11/01『自叙伝』Q&A 

11月1日、コンペティション部門『自叙伝』が有楽町朝日ホールで上映された。インドネシアの小さな町を舞台に、疑似親子的な関係を結ぶ2人の男を通して独裁的な強権支配の構造を描いた意欲作。上映後の質疑応答にはアクバル・ムバラク監督が登壇し、製作の裏側を語った。

映画批評家出身のムバラク監督は本作が長編映画デビュー作。製作のユリア・エフィナ・バラさんはタレンツ・トーキョー2020の修了生で、本作はタレンツ出身者の企画を支援する「ネクスト・マスターズ・サポートプログラム」の対象作にも選ばれている。

主人公は、地元の有力者の大邸宅の管理を父から引き継いだ19歳のラキブ。邸宅の主である退役将軍プルナに可愛がられ、彼に傾倒していくが、やがてその暗部を目の当たりにする。インドネシアで1990年代末まで続いた独裁政権下のような緊張感が全編に漂うが、時代設定は「2017年」。Q&Aでは、この点について神谷直希プログラミング・ディレクターがまず尋ねた。ムバラク監督は「脚本に着手したのが2017年ごろだっただけで、特に意味はない。ただ、現代の設定にすることは必要でした。独裁政権が崩壊しても、同様の勢力が今もはびこり、権力構造は変わっていないということを伝えたかったのです」と意図を説明した。

物語には、監督が少年時代に感じた社会の空気も反映されているという。「僕の両親は教師です。独裁政権下の公務員だから、政権に忠誠心を抱いていました。でも、時には従い難いこともあるように見えた。そんな両親の姿が下敷きになっています」

 

『自叙伝』という題名の意味を尋ねる質問も多かった。「筋書きがわかりやすいので、題名は抽象的なものにしたかった」とムバラク監督。「『自叙伝』にした第1の理由は、僕自身の人生がヒントだから。第2は、ラキブとプルナは互いを写す鏡のような関係で、双方が相手の自叙伝のようだから。そして第3に、転換期にあるインドネシア社会の自叙伝という意味を込めています」

 

出演者で最初に決まったのは、有力者プルナ役のArswendy Bening Swara。「プルナのエネルギーが引っ張る映画なので、脚本が第2稿段階だった5年前に決めました。彼は40 年ものキャリアを持ち、僕も長年見てきた役者さんです。ラキブ役のKevin Ardilovaは撮影の 2 年前から参加してもらい、毎月1 週間かけてリハーサルを重ね、それに基づいて脚本の改稿も進めました」

撮影では、「顔」を重視した。「ワイドショットが少ないのも、顔の中に入り込みたかったから。登場人物の目を通して、それぞれの心の中を描こうと思いました。また、ミラーリング(複製)の映画だということも常に意識していました。プルナとラキブの関係は心理的な写し鏡のようなもの。この二重性をとらえるために、大小さまざまな鏡を使いました。レンズ選びも重要で、実は日本製を使っています。KOWAの1970年製のレンズ。ロサンゼルスのレンタルショップで見つけたものです。映像にちょっと歪みが出るんですが、そこがいい。ラキブの世界観や権力に対する欲望のねじれに通じるものがありました」

映画が描いたような権威主義的支配は世界各地に今も存在する。最後の質問で、それを乗り越える方策を問われたムバラク監督は「わかりません。実は、脚本を書き始めたころも疑問だらけで、その疑問を盛り込んだ結果がこの映画なんです。脚本完成から5年以上たちますが、いまだに疑問は残っている。でも、少なくともインドネシアでは人々が疑問を投げかけるようになった。そこは変化だと言えるでしょう」と締めくくった。

批評家出身らしい明解な解説に時おりユーモアを交えて受け答えしたムバラク監督。緩急自在の新鋭が次にどんなものを見せてくれるのか、楽しみに待ちたい。

文・深津純子

写真・吉田留美、明田川志保

11/2『Next Sohee(英題)』Q&A

11月2日(水)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『Next Sohee(英題)』が上映された。本作は、第15回東京フィルメックスで上映された『私の少女』(2014)に続く、チョン・ジュリ監督による2作目の長編作品。上映後にはチョン・ジュリ監督が登壇し、質疑応答が行われた。

登壇したチョン監督はまず、「8年前に長編第1作目を東京フィルメックスで上映していただき、また戻ってきたいと思っていました。長い時間がかかってしまったのですが、再びこの場に来ることができて嬉しく思っております」と挨拶した。

さっそく本作の制作経緯について話が及んだ。本作は、2016年に韓国で実際に起こった、コールセンターの実習生として働いていた女子高生の死亡事件から着想を得たそうだ。当時、韓国では朴槿恵大統領の弾劾問題に人々の関心が集まり、このような事件が起きていることを知らなかったというチョン監督だが、事件の取材を重ねるうちに、「これは必ず映画化しなければならない」との思いに至ったという。

前作でも主演を務めたペ・ドゥナさんを本作でも起用した理由について訊かれると、「脚本を書いているときからペ・ドゥナさんを念頭においていた」と当て書きだったことを明かしてくれたチョン監督。「物語の途中から登場する役どころを、説明することなく、観客を最後まで引き付けることができるのはペ・ドゥナさんしかいない」、「ペ・ドゥナさんが脚本を読んだだけで、私の心の中を見透かすように私がどのように撮りたいかを把握していて驚いた」とペ・ドゥナさんに寄せる信頼の大きさを強調し、ペ・ドゥナさんの出演を「とても光栄なこと」と語った。

もうひとりの主人公ソヒ役には、新しい顔を求めていたというチョン監督。助監督から紹介されたキム・シウンさんに初めて会ったとき、自分の売込みよりも先に、「これは映画にしたほうがいい、ソヒという人間を知らせたほうがいい」と熱く語る様子に惹き付けられ、ごく自然な形で彼女にオファーすることになったそうだ。

続いて、チョン監督は事実と脚色の線引きについて触れた。本作は、ソヒがコールセンターで働き始めてから死ぬまでの前半部分と、ソヒの死後に刑事が事件を調べる後半部分に分かれるが、「前半は事実、後半は脚色」と本作の構成を説明。コールセンターの労働環境は、できるだけ現場を忠実に再現したそうだ。また、「現場実習」という教育制度のもとで起こっている数々の労働問題に声を上げている関係者に敬意をこめて、ペ・ドゥナさん演じる刑事のキャラクターを構築したという。

前作と本作では、韓国語の原題に主人公の名前(前作ではドヒ、本作ではソヒ)が含まれている点や、未成年者を扱った題材である点が共通する。「2人に関連があるというわけではありません。私が伝えたいことをタイトルに凝縮しています。未成年者を扱っているのは、社会的に弱い立場の人たちを描くため」とチョン監督は答えた。

ラストシーンの演出の意図について問われると、特に指示を出したわけではなく、脚本どおりに、俳優が感じるとおりに演じてもらえばよいと考えていたという。そして、このシーンは、「ソヒとユジンの2人にしかわからないシーン、ソヒからユジンへのプレゼントのようなシーン」として脚本を書いたと振り返った。

最後に「質疑応答の時間が短くて残念です」と名残惜しげに語った監督。観客から大きな拍手がおくられ、質疑応答が終了した。

文:海野由子
写真・吉田 留美、明田川志保

11/2『Next Sohee(英題)』Q&A

11月2日(水)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『Next Sohee(英題)』が上映された。本作は、第15回東京フィルメックスで上映された『私の少女』(2014)に続く、チョン・ジュリ監督による2作目の長編作品。上映後にはチョン・ジュリ監督が登壇し、質疑応答が行われた。

登壇したチョン監督はまず、「8年前に長編第1作目を東京フィルメックスで上映していただき、また戻ってきたいと思っていました。長い時間がかかってしまったのですが、再びこの場に来ることができて嬉しく思っております」と挨拶した。

さっそく本作の制作経緯について話が及んだ。本作は、2016年に韓国で実際に起こった、コールセンターの実習生として働いていた女子高生の死亡事件から着想を得たそうだ。当時、韓国では朴槿恵大統領の弾劾問題に人々の関心が集まり、このような事件が起きていることを知らなかったというチョン監督だが、事件の取材を重ねるうちに、「これは必ず映画化しなければならない」との思いに至ったという。

前作でも主演を務めたペ・ドゥナさんを本作でも起用した理由について訊かれると、「脚本を書いているときからペ・ドゥナさんを念頭においていた」と当て書きだったことを明かしてくれたチョン監督。「物語の途中から登場する役どころを、説明することなく、観客を最後まで引き付けることができるのはペ・ドゥナさんしかいない」、「ペ・ドゥナさんが脚本を読んだだけで、私の心の中を見透かすように私がどのように撮りたいかを把握していて驚いた」とペ・ドゥナさんに寄せる信頼の大きさを強調し、ペ・ドゥナさんの出演を「とても光栄なこと」と語った。

もうひとりの主人公ソヒ役には、新しい顔を求めていたというチョン監督。助監督から紹介されたキム・シウンさんに初めて会ったとき、自分の売込みよりも先に、「これは映画にしたほうがいい、ソヒという人間を知らせたほうがいい」と熱く語る様子に惹き付けられ、ごく自然な形で彼女にオファーすることになったそうだ。

続いて、チョン監督は事実と脚色の線引きについて触れた。本作は、ソヒがコールセンターで働き始めてから死ぬまでの前半部分と、ソヒの死後に刑事が事件を調べる後半部分に分かれるが、「前半は事実、後半は脚色」と本作の構成を説明。コールセンターの労働環境は、できるだけ現場を忠実に再現したそうだ。また、「現場実習」という教育制度のもとで起こっている数々の労働問題に声を上げている関係者に敬意をこめて、ペ・ドゥナさん演じる刑事のキャラクターを構築したという。

前作と本作では、韓国語の原題に主人公の名前(前作ではドヒ、本作ではソヒ)が含まれている点や、未成年者を扱った題材である点が共通する。「2人に関連があるというわけではありません。私が伝えたいことをタイトルに凝縮しています。未成年者を扱っているのは、社会的に弱い立場の人たちを描くため」とチョン監督は答えた。

ラストシーンの演出の意図について問われると、特に指示を出したわけではなく、脚本どおりに、俳優が感じるとおりに演じてもらえばよいと考えていたという。そして、このシーンは、「ソヒとユジンの2人にしかわからないシーン、ソヒからユジンへのプレゼントのようなシーン」として脚本を書いたと振り返った。

最後に「質疑応答の時間が短くて残念です」と名残惜しげに語った監督。観客から大きな拍手がおくられ、質疑応答が終了した。

文:海野由子
写真・吉田 留美、明田川志保

11/3『石門』Q&A

11月3日(木)、コンペティション部門の『石門』が有楽町朝日ホールで上映された。中国を拠点に夫妻で意欲的な映画製作を続けるホアン・ジー監督と大塚竜治監督の最新作。上映後に登壇した2人から声をかけられ、舞台袖に控えていた愛娘の千尋さんもあいさつに立ち、和やかな雰囲気のなか質疑応答が始まった。

望まぬ妊娠が判明した女子学生の選択を粘り強いカメラワークで見つめた本作。製作のきっかけは、千尋さんが5歳の頃に「ママはどうして私を生んだの?」と尋ねたことだという。「どう答えればいいのかわからなかった。そこで、少女から大人になりかけている女の子が出産するか否かで悩む姿を撮ることで、答えを導こうと考えました」とホアン監督は振り返る。

撮影には妊娠期間と同じ10カ月をかけた。大塚監督は「ふだん体験できないことを映画にしたいという思いもあり、妊娠期間と同じ長さを体験することにした。もちろん主演のヤオ・ホングイ本人は妊娠していませんが、その時間のなかでどんな影響が出るのかを観察してみたいと思いました」と意図を語った。

会場からは現場での夫婦の役割分担についての質問が相次いだ。撮影クルーは監督夫妻と録音技師のわずか3人。ホアン監督が主にプロデュース・演出とロケ先での交渉、大塚監督が撮影・照明と録音調整を担当し、美術は2人で一緒に手掛けたという。

脚本に頼らない製作プロセスも独特だ。「役者が全員素人なので、それぞれの状況や撮影できる時間によって撮る内容を変えた」と大塚監督。「撮影が終わると私がその場ですぐに編集し、次の日のプロットを2人で考える。翌朝は二手に分かれ、彼女が役者に説明し、私は撮影準備。毎日がその繰り返しでした」

主人公を演じたヤオ・ホングイは、夫妻が撮った『卵と石』(2012年)に14歳で主演。続く『フーリッシュ・バード』(2017年)でもヒロインを演じた。彼女の両親を演じたのは、ホアン監督の実のご両親だという。「10カ月間の撮影中はみんなで一緒に暮らしていたので、本当の家族のようでした」とホアン監督。「他の役者さんは友だちに紹介してもらったり、街でスカウトしたり。個人として面白そうな人をキャスティングしました。その際に、それぞれの経歴や背景についてもお聞きし、それに沿って脚本を変えていった。自分の経験が盛り込まれているので、一緒に作っていると感じ、役になりきってもらえたと思います」

「石門」という題名の意味を問う質問も多かった。ホアン監督は「女性を取り巻く環境には妨げる壁があるような気がしています。打ち破りたくても、なかなか突破して先に進めない。主人公もそんな状況にいます。彼女のお腹の赤ちゃんは石の門を突き破ってこの世界に出て来ることができるのか。そんな意味を込めました」と説明した。

全編を固定位置から狙った撮影にも質問が集まった。「10カ月間かけて観察するため、主人公を同じ距離感を保って撮り続けることだけを決めました」と大塚監督。「途中で何が起きても、カメラは同じ距離感を保つ。人物だけを切り取るのではなく、社会の中に彼女が立っているという構図でこの物語を伝えたかった。50mmレンズを使い、ちょっと引き目の距離から撮っています」。ホアン監督は「主人公がバイト先の店に立つ場面では、実際にその店で3日間働いてもらった。周囲との溶け込み方や彼女をよく観察した上で、カメラの位置を決めて行きました」と付け加えた。

主人公が体験する様々な仕事は、実際に同世代の女性たちに取材して決めていった。「最初は、主人公がバイト先で仕事を覚えては能力を発揮していく脚本を考えていたのですが、本人がそういうタイプではなかったので、実情に合わせて変えていきました」とホアン監督。女性が社会に出て働き、知識や技術を習得し、お金を稼ぐことの難しさを再認識する経験でもあったという。

10カ月に及んだ撮影の最後はコロナ禍と重なった。中国では感染対策でいまだに出入国が厳しく規制されており、監督たちと一緒に来日するのを楽しみにしていた主演のヤンさんやホアン監督のご両親の願いは実現しなかった。「でも、日本の皆さんに見ていただけてとても嬉しい。何といっても夫が日本人ですから、格別の思いがあります」とホアン監督。

話は尽きぬまま質疑は終了。ホアン監督は「よろしければ後で皆さんの感想をぜひお聞かせ下さい」と呼びかけ、夫妻そろって会場の外で観客の声にじっくりと耳を傾けた。

文・深津純子
写真・吉田留美

10/29『遠いところ』Q&A

10月29日(土)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『遠いところ』が上映された。若年出産で経済的に不安定な生活を送る17歳の少女を通じて沖縄の現実を緻密に描いた作品。上映後の質疑応答には工藤将亮監督が登壇。客席で見守っていた主役の花瀬琴音さんと共演の石田夢実さんが観客に紹介された。

 

 

工藤監督はまず、本作の制作経緯を明かしてくれた。2015年頃から沖縄の若年母子を題材にしたルポルタージュを追いかけるうちに、監督自身の家庭環境との共通点や母親や祖母の姿と重なる部分が見えてきたという。「重い病を患っている母親が死ぬ前にしてあげられることは何だろうか」とプロデューサーに相談をもちかけ、最終的に沖縄に向かうことになったそうだ。

キャスティングでは、有名なタレントや俳優を使わず、オーディションでいい人を見つけるというポリシーを貫いたとのこと。ただ、沖縄でのキャスティングでは苦労した点もあったようだ。「この作品は沖縄で1年半以上かけて取材した、実話を元にしたストーリーです。沖縄のキャストの中には周囲の反対で出演できなくなる事態もあった一方で、賛同してくれた沖縄キャストは脇をしっかり固めてくれた。沖縄の方々と一緒に作り上げた」と当時を振り返った。

ごはんを食べる、洗濯をする、排泄をする、歩くといった、基本的な日常生活の場面が印象的な本作だが、長期取材を通して見たものに基づいており、「生活をする姿を描かざるを得ない」という思い、「生活の積み重ねを意識的に取り入れたい」という思いが込められているという。また、沖縄以外のキャストは、クランクインする1ヵ月前から実際に沖縄に住み、準備を重ねたという徹底ぶりだ。

本作に登場するような問題が起こる背景には、「様々な構造的な要因があるが、無自覚、無責任というのが問題ではないか?」と熱のこもった口調で語った。

 

こうした状況について、「みなさんも自分ごとのように感じてほしい。無関心にならずに」と観客に訴えた。また、エンディングの解釈を問われると、「みなさんは、この少女の姿を見てどのように思われましたか」と観客に問いかけで返した監督。「この少女が明日も生きていればいいな、とみなさんが思ってくれるならばいいのですが」と観客の反応に期待を込めた。

最後に撮影手法に話が及ぶと、「自分たちの感情をカメラに載せないように、手持ち(カメラ)はやめよう」と撮影監督の杉村高之さんと決めたことを明かしてくれた。なるべく説明的なカットやアングルを省き、美しい沖縄の構図の中で人間の姿を中心にとらえようと考えたという。

現実に目を背けることなく、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれた工藤監督には、会場から大きな拍手が寄せられ、質疑応答が終了した。本作は、来年初夏に劇場公開される予定だ。

工藤監督と花瀬琴音さん、石田夢実さん(左から)

文・海野由子

写真・吉田留美、明田川志保

10/31『ヴィサージュ』Q&A

10月31日(月)、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集の『ヴィザージュ』( 2008年)が有楽町朝日ホールで上映された。フランスのルーヴル美術館に委嘱されて撮った夢幻的な作品で、2009年の第10回東京フィルメックスではオープニングを飾った。上映後には、ツァイ監督とリー・カンションさんの質疑応答があった。

 

観客の大きな拍手の中で2人が席につくと、まずツァイ監督が「今日が東京での最後の夜なのですが、フィルメックスで皆さんとお目にかかることができてたいへんうれしいです」とあいさつ。リーさんは「この映画のスチール写真を今年初めに友人が送ってくれたんです。それを見て、オレかっこいいなぁ、最高だなって思いました」と語り観客を沸かせた。

リーさんはさらに本作のキャスティングの裏話も明かした。「レティシア・カスタの場面が一番多いのですが、実はレティシアの役に、ツァイ監督は当初マギー・チャンを考えていました。連絡も取ったけれど、当時マギーは恋を語るのに忙しくて、出演はかなわなかったんです」。思わぬ秘話に、客席は拍手と笑いに包まれた。

観客との質疑応答に移り、まずルーヴル美術館から映画を依頼された経緯についてツァイ監督が答えた。長い伝統を持つルーヴル美術館は、現代アートにも力を入れるため映画シリーズを企画し、ツァイ監督が最初の1本を任された。

「とても光栄でした。2005年にフランソワ・トリュフォー監督の没後20周年記念の特集上映がパリであり、出演者が一堂に会する場に私も招待していただいたのですが、その上映後にルーヴルの方から『映画を撮ってほしい』とお声がけいただきました。なるべく早く返事がほしいと言われ、私の映画の常連のリー・カンションがトリュフォーの愛したジャン=ピエール・レオーと会う話を考えました」

 

何度もルーヴルに通い、話し合いを重ねるうちにインスピレーションが沸いたという。「私自身は美術の門外漢なので、専門家に案内してもらいました。ルーヴル美術館の絵を隅から隅まで3回ほど見て、行き当たったのがレオナルド・ダ・ヴィンチの『洗礼者ヨハネ』。この絵を手掛かりにサロメの物語にたどり着いたのです」

鏡を用いた森の場面の意図を問われると、ツァイ監督は「この映画には森が必要でしたが、撮影地のチュイルリー庭園は樹木が少ない。そこで、鏡を置いて木々を反射させ、木々が多く見えるように工夫しました」と説明。用意した鏡は50枚。反射角度の調整が難しく、撮影にはとても苦労したが、「美術館のインスタレーションのような作品になった」と振り返った。

ツァイ監督は『郊遊 ピクニック』(2013年)以降、商業映画を離れ、美術館とのコラボレーションを深めている。「美術館の方がより自由で制限が少ないから」とツァイ監督は理由を説明。「『青春神話』以来ずっと、私は誰の束縛も受けず撮りたいように映画を撮ってきました。難解だと言われることもあるけれど、自分ではそうは思いません。ただ、評価されても興行的には厳しかった。日本で配給してくれた会社も儲かってはいないでしょう(笑)。ルーヴルから依頼を受けた時は、支えを見つけた気がしました。わからないと言われようが、自分が撮りたいように撮ればいい。『ヴィサージュ』は私個人にとっても特別な作品となりました」

一方で、「この映画の4K版を見直して、自分も理解できないところがあった」というツァイ監督の言葉には場内が爆笑。続けて「ひとつだけ一生残念に思うシーンもある」という告白が飛び出した。それは、レティシア・カスタが窓に黒いテープを貼り込む場面。「8分の場面でしたが、配給会社に長すぎると言われ、4分に削った。これまでで初めて他人に説得されてしまったシーンで、今も深く後悔しています」


最後に、リーさんは「今日が今回の東京滞在の最後の夜ですが、これで終わりではない。10年後にまた特集上映に戻ってくるのを楽しみにしています」と笑顔であいさつ。ツァイ監督は「撮りたいものを撮ってきたけれど、どんな人が見てくれるのか、特に若い方の反応が気になります。自分自身を留まることなく前進する監督だと思っているので、ぜひ現在の私に注目してください」と語り、「近作の『ウォーカー』シリーズの特集がもうすぐパリのポンピドゥー・センターで始まるので、日本の美術館関係者の皆さんもどうぞよろしく」とユーモラスに締めくくった。

文・王遠哲
写真・吉田 留美、明田川志保

10/30『ふたつの時、ふたりの時間』Q&A

10月30日(日)、第23回東京フィルメックスと東京国際映画祭の共同企画「ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集」で、ツァイ監督の長編5作『ふたつの時、ふたりの時間』(2001年)が有楽町朝日ホールで上映された。台北とパリというふたつの都市を舞台に、男女の孤独や喪失からの再起を描いた作品。上映後にはツァイ監督と主演のリー・カンションさんが登壇し、観客からの質問に答えた。

 

ツァイ監督はまず、ふたつの都市を舞台とした物語を構想するに至った理由について、映画の資金がフランスの提供であること、フランス映画が大好きだということを挙げた。「資金を提供したスポンサーがいい方で、たった1ユーロでアジア地域の配給権を私に譲ってくれた」と意外なエピソードを披露。「これが契機になり、台湾で自分の映画の自主配給を始めました。それ以前の私の映画は評価が高くても興行的には全然ダメでしたが、自主配給を始めて10年余り、大当たりはしなくいが大コケもしない、そこそこの状況を続けて今日に至っています」と語った。

本作に出演するジャン=ピエール・レオーさんをツァイ監督が初めて知ったのは、20歳の時に見たフランス映画『大人は判ってくれない』(フランソワ・トリュフォー監督)。「映画の窓を開いてくれた、非常に影響を受けた作品。まるで自分の少年時代を見ているような不思議な感覚に陥った」と振り返る。

レオ―さんに出演交渉した際のエピソードも明かしてくれた。「ジャンの家の近所のカフェで待ち合わせたのですが、彼が勘違いして1時間早く来たため、会うことができなかった。カフェに到着した時には、彼が飲み終えたばかりのコーヒカップだけが残っていました」。この出来事は、今回の特集で上映する『ヴィザージュ』の劇中にも登場する。

 

本作は、ツァイ監督とリーさんの父親にも捧げられている。その背景についてツァイ監督は、「シャオカン(リーさん)は父親を亡くした後、いつも悲しげな顔をしていた。飛行機で隣の席に乗っていたとき、彼を揺り動かして起こし、『お父さんについての映画を撮ろう』と提案したんです。その時、自分の父を亡くした時のことを思い出した。父親を亡くす恐怖は、子どもの頃に戻ったような感覚でした。当時父親がいた部屋で眠ったが、父親の亡霊に会うのが怖くて真夜中にトイレに行けなかった。亡霊は生きている自分と大きな距離があり、見知らぬ人のように感じた。このような出来事がもとにあり、この映画を撮った。」と説明した。

撮影の舞台となったのは、リーさんの実家。「青春神話」や「河」、「ヴィサージュ」の台北パートもここで撮られたという。リーさんは「移動の手間が省けて楽でしたよ」と明かし会場の笑いを誘った。「実はパリでの撮影に参加することも心待ちにしていました。実際にはパリでのシーンがなく残念でしたが、クランクアップ後にパリに行けて良かったです」と笑った。

さらに、話題は撮影方法や照明へのこだわりに移った。カメラをあまり動かさない理由についてツァイ監督は、「撮影監督(ブノワ・ドゥローム)は移動撮影の名手でしたが、これは死についての映画なので、重く沈んだ雰囲気を出したくて、『カメラを動かさないでほしい』とお願いした」と説明。「彼は面白い人で、自然光ではなく作り込んだ照明で撮りたいと逆に提案してくれた。シーンごとにすごく手の込んだ撮影になり大変でしたが、彼は『今までの映画では、シーンではなく台詞を撮ってきたような気がする』と、この仕事をすごく気に入ってくれた。私自身も、この作品以降はカメラを動かさずに撮るようになりました」

ユーモアを交えつつ、丁寧に一つ一つの質問に答えてくれたお二人。観客からしばしば笑いが起こり、会場は終始和やかな雰囲気に包まれていた。

文・塩田衣織

写真・明田川志保

10/29 第23回東京フィルメックス開会式レポート

10月29日(土)、第23回東京フィルメックスの開会式が有楽町朝日ホールで開かれた。当初8日間の会期予定であったが、クラウドファンディングによる支援を受けて1日延長し、例年通り9日間の日程で、コンペティション部門、特別招待作品部門、メイド・イン・ジャパン部門、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集で計18作品を上映する。

開会式では、まず神谷直希プログラム・ディレクターが登壇し、「これだけの方々にご来場いただきとても光栄に思っています。財政状況が非常に厳しい中での開催準備となりましたが、クラウドファンディングを通じて多くの方々からご支援をいただき、開催までこぎつけることができたことを感謝申し上げます。また、ご協力いただいた各企業や団体のみなさま、スポンサーのみなさま、サポーター会員のみなさまにも感謝申し上げます。ぜひ1本でも多くの作品をご覧いただき、今年の映画祭を楽しんでいただきたいと思っています」と挨拶。さらに、ジャファル・パナヒ監督(今年7月に当局に逮捕され、現在収監中)の『ノー・ベアーズ』をオープニング作品として上映する理由を、「世界が少しでもより良い場所になってほしいという願いを込めました」と語った。

続いてコンペティション部門の審査員が紹介された。委員長はクロージング作品『すべては大丈夫』のリティ・パン監督(フランス・カンボジア)。ほかに、映画プログラマーのキキ・ファンさん(香港)、キム・ヒジョン監督(韓国)の各氏が審査員を務める。

審査員を代表して挨拶したリティ・パン監督は、「長いコロナ禍の期間を経て、この素晴らしき日を迎え、みなさまと再会できて喜ばしく思います。お一人お一人とキスしたいぐらいですが、それはダメですよね」と笑顔で冗談を交えながら、「みなさま、たくさんの良い映画をご覧になってください。映画祭の期間中に、ぜひお会いしましょう」と再会の喜びをこめて語った。

会期中の10月31日〜11月5日にはアジアの映像人材育成プロジェクト「タレンツ・トーキョー2022」も開催する。今年は、3年ぶりに多くの海外ゲストも迎え、製作者と観客とのリアルな交流にも期待したい。

文:海野由子

写真:明田川志保・穴田香織

【レポート】11/05『ユニ』Q&A

11月5日(金)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『ユニ』が上映された。本作は、第18回東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した『見えるもの、見えざるもの』のカミラ・アンディニ監督による3本目の長編映画。高校の最終学年を迎えて大学進学を目指していた10代の少女ユニが、突然の結婚話に葛藤する姿を通じて、インドネシアの若い女性たちを取り巻く状況を描いた物語だ。上映後にはQ&Aが行われ、登壇したアンディニ監督が、観客の質問に答える形で製作の舞台裏や映画に込めた想いを語ってくれた。

登壇したアンディニ監督はまず、本作誕生のきっかけとなった出来事を明かしてくれた。それは、2017年に前作『見えるもの、見えざるもの』が完成した後のことだった。

「私の家の家政婦がある時、『村に帰りたい』と言ったんです。事情を聞いてみると、『娘が17歳で妊娠して、状態がよくない』と、だいぶ心配している様子。なぜそんなに若い年齢で結婚したのか、さらに尋ねてみたところ『婚姻の申し出がいくつか続いたので、決まった』と」。

自身が10代の頃も若くして結婚する女性が周囲にいたことから、長い間“10代の結婚”という題材が頭にあったアンディニ監督は、これを3作目にすることを決意。その家政婦の娘をモデルに、監督自身の視点を加えて、主人公ユニが誕生する。さらに、メイドの娘の結婚式では激しい雨が降っていたことから、そのビジュアルを糸口に、今まで温めてきた構想を反映して物語を作り上げた。

その主人公ユニは、劇中で見事な存在感を発揮しているが、演じるアラウィンダ・キラナさんは、演技をするのは初めて。この起用は、次のような経緯によるものだった。物議を醸しかねないテーマゆえ、ユニ役をロケ地・セナヤンの地元住人から探すことは難しいと考え、首都ジャカルタでキャスティングを実施。その際、有名人以外を条件に探した末、アンディニ監督のアシスタントがインスタグラムでキラナさんを発見する。

「実際に彼女に会ってみたら、とても勇気があり、私のビジョンを理解し、この映画のテーマについても自分の意見を持っている知的な女性でした。当時18歳でしたが、チャレンジを厭わず、他の若い女性とはだいぶ異なる印象。固定したイメージもなかったので、一緒にこの映画を作ってくれる相手にぴったりだと考え、彼女に決めました」

「この作品をインドネシアで作るのは、かなりの困難を伴うと予想していました」と口にしたアンディニ監督だが、夫であるプロデューサーを始め、趣旨に賛同してくれるパートナーたちと共に制作を進め、映画は完成。そして、作品に込めた想いを、次のように語ってくれた。

「インドネシアでは10代をテーマにした作品は多いのですが、都市部を舞台にしたものが大多数。でも実際には、ユニのように地方に住んでいる子の方が多い。だから、そういった若者たちの声を代弁する作品にしたいと思っていました」。

結果的に心配していた検閲も無事にパスし、12月にインドネシアでの公開も決まり、「解放感でいっぱい」と笑顔を見せた。

なお、劇中では詩人サパルディ・ジョコ・ダモノの詩が印象的に引用されている。その意図を「ユニにとって、詩は現実逃避の場なので、脚本を書いているときから、詩を取り入れようと思っていました」と語ったアンディニ監督。そこで思い浮かんだのが、「6月の雨」という詩だった。理由については「雨の結婚式というモチーフがあったこと、“ユニ”という名前は、インドネシアでは6月生まれの子どもに付ける名前でもあるため」と説明。

なお、ジョコ・ダモノの詩に関しては、こんな裏話も明かしてくれた。実は、映画監督である彼女の父、ガリン・ヌグロホが製作した1991年の映画『一切れのパンの愛』でもジョコ・ダモノの詩にメロディーをつけて引用しており、子どもの頃からなじみがあったとのこと。それも本作で引用した理由の一つで、その曲は本作のエンディングでも流れている。

このほか、ユニが紫色を好む理由、本作と前作『見えるもの、見えざるもの』との関係など、ひとつひとつの質問に丁寧に回答してくれたアンディニ監督。最後に「パンデミックの最中、この会場に足を運んでくださることは容易ではなかったと思います。今日は本当にありがとうございました」と挨拶すると、客席から大きな拍手が贈られ、Q&Aは終了した。

文・井上健一

写真・白畑留美、明田川志保

【レポート】11/03『永安鎮の物語集』リモートQ&A

11月3日(水)、有楽町朝日ホールでコンペティション部門『永安鎮の物語集』が上映された。上映後にはリモートQ&Aが行われ、ウェイ・シュージュン監督がリモートスクリーンに登場した。本作は、映画製作が人々に巻き起こす「波紋」を描いた3部形式の作品で、ウェイ監督の長編2作目となる。カンヌ国際映画祭監督週間で上映された。ウェイ監督は「今回、東京フィルメックスで日本のみなさまに作品を観ていただくことになり、ありがとうございます」と挨拶。

質疑応答に移り、まず、製作の経緯について訊かれると、ウェイ監督は濱口竜介監督の『偶然と想像』を引き合いに出し、本作は「偶然に生まれた作品」と強調した。別の映画の撮影準備をしていたが、撮影が不可能な状況に陥ったため、脚本家に相談したところ、脚本家が別の企画を持ちこんだという。脚本家が第1部を語り始めてから、第2話、そして第3部までの枠組みは、わずか20分で決まったのだとか。急遽変更したその企画が本作になったそうだ。

第1部では突然やってきた映画撮影隊に揺れ動く地元の人々、第2部では映画の主演として故郷に凱旋したスター女優、第3部では映画製作者がそれぞれ描かれている。このような構成にしたのは、第1部と第2部で人々に「波紋」を生じさせた張本人たちを第3部に登場させて流れを作る狙いがあったからだという。

次に、撮影現場のシーンは監督の実体験がどれぐらい反映されたかという話に及んだ。劇中の監督と脚本家のイメージ以外は、実際の現場の雰囲気が反映されているという。監督自身は、劇中の監督のように偉そうにふるまっていないとか。脚本家のカン・チュンレイさんとの関係は良好で、理性的にコミュニケーションを取り、互いを理解できるように話し合いを重ねたそうだ。

また、元々撮影しようとしていた脚本を急遽変更したことで、キャスティングに苦心したことも明かしてくれたウェイ監督。元の脚本で決定していたキャストをそのまま使って新たな脚本で撮影したかったそうだが、キャストからの同意を得られず、解約金を支払って、新たにキャスティングをしたという。ちなみに、劇中の脚本家役は、本作の脚本を担当しているカン・チュンレイさんが演じている。

本作の撮影地は湖南省の地方都市だが、ウェイ監督によると、脚本が急遽変更になっても、すでにスタッフが現地入りしていたため、撮影地を変えずにそこで撮るしかない、やむを得ない状況での撮影だったそうだ。ただ、撮影を行った町は、かつては繁栄していたのに今では衰退した町だが、その一方で新たな地域振興が推進され、新旧の雰囲気が混在していて本作にふさわしいと考えたという。

さらに、エンディング曲のラップについて質問があがった。ウェイ監督自身はラップ好きで、本当は自らが手がけたラップを使いたかったそうだが、自身のレベルはまだまだなのでプロに依頼したという。ラップのタイトルは柔道でいうところの「背負い投げ」のような意味合いで、ラップの内容は意見の異なる2人の戦いを表現しているそうだ。

最後に、ウェイ監督は、「感染状況が危うい中で、映画を観に来ていただきとても嬉しいです。みなさんと一緒に映画を観ることができないのは残念ですが、またフィルメックスに参加して、みなさんとリアルにお会いしたいです」とリモート越しに観客に語りかけ、質疑応答を締めくくった。

ひとつひとつの質問に丁寧に回答してくれたウェイ監督には、会場から大きな拍手が送られた。ウェイ監督の今後の活躍に期待したい。

 

文・海野由子

写真・明田川志保