11月3日(木)、有楽町朝日ホールでメイド・イン・ジャパン部門『石がある』がワールドプレミア上映された。上映前に太田達成監督、ダブル主演の小川あんさん、加納土さんによる舞台挨拶が行われ、上映後には太田監督を迎えて質疑応答が行われた。
舞台挨拶に登場した太田監督は、「企画が生まれて3年間、コツコツと撮影を積み重ねて、このように大きな舞台でワールドプレミア上映することができて嬉しく思います。キャスト、スタッフに感謝します」と喜びを語った。
緊張しているという小川さんは、「観客のみなさんには、五感を研ぎ澄ましてご覧いただきたいです」と上映への期待を込めた。加納さんは、「ゆったりと時間をかけて、ひとつひとつ丁寧に向き合って、考えながら作り上げ、良い映画ができたと思います。ゆったりとした時間をみなさんも感じていただければと思います。みなさんの反応が楽しみです」と語った。
上映後の質疑応答には、太田監督が再登壇した。本作は、個人的な旅行体験から着想を得たという。その旅行体験とは次のようなものだった。
友人の親が所有している長野の別荘に向かったが、観光地ではなく、周囲は森や川といった自然ばかり。特にすることもなく川辺を散策し、気づいたら石を拾っていた。それにつられて、みんなでお気に入りの石を選ぶことに。夢中になっているうちに日が暮れ、お気に入りの石を握りしめて戻る途中、友人の一人が石をなくしてしまった。暗がりの中で見つけることはできず、諦めて別荘に戻った。翌朝、友人がなくした石を探そうと川辺に行くと、そこは朝日に照らされた石だらけの光景。その光景を目の前にして、見つかるわけがないと悟り、その途方もない無意味さに心が震えた。
太田監督は、この個人的な体験を映画の時間を通して見つめなし、確かめようと思ったことが本作の出発点であること、石と川が脚本のキーワードになったことを丁寧に説明してくれた。
劇中の舞台となった川は、神奈川県の酒匂(さかわ)川。いろいろな川を見て回り、最終的に酒匂川を選んだ理由は、「川上に向かって進んでいくと、途中でコンクリートの人工物にぶつかって強制的に引き返さなければならないという特徴があったから」だという。
続いて、登場人物についての話が及んだ。加納さんが演じる人物は、仕事終わりに川で水切り遊びに興じており、その生産性のなさを他人に目撃されると嬉しくなるというキャラクター。小川さんが演じる人物は、出来事に対して、論理的に動くのではなく、ただひたすらリアクションすることを積み重ねていくキャラクター。太田監督は、「この2人が作り出すキャラクターが何の利害関係もなく出会い、ただ時間が過ぎていくという物語」と、キャラクターと物語のシンプルな関係性を説明した。
脚本とアドリブの境界については、「即興性を生むというよりは、毎日変化する川によって強制的に対応せざるを得ない感じでした。基本的には脚本どおりで、具体的なアクションに関してはいろいろ考えざるを得ない状況で、常に発見していくという感じでした」と語った。
撮影では、足場の悪い川辺をなんとか歩いて、カメラを置くという行為を繰り返したという。「川の状況によって、いろいろなことを決めていかざるを得なかったし、自然に対してこちらはどう反応するかということを撮りたかった」と振り返った太田監督。また、4:3(スタンダード)の画面比率を選んだ理由として、横に広がりツーショットが収まる16:9(ワイド)と異なり、何を見せるかを選ばなければならないスリリングな瞬間が作り出される点を挙げた。その判断はカメラマンの深谷祐次さんに委ねたという。
不思議な味わいのある音楽については、音楽担当の王舟さんから「ただリズムがあればいいんだよね」というアドバイスを受けて、1曲目はメトロノームのように一定のリズムを刻む、2曲目は少しリズムが崩れる、3曲目はリズムすらなくすという展開にして、音楽自体が映画の物語とは別に登場人物とともに変化を遂げるような設計にしたとか。音楽によって映画の世界に引き込まれすぎないように、フレーム外の世界を作ることで、もう一度、映画の世界に引き込むという効果を狙ったという。
製作過程では、「シンプルな物語を描くのに、いかにカメラという装置を駆使するか、本当に映画になるのだろうか、圧倒的な無意味さを描くことに価値があるのだろうか」と自問自答していたという太田監督。そんな監督に勇気を与えたのは、過去の映画作品ではなく、社会学者の岸政彦氏の本であったことも明かしてくれた。
「これで映画になると思われた瞬間はいつですか」と訊かれると、太田監督は、「今ですかね。大勢の方に観ていただいて、ようやく映画になったと実感しています。製作過程でも、撮影のときに喜びや発見がたくさんありましたし、それらが編集によって作り上げられていくときも、『これは映画だぞ』と感じました。今日はとても嬉しいです」とあらためて上映の喜びを語った。
最後に、ワールドプレミア上映に駆けつけた客席のスタッフ、キャストを改めて紹介。大きな拍手のなかで質疑応答が終了した。
文・海野由子
写真・吉田 留美、明田川志保