこめて語った。

会期中の10月31日〜11月5日にはアジアの映像人材育成プロジェクト「タレンツ・トーキョー2022」も開催する。今年は、3年ぶりに多くの海外ゲストも迎え、製作者と観客とのリアルな交流にも期待したい。

文:海野由子

写真:明田川志保・穴田香織

【レポート】11/05『ユニ』Q&A

11月5日(金)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『ユニ』が上映された。本作は、第18回東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した『見えるもの、見えざるもの』のカミラ・アンディニ監督による3本目の長編映画。高校の最終学年を迎えて大学進学を目指していた10代の少女ユニが、突然の結婚話に葛藤する姿を通じて、インドネシアの若い女性たちを取り巻く状況を描いた物語だ。上映後にはQ&Aが行われ、登壇したアンディニ監督が、観客の質問に答える形で製作の舞台裏や映画に込めた想いを語ってくれた。

登壇したアンディニ監督はまず、本作誕生のきっかけとなった出来事を明かしてくれた。それは、2017年に前作『見えるもの、見えざるもの』が完成した後のことだった。

「私の家の家政婦がある時、『村に帰りたい』と言ったんです。事情を聞いてみると、『娘が17歳で妊娠して、状態がよくない』と、だいぶ心配している様子。なぜそんなに若い年齢で結婚したのか、さらに尋ねてみたところ『婚姻の申し出がいくつか続いたので、決まった』と」。

自身が10代の頃も若くして結婚する女性が周囲にいたことから、長い間“10代の結婚”という題材が頭にあったアンディニ監督は、これを3作目にすることを決意。その家政婦の娘をモデルに、監督自身の視点を加えて、主人公ユニが誕生する。さらに、メイドの娘の結婚式では激しい雨が降っていたことから、そのビジュアルを糸口に、今まで温めてきた構想を反映して物語を作り上げた。

その主人公ユニは、劇中で見事な存在感を発揮しているが、演じるアラウィンダ・キラナさんは、演技をするのは初めて。この起用は、次のような経緯によるものだった。物議を醸しかねないテーマゆえ、ユニ役をロケ地・セナヤンの地元住人から探すことは難しいと考え、首都ジャカルタでキャスティングを実施。その際、有名人以外を条件に探した末、アンディニ監督のアシスタントがインスタグラムでキラナさんを発見する。

「実際に彼女に会ってみたら、とても勇気があり、私のビジョンを理解し、この映画のテーマについても自分の意見を持っている知的な女性でした。当時18歳でしたが、チャレンジを厭わず、他の若い女性とはだいぶ異なる印象。固定したイメージもなかったので、一緒にこの映画を作ってくれる相手にぴったりだと考え、彼女に決めました」

「この作品をインドネシアで作るのは、かなりの困難を伴うと予想していました」と口にしたアンディニ監督だが、夫であるプロデューサーを始め、趣旨に賛同してくれるパートナーたちと共に制作を進め、映画は完成。そして、作品に込めた想いを、次のように語ってくれた。

「インドネシアでは10代をテーマにした作品は多いのですが、都市部を舞台にしたものが大多数。でも実際には、ユニのように地方に住んでいる子の方が多い。だから、そういった若者たちの声を代弁する作品にしたいと思っていました」。

結果的に心配していた検閲も無事にパスし、12月にインドネシアでの公開も決まり、「解放感でいっぱい」と笑顔を見せた。

なお、劇中では詩人サパルディ・ジョコ・ダモノの詩が印象的に引用されている。その意図を「ユニにとって、詩は現実逃避の場なので、脚本を書いているときから、詩を取り入れようと思っていました」と語ったアンディニ監督。そこで思い浮かんだのが、「6月の雨」という詩だった。理由については「雨の結婚式というモチーフがあったこと、“ユニ”という名前は、インドネシアでは6月生まれの子どもに付ける名前でもあるため」と説明。

なお、ジョコ・ダモノの詩に関しては、こんな裏話も明かしてくれた。実は、映画監督である彼女の父、ガリン・ヌグロホが製作した1991年の映画『一切れのパンの愛』でもジョコ・ダモノの詩にメロディーをつけて引用しており、子どもの頃からなじみがあったとのこと。それも本作で引用した理由の一つで、その曲は本作のエンディングでも流れている。

このほか、ユニが紫色を好む理由、本作と前作『見えるもの、見えざるもの』との関係など、ひとつひとつの質問に丁寧に回答してくれたアンディニ監督。最後に「パンデミックの最中、この会場に足を運んでくださることは容易ではなかったと思います。今日は本当にありがとうございました」と挨拶すると、客席から大きな拍手が贈られ、Q&Aは終了した。

文・井上健一

写真・白畑留美、明田川志保

【レポート】11/03『永安鎮の物語集』リモートQ&A

11月3日(水)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『永安鎮の物語集』が上映された。上映後にはリモートQ&Aが行われ、ウェイ・シュージュン監督がリモートスクリーンに登場した。本作は、映画製作が人々に巻き起こす「波紋」を描いた3部形式の作品で、ウェイ監督の長編2作目となる。カンヌ国際映画祭監督週間で上映された。ウェイ監督は「今回、東京フィルメックスで日本のみなさまに作品を観ていただくことになり、ありがとうございます」と挨拶。

質疑応答に移り、まず、製作の経緯について訊かれると、ウェイ監督は濱口竜介監督の『偶然と想像』を引き合いに出し、本作は「偶然に生まれた作品」と強調した。別の映画の撮影準備をしていたが、撮影が不可能な状況に陥ったため、脚本家に相談したところ、脚本家が別の企画を持ちこんだという。脚本家が第1部を語り始めてから、第2話、そして第3部までの枠組みは、わずか20分で決まったのだとか。急遽変更したその企画が本作になったそうだ。

第1部では突然やってきた映画撮影隊に揺れ動く地元の人々、第2部では映画の主演として故郷に凱旋したスター女優、第3部では映画製作者がそれぞれ描かれている。このような構成にしたのは、第1部と第2部で人々に「波紋」を生じさせた張本人たちを第3部に登場させて流れを作る狙いがあったからだという。

次に、撮影現場のシーンは監督の実体験がどれぐらい反映されたかという話に及んだ。劇中の監督と脚本家のイメージ以外は、実際の現場の雰囲気が反映されているという。監督自身は、劇中の監督のように偉そうにふるまっていないとか。脚本家のカン・チュンレイさんとの関係は良好で、理性的にコミュニケーションを取り、互いを理解できるように話し合いを重ねたそうだ。

また、元々撮影しようとしていた脚本を急遽変更したことで、キャスティングに苦心したことも明かしてくれたウェイ監督。元の脚本で決定していたキャストをそのまま使って新たな脚本で撮影したかったそうだが、キャストからの同意を得られず、解約金を支払って、新たにキャスティングをしたという。ちなみに、劇中の脚本家役は、本作の脚本を担当しているカン・チュンレイさんが演じている。

本作の撮影地は湖南省の地方都市だが、ウェイ監督によると、脚本が急遽変更になっても、すでにスタッフが現地入りしていたため、撮影地を変えずにそこで撮るしかない、やむを得ない状況での撮影だったそうだ。ただ、撮影を行った町は、かつては繁栄していたのに今では衰退した町だが、その一方で新たな地域振興が推進され、新旧の雰囲気が混在していて本作にふさわしいと考えたという。

さらに、エンディング曲のラップについて質問があがった。ウェイ監督自身はラップ好きで、本当は自らが手がけたラップを使いたかったそうだが、自身のレベルはまだまだなのでプロに依頼したという。ラップのタイトルは柔道でいうところの「背負い投げ」のような意味合いで、ラップの内容は意見の異なる2人の戦いを表現しているそうだ。

最後に、ウェイ監督は、「感染状況が危うい中で、映画を観に来ていただきとても嬉しいです。みなさんと一緒に映画を観ることができないのは残念ですが、またフィルメックスに参加して、みなさんとリアルにお会いしたいです」とリモート越しに観客に語りかけ、質疑応答を締めくくった。

ひとつひとつの質問に丁寧に回答してくれたウェイ監督には、会場から大きな拍手が送られた。ウェイ監督の今後の活躍に期待したい。

 

文・海野由子

写真・明田川志保

【レポート】11/02『見上げた空に何が見える?』Q&A

11月2日(火)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『見上げた空に何が見える?』が上映され、上映後にはアレクサンドレ・コベリゼ監督によるリモートQ&Aが行われた。本作は、ジョージアのリオニ川の河畔に広がる都市クタイシを舞台に繰り広げられる物語で、コベリゼ監督の長編2作目となる。ベルリン映画祭コンペティション部門で上映された。

リモートで登場したコベリゼ監督は、「上映していただいたフィルメックスには感謝しております。みんな、すごく喜んでいます。また、観に来てくださった方、わざわざ足を運んでくださったこと、Q&Aに残ってくださったこと、とても嬉しく思っています」と挨拶。

早速、質疑応答に移った。

まず、本作をとても自由な作風と評した観客からは、どのように企画を通したかという質問があがった。本作は、コベリゼ監督が在籍していたベルリンの映画学校の卒業制作作品で、選ばれた卒業作品に対して支給される助成金を得て、さらに、ジョージアのフィルムセンターからも助成金を得て制作されたそうだ。そのため、制作時には「ある程度、安心感があった」とのこと。低予算の学生映画ながら、スタッフにも少額ではあったがギャラも支払えたそうだ。

次に、劇中によく登場するサッカー、子ども、犬、アイスクリームといった要素が果たす役割について尋ねられると、コベリゼ監督はその意図を次のように語った。「この作品では、演技はとてもシンプルで、エモーショナルなものを喚起させるようなドラマティックなものではありません。通常、ひとつのシーンをドラマティックまたはエモーショナルにするための多くのツールを使いますが、この作品ではあえて使っていません。その代わり、エモーション(感情)を観客に伝えるためのコミュニケーションとして、自分が好きなものを映画の中に取り入れています。挙げられた要素は、すべて僕が好きなもので、わくわくする興味深い対象です。」

また、本作のキーとなる「呪い」と「映画」とのかかわりについて話が及んだ。呪いは魔法に通ずるが、どのように呪いを解くかということを真剣に考えるなか、「魔法には魔法で対抗しよう」と思いついたというコベリゼ監督。「自分にとっての魔法は映画です。映画を観るとき、映画の技術やツールは理解できても、それがどうして自分の心に届いているのかを考えると映画はとてもマジカルなものに感じます」と、映画への想いを語ってくれた。

登場人物の足元を映した場面が印象的な本作。特に主人公の2人が偶然に出会うシーンも足元だけが映し出される。このシーンの意図について、コベリゼ監督は「役者にどういうふうに演出するかとても難しい。こういう瞬間、どういう表情をすればいいのかわかりませんでした。顔を見せずに足もとだけを見せて、あとは観客のイマジネーションに任せることにしました」と説明。続けて、「もうひとつ意図したことは、こういう瞬間は2人のプライバシーなので、足元だけでいいだろうと考えました」と付け加えた。

さらに、本作では、光、風、自然がとても柔らかく描かれているが、撮影時にはどのようなことを意識したかという質問が寄せられた。コベリゼ監督によると、監督自身もスタッフたちもクタイシ出身ではなかったため、クタイシで撮影するということ自体を意識し、気を配ったという。ジョージアで3番目に大きな都市であるクタイシは、地理的にも、文化的にも、政治的にも、国のハート(心)のような存在で、特に、文化面では、重要な文筆家、詩人、ミュージシャンを輩出しているとか。わくわくする面もあったが、気を遣うことも多かったそうだ。絵コンテを描いては描き直し、描いては描き直しの日々で、準備期間中に観た他の作品から影響を受けたことも明かしてくれた。

最後にコベリゼ監督は、「長い映画を観ていただきありがとうございます。制作者にとって、観客に観ていただくことが大きな贈り物となります」と観客にあらためて謝意を述べ、質疑応答をしめくくった。コベリゼ監督の今後の活躍に期待したい。

 

文・海野由子

写真・白畑留美、明田川志保

【レポート】11/1『小石』Q&A

11月1日(月)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『小石』が上映された。本作は、気が短く暴力的な父と寡黙な幼い息子が、家を出ていった母を呼び戻すために旅する姿を通じて、家父長主義的な社会の問題を炙り出した意欲作。インドの俊英P.S.ヴィノートラージ監督の長編デビュー作で、ロッテルダム映画祭でタイガー・アワードを受賞した。上映後にはリモートによるQ&Aが行われ、ヴィノートラージ監督とクリエイティブ・プロデューサーのアムダヴァン・カルッパィアーさんが、観客の質問に答える形で映画の舞台裏を語ってくれた。

ヴィノートラージ監督自身の経験に基づいて生まれた本作について、まず「子どもの頃から一緒に暮らしてきた人たちの生活がベースになっているので、とても現実に近い作品、現実に近いキャラクター造形になっています」と背景を説明。その上で「舞台をタミルという地域に限定していますが、物語としては非常に普遍的で、世界中の人たちが共感できると思います」と付け加えた。

その物語を彩るリアルな佇まいの出演者たちについては、「主役の父親以外、演技経験はありません」と舞台裏を告白。唯一、演技経験を持つ父親役のカルッタダイヤーンさんも、ポストモダンの劇団に所属する役者だが、映画に出演するのは初めて。その劇団をヴィノートラージ監督が知っていたことから、脚本を書き上げた時、父親役に起用することを真っ先に思いついたという。「舞台を見たら、怒りの表現が素晴らしかったので、『ぜひやってほしい』とオファーしたところ、すぐに作品の意図を理解し、参加を決意してくれました」。

その一方で、息子役のキャスティングは難航。80人くらいオーディションを重ねたものの、相応しい少年が見つからなかったため、役と似たバックグラウンドを持つ子を探し、ようやく出会ったのがチェッラパーンディくんだった。期待通りの演技を見せたチェッラパーンディくんについて「現実の彼の境遇が、役より過酷だったこともあり、監督の意図をスムーズに理解してくれました」と満足そうに語った言葉からは、同時に現実の深刻さも伝わってきた。なお、この2人以外の登場人物は、現地の住民たちが演じたとのこと。

また、本作の大きな特徴は、舞台となる広大な大地を様々なアングルから撮影し、時には延々と続く長回しのワンカット撮影を取り入れるなど、工夫を凝らしたカメラワークだ。脚本執筆中からヴィノートラージ監督は「キャラクターは3人」と言い続けていたそうだが、父と子に次ぐ3人目に当たるのが「風景」だという。それは、「育った土地の風景が、その人の行動に影響を与える」という考えに基づいたもの。そのため、「大地をどう撮るかが重要」で、撮影場所を探すロケハンには8か月を費やした。その意図については、「広大さや干ばつの雰囲気を捉え、観客にも大地の灼熱感や湿気を感じてほしいと考えていました」と語った。

そして、「小石」という象徴的なタイトルについては「様々な意味がある」と言い、まず「旅をするとき、のどの渇きを抑えるために小石を口に含むことが昔から行われている」と現地の風習を説明。もちろんそれは、ヴィノートラージ監督自身もかつて経験したことで、劇中でも描かれている。さらに「子どもにとっては、どんな問題も小石のようなものだという意味も含まれている」と続け、最後にタイトルに込めた想いを次のように打ち明けた。「ここで描かれていることはどこでも起きていて、(小石のように当たり前の)日常を切り取っただけの物語に過ぎないということを示しています。こういうことは過去にも起きたし、未来にも起きるかもしれない」。

最後に、客席からリモートでつないだ2人に拍手が贈られ、Q&Aは終了した。

 

文・井上健一

写真・明田川志保

【レポート】10/30『偶然と想像』Q&A

10月30日(土)、有楽町朝日ホールで第22回東京フィルメックスが開幕し、オープニング作品『偶然と想像』が上映された。上映前には、濱口竜介監督をはじめ出演者6名が登壇し、にぎやかな舞台挨拶が行われたが、上映後には、濱口監督と舞台挨拶に登壇できなかった中島歩さんを迎えて、観客からの質疑応答が行われた。

まず、中島さんから、「こうして本日、日本で公開できることを嬉しく思いますし。キャストのみなさんや監督にも会えてとても嬉しいです。ありがとうございます」と挨拶。

また、残念ながら登壇がかなわなかった森郁月さん(第二話出演)からのメッセージを濱口監督が代読した。メッセージは次のとおり。

「このたび、『偶然と想像』を第22回東京フィルメックスのオープニング作品として選出していただけたことを嬉しく思います。想像もしていなかったことが偶然によって引き寄せられるという、この作品のような出来事が人生には起こりえますが、私にとってこの作品、そして濱口監督との出会いはまさにそうでした。リハーサルから撮影までの制作期間を通して、言葉の海を深く潜っていくような、刺激的であり、心地よくもある不思議な時間を過ごさせていただきました。きっと、みなさんにもこれから同じ体験を味わっていただけると思います。この作品との出会いがみなさまの一つの偶然となることを期待しています。森郁月」

早速、観客との質疑応答に移った。まず、制作のきっかけについて質問があがった。濱口監督は好きな映画作家としてエリック・ロメール監督の名を挙げて、エリック・ロメール作品の編集を担当しているマリー・ステファンさんにフランスで会ったときのことを回想した。ステファンさんからは、エリック・ロメールにとって短編製作がどれほど大切だったかということを聞いたという。短編制作によって長編と長編のリズムを作ることができ、短編で試したことを長編に生かすことができる。より自由度の高い、より親密な作り方で、どうしてやらないと?と言われたこともあり、やるとしたらこういうやり方がいいと思い、本作が制作されたとのこと。実は7本あるシリーズのうちの3本で本作が構成されているという。

続いて、タイトルと作品の成り立ちについて話が及んだ。本作の英語タイトルは「Wheel of Fortune and Fantasy」で、wheel(車輪)に関連して、本作の各話には、バス、タクシー、エスカレーターと、物語の転換点で乗り物が登場する。もともと乗り物が好きだという濱口監督は、「ひたすら人がしゃべっている作品だと、観客は大丈夫か?と気になることがあります。そういうときは乗り物に頼ると、たわいもない会話であっても、観客が聞いていられる、観ていられるのではないかと思います。乗り物によって意外な言葉や関係性が生まれることがあります」と説明した。

舞台挨拶で本作を「俳優を見る映画」とアピールしていた濱口監督だが、キャスティングの方法について質問が寄せられた。「いいなと思った人とやっています。演技が上手いとか下手とかよくわからないのです。ポイントとしては、話していて人柄がいい人、自分自身が自然体でいられる人を選びます」と濱口監督。中島さんも「オーディションでは、監督やプロデューサーと友達になるぐらいの気持ちでいます。自分の人柄も相手の人柄もわかって、信頼関係を結んだうえで決まる方がいいです」と呼応した。濱口監督は、新しい役者さんとの新鮮な出会いも楽しんでいるとのこと。新しい出会いにはドキドキ感とある種の不安が混ざるが、うまくはまった時の喜びが大きく、思ってもいなかったところに映画をもっていってくれる、そういう出会いを楽しんでいるという。

さらに、脚本はどのようなところから着想を得て、どのように書いているのかということについて訊かれた。喫茶店で脚本を書くことが多いという濱口監督は、本読みで実際に声を出してもらって、それを聞きながら違和感があればそれを手直ししていくという手法を取っているそうだ。着想は身の回りの細かなところから拾い上げ、例えば、本作の第一話は喫茶店で実際に耳にした会話、第二話は大学教授の知り合いに聞いた話、第三話は人生で誰にでも一度はあるエスカレーターですれ違う瞬間、そうしたものをとらえて話を広げていくという。監督自身が喫茶店で話をするときは、隣に座った人の人生を変えるつもりで話すというジョークを交えて、会場の笑いを誘った。

濱口監督といえば、長いリハーサルや本読みの繰り返しが有名だが、実際に演者として参加した中島さんは、これまでと違った準備方法で戸惑うと同時にわくわくしたという。「リハーサルを繰り返して、相手と一緒に覚えていくという過程が、これまでと違うテキストへの入り方でしたが、台詞がだんだんと自然なコミュニケーションとなり、それにリアクションがついていくようになりました。他にはない、とても有効な時間でした」と回想した。また、濱口監督は、本読みの繰り返しで、感情を込めてしまうと、撮影で新鮮な感情が出てこないこともあると指摘。ただ淡々と台詞を入れて、撮影の日になるまで、相手がどうやるか、自分がどうやるか、明かされないまま進めるからこそ新鮮で、そうやって役者さんたちが主体的にシーンを作っていくという。

最後に、音楽と撮影について話が及んだ。本作ではシューマンのピアノ曲集「子供の情景」が使用されているが、濱口監督は、「シューマンのピアノ曲はシンプルで優しく、どこか不安。この音楽をかけると、感情のうねりをフラットにすることができる、感情をなだめてくれる、見るための準備をしてくれる」と選曲の理由について語った。また、撮影では、濱口監督の大学院の先輩である飯岡幸子さんを3話通して起用しており、「その場にあるものをすべて引き受けて、足したり引いたりしないカメラマン」と飯岡さんを評し、飯岡さんへの信頼感と安心感を起用の理由として挙げた。中島さんも「飯岡さんの撮影は、撮り終えたとき、居心地がよく、安心感がある」と絶賛。飯岡さんは、今回の東京フィルメックスのメイド・イン・ジャパン部門で上映される『春原さんのうた』(監督:杉田協士)でも撮影に参加している。

QRコードから次々と入力される質問が追いきれないほど多く、観客の本作への関心の高さがうかがわれる質疑応答であった。

本作は12月17日(金)にBunkamuraル・シネマ他で、順次全国で公開予定。また、濱口監督と黒沢清監督とのスペシャル対談も当映画祭期間中に公式サイトで配信予定。本作とあわせてお楽しみいただきたい。

 

文・海野由子

写真・明田川志保、白畑留美