訃報:崔洋一監督

崔洋一監督が、2022年11月27日、亡くなられました。73歳でした。

東京フィルメックスでは、2009年の第10回東京フィルメックス・コンペティションの審査委員長を務められ、同2009年には当会主催の子ども映画製作ワークショップ<第3回「映画」の時間>で講師としてご参加いただきました。

また、2011年の第12回東京フィルメックス「特集上映『限定!川島パラダイス』」の『とんかつ大将』の上映後トークイベント、2012年の第13回東京フィルメックス「木下惠介生誕100年祭」において『死闘の伝説』の上映後トークイベントにもご登壇下さいました。

第12回東京フィルメックス 『とんかつ大将』上映後トークイベント 公式レポート

第13回東京フィルメックス 『死闘の伝説』上映後トークイベント 公式レポート

ここに、謹んで哀悼の意を表しますとともに、心からご冥福をお祈りします。

東京フィルメックス事務局

 

11/5『すべては大丈夫』Q&A

11月5日(土)、クロージング作品の『すべては大丈夫』が有楽町朝日ホールで上映され、コンペティション部門の審査委員長も務めたリティ・パン監督が上映後の質疑応答に登壇した。自ら手作りした粘土人形と様々な映像を組み合わせて、動物が人間を支配するディストピアを描くシネマエッセイ。作品に込めた寓意や製作の経緯をパン監督が縦横に語った。

粘土人形を駆使した作品は、祖国カンボジアのクメール・ルージュによる圧政の記憶を描いた『消えた画 クメール・ルージュの真実』(2013年)以来。フランス在住のパン監督は、コロナ禍のロックダウン中にこの企画を思い付き、書斎をスタジオ代わりに製作に取り組んだという。「最初のロックダウンの時、空っぽになった街に動物が入り込んでいるのを目撃し、クメール・ルージュがカンボジアの人々を追い出した時のことを思い出した」とパン監督。感染対策で始まったはずの規制や検査が、次第に本来の目的を超えて人々をコントロールしているようにも感じ、全体主義の台頭をめぐる寓話につながった。

豚が率いる動物の一群が人間社会を征服する。自由の女神像が倒され、代わりにスマートフォンを掲げた豚の像が建立される。「豚をリーダーにした理由はふたつある」とパン監督。「まず、ロックダウン当時の米国大統領だったドナルド・トランプのことを考えました。四六時中流れてくるトランプのツイートは、まるで世界をコントロールしようとしているかのように思えました」。一方で、豚は賢い動物で、ヒトに近い面もあるという。「豚と人間には互換性があるんです。私たちが皮膚移植する際も豚の皮膚を使う。失敗に終わったが、数カ月前には豚から人間への心臓移植手術もあった。いずれは実用可能になるかもしれません」

では、動物たちが自分を人間に似せようとしたらどうなるか。「人間のような5本指を持ちたいと願い、人間の行動を模倣した動物たちは、やがて全体主義へと行きつく。そのプロセスを寓話として描いたのが今回の作品です」とパン監督。「新型コロナウイルスはどこから来たのかを考えてみて下さい。人間が森を破壊し、そこに住んでいた動物たちが否応なしに街に出て来る。そしてウイルスが広まり、今度は人間たちがロックダウンで閉じ込められる。そういう現象を映画にしようと思ったのです」

動物が支配する社会はあちこちにスクリーンが設置され、過去の戦争や虐殺や独裁者の映像が流れる。そこに警句的なテキストの朗読が重なる。「こんなキツい映画に最後までお付き合いいただき感謝します。こういう映画は全てを理解する必要はないんです。例えばワンシークエンスだけでも何か気になったことを考えて下さったら本当にうれしい」

客席からは、多彩なアーカイブ映像の使い方について質問があった。「建物の管理人が監視カメラを眺める姿をイメージしました。人工衛星、スマホ、顔認証技術。様々なものが我々を監視し、コントロールしている。そんな全体主義的状況を映画にしました」とパン監督。一方で、ロックダウン期間に見直した映画史上の作品群のイメージも生かされているという。「ジガ・ヴェルトフやフリッツ・ラングの映画の要素がピンク・フロイドの『ウォール』のビデオに生かされているように、アーティストは互いを模倣しあっています。私もこれはいいと思った他の監督の作品をピックアップしている。もちろんそのままコピーするわけではなく、別の表現方法で。芸術には真の意味でのオリジナルなど無い。私は自分を『イメージの盗っ人』と呼んでいます」

共同脚本を手掛けたのは作家クリストフ・バタイユ。「彼とのコラボは3、4作目になるかな。『この映像に言葉を足して』って頼むと、言葉の自動販売機みたいに足してくれるんです。そのまま映像に当てはめるのではなく、別の場面と組み合わせることもある。決まりごとはありません」。音楽は『消えた画』や『名前のない墓』でも組んだマルク・マルデル。「彼も30年以上一緒にやっているので、様々なサウンドを彼の方から提案してくれる」。編集の際は「音楽で説明しないよう心がけている」とも話す。「フィクションは別の方法を取るけれど、今回のようなタイプの作品では、サウンドとテキストとイマージュの一体感を常に意識しています。いわばコラージュ。私はコラージュが大好きなんです。いろんなものを重ねて貼ったり、日曜大工のように組み立てたり。そして、物を書くようにそれらを編集していくんです」

ひとつの質問への回答が15分以上に及ぶことも。様々な事象をつなげて現代社会への危機感を語る様子や時おりのぞくユーモアは、パン監督の映画さながら。映画祭の締めくくりにふさわしい充実した時間となった。

文・深津純子
写真・吉田留美、明田川志保

11/5『彼女はなぜ、猿を逃したか?』Q&A

 

11月5日(土)、メイド・イン・ジャパン部門『彼女はなぜ、猿を逃したか?』が有楽町朝日ホールで上映された。脚本家の高橋泉さんと俳優の廣末哲万(ひろすえ・ひろまさ)さんによる映像制作ユニット「群青いろ」の最新作。動物園の猿を逃がした女子高校生への取材を通して、メディアのあり方を問う。上映前には監督を務めた高橋さんと出演の廣末さん、藤嶋花音さんが舞台挨拶し、上映後には高橋監督と廣末さんによるQ&Aが行われた。

本作は、高校生が猿を逃したという実際にあったニュースがモチーフになっているという。事件の発生が報じられただけで詳細は不明だったため、高橋監督はその高校生が猿を逃した理由が気になって脚本を書き始めていったそうだ。

廣末さんの役柄は、過去に自主映画を撮っていた人物。自己言及的な設定にした理由について高橋監督は「(登場人物の)言ってることや、やっていることを自分にリンクさせたかった」と説明。「だんだん自分に夢中でなくなっていることに気付いた、と言うのかな。昔は自分の成功や失敗にすごく一喜一憂していたと思うんです。でも、今は誰か(他人)の成功や失敗に一喜一憂することが増えてきた。誰かが落ちれば自分が上がるみたいな感覚が嫌だなぁ、と思っていて、それで『自分に夢中』な映画を撮りたくなった」と思いを語った。

高橋泉監督

撮影監督は、映像作家や俳優として活躍している恵水流生(えみ・りゅうせい)さんが務めた。自然光を生かした恵水さんの撮影技術やセンスに高橋監督は絶大な信頼を置いていたと明かした。主人公夫婦が暮らす家も、実は恵水さんの自宅。家具や小道具もすべて恵水さんの家にもともとあったものをそのまま使ったというエピソードに、会場からは驚きの声が上がった。

自ら監督を務める作品のみならず、『凶悪』『朝が来る』『東京リベンジャーズ』『仮面ライダーBLACK SUN』など他の監督の作品にも脚本家として参加してきた高橋監督。脚本へのアプローチについて、自主映画は「頭の中にあるものをビチャーと出したまんま」作るのに対し、他の監督作品では頭の中を「細かくしっかり整理整頓する」という違いがあると説明。自主映画は「自分たちが見るために作っているので、完成したものが誰かに伝われが嬉しいとは思うけれど、作る時点ではまず自分が見たい世界を撮らせてもらう。頭の中で考えることは一緒でも、出し方を整理するかしないかの違いは大きいです」と語った。

藤嶋花音さんと萩原護さんという若手キャストの演技も、本作の魅力の一つだ。高橋監督は、藤嶋さんの第一印象について「高校生活が楽しくでしょうがないという様子」だったと語る。「僕らの作品はトーンが暗くなってしまうので、陰のある女の子を使うと、いい意味でツンケンした“17歳の毒”みたいな人の焦げちゃいそうなまぶしさは出なかったと思う」と振り返った。一方、萩原さんについては、他の仕事のオーディションで会った時からずっと気になっていたとのこと。彼のために役を二つ作ったというほどの絶賛ぶりだ。

会場からは「『ある朝スウプは』などのストイックな初期作と比べて、本作は会話や音楽などかなりポップな感じがした」と、映画作りの変化を尋ねる質問もあった。高橋監督は「昔は、リアルとは何かをすごく突き詰めていた」と回想し、「でも、だんだんリアルを追うならドキュメンタリーでいいんじゃないか、と。自主映画の中でリアルを追い詰めていっても、ドキュメンタリーの方が面白いものが見られるし」と説明。さらに「本作も含めて、最近はフォーカスするもの自体がファンタジックになってきている。例えば廣末くんのようなファンタジーを支える土台があるのだから、そっちに行ってしまいたいという感じですね」と付け加えた。

廣末哲万さん

「群青いろ」での役割分担にも話は及んだ。廣末さんは、「群青いろ」作品における自らの立場を「司令塔」や「インナープレイヤー」という言葉で説明。「高橋監督の言いたいことを、芝居をやる者として中で伝える、他の役者さんに感じさせる役割を僕が担っているような気がします」。高橋監督は「僕は監督といっても、脚本でだいたい演出を終えている。それを廣末くんが今度は内側から支配する。それで成り立っている感じですね」と補足した。編集のプロセスも独特。高橋監督がざっくりと編集した後、廣末さんが細部を編集するという二段階の構成で行っているという。廣末さんの監督作品のファンだという高橋監督は、廣末さんの感覚やリズム感に寄せてもらうと明かし、さらに「届ける時には届けたい人たちの顔が徐々に見え始めているので、そこは頑張っています」と話した。

 

本作で印象的なのがプリンを使ったシーン。「プリンを用いるというアイディアは、いつどんな時に思いついたのか」という質問に、高橋監督は、「プリンのことは常に考えていますね」と即答し、会場は笑いに包まれた。廣末さんも「プリンを手に乗せるって、ふつうしないじゃないですか。僕もこれまで生きて来てやったことがない。不思議ですよね、もうSFです」とコメントした。また、バルコニーから飛行機雲が見えるシーンは偶然撮れたものだという。高橋監督は「呼ぶ時は呼ぶんだと思いますね。撮ってる側のエネルギーを感じてくれると思う」。高橋監督は音楽へのこだわりも披露。本作の音楽を担当した小山絵里奈さんと相談したり、曲を書き直してもらったりしながら完成させていったと語った。

最後に、廣末さん演じるキャラクターの狂気性が話題になった。誰もが狂気性を持っているのではないかと廣末さん。「結局、それをでっかく膨らましているだけなんだと思います。結構苦労します。小さいものを引っ張り出してきては膨らますイメージでやってます」。一方で、「僕のああいう演技を他の現場でやったら、たぶん監督さんは迷われると思う。自由すぎて現場が止まっちゃう。でも、高橋さんには、人はなんでも起こしうるという許容範囲の広さがある。はみ出しているかどうかのジャッジはちゃんとしてくれるので、内側ギリギリで自由にやっている」と高橋監督の懐の深さへの信頼を語った。これに対して高橋監督は、「僕は廣末くんの演技がツボなので、笑ってしまって見てられない時は、よーいスタートをかけて消え去ります。で、戻って来て『よかったです』って(笑)。それくらい信頼しているし、ダメ出しすることもほとんどない」と絆の強さが垣間見えるエピソードを披露した。

たくさんの質問にユーモアを交えながら答えてくれたふたり。映画製作の裏側を伝える様々なエピソードからは、キャストや
スタッフの間の信頼関係も感じられた。

文・塩田衣織

写真・吉田留美

 

11/4『アーノルドは模範生』Q&A

11月4日(金)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『アーノルドは模範生』が上映された。自由を軽視する学校に対する抗議運動を学生たちが始めるなか、国際数学オリンピックでメダルを獲得した模範生アーノルドが不正に加担していく姿を、ユーモアを交えつつシニカルなタッチで描いた作品。上映後には、これが長編デビュー作となるタイ出身のソラヨス・プラパパン監督が登壇し、観客からの質問に答える形で制作の舞台裏を明かしてくれた。

本作は、2020年にタイ国内で起きた「Bad Student運動」という高校生たちの抗議運動に影響を受けて脚本が大きく変更されている。その経緯についてプラパパン監督は、「脚本執筆中の2020年半ばから『Bad Student運動』が起こったため、その模様を2021年1月頃まで撮影し、脚本に盛り込んでいきました」と語った。

運動に関する情報収集にはSNSを活用した。「学校の髪型に関する規則など、様々な抗議活動が起き、生徒たちは日曜日には街なかでデモを繰り広げ、平日は学校で抗議活動を行っていました。その情報がハッシュタグを使って拡散されていたので、フォローして情報収集しました」。こうして撮影された実際の抗議活動の映像も、劇中で使用されている。劇中には「サバイバルの手引き」というイラストがところどころに挿入されるが、これも「Bad Student運動」に参加した学生たちが制作、配布していた規則だらけの学校生活を生き延びるためのガイドブックを元にしている。「その主張がこの映画にも通じるという理由で挿入しました。そのアイデアは脚本段階ではなく、『国外の観客にも主張が伝わるように』というプロデューサーの発案により、編集段階で追加することになりました」。このガイドブックを生徒たちに配布する様子も劇中で再現した。

続けてキャスティングに話が及ぶと、プラパパン監督はメインキャラクターを演じたのが素人であることを明かした。先生役には、実際に大学や高校で教えている教師を起用。ただし、「本人たちは劇中のように、生徒たちを威圧するような人ではありません(笑)」と、しっかりフォローした。

一方で、主人公アーノルド役のキャスティングは難航したという。その理由は「タイ語と英語を流暢に話すキャストを探していたため」だった。7カ月かけてキャスティング部門のスタッフがようやくふさわしい少年を見つけ出したものの、出演が決まったところでコロナ禍に突入し、撮影が延期になったという。

アーノルド役の役者はまだ若く経験も浅いので、あまりインプットしすぎないよう気を付けながらさまざまな話をしたという。「演技のレッスンを受けた方がいいですか?」と尋ねられた際は、「アーノルドは、そういうところには行かないタイプなので、行かなくていいよ」とアドバイスしたという。

さらにプラパパン監督は、主人公のモデルは、アーノルドという名の友人だとも打ち明けた。「彼は非常に機転がきくタイプで、先生と口論になっても言い負かしてしまうほど。そういう部分をこの役に生かしました」。現在は不明だが、10年ほど前は、彼のような成績優秀な学生が、劇中のアーノルドのように高額の報酬と引き換えにカンニングの仕事に誘われることも多かったという。

最後に、「政治的なメッセージ性も感じたが、ライトなタッチ。なぜこういう作風を選んだのか?」という質問には「色々な怒りはあるが、それを表に出してしまうと公開禁止になりかねない。だから、最初は軽い感じにして、最後に平手打ちを食わせようと思いました」と答えた。

こうしたしたたかな計算もあって無事完成した本作。まだ検閲の手続きはしていないが、プラパパン監督は「タイ国内でも恐らく問題なく公開できるでしょう」と前向きな見通しを語ってくれた。

文・井上健一
写真・吉田留美、明田川志保

11/5 授賞式

11月5日(土)、第23回東京フィルメックスの授賞式が有楽町朝日ホールで開かれた。コンペティション部門の9作品を対象に、来場者の投票による観客賞、学生審査員による学生審査員賞、リティ・パン監督ら国際審査員が選出した各賞が発表された。

観客賞には工藤将亮監督の『遠いところ』が選ばれた。工藤監督は「賞を取れると全然思っていなかったのでこんな格好で来てしまいました」と恐縮しつつ、「才能ある監督たちが集まるコンペティションで競うことができて幸せでした。観客賞はお客さんに僕たちの映画が届いたということなので、何よりもうれしい。皆さまに心から感謝します」と喜びを語った。受賞作は、沖縄の夜の街で働く10代の母親を通して若年層が直面する貧困を見つめた意欲作。「この映画の何が見どころかと言われれば、やはり俳優陣の演技です。この作品を信じてくれた俳優陣に心から感謝したい。そして、沖縄の関係者の皆さま、協力して下さったすべての皆さまにこの賞を捧げたいと思います」と挨拶した。

学生審査員賞は、はるおさきさん( 東京藝術大学大学院)、山辺愛咲子さん( 武蔵野美術大学)、高野志歩さん( 立教大学)の3人による選考でマハ・ハジ監督の『地中海熱』が受賞した。今回は来日がかなわなかったハジ監督は「素晴らしい賞を与えて下さった映画祭と審査員の皆さんに感謝します。いま東京でみなさんと一緒にいられたら、さらに夢のような体験になったでしょう」とメッセージを寄せた。

そして、いよいよ国際審査員による選考結果の発表。委員長のリティ・パン監督(フランス・カンボジア )、キム・ヒジョン 監督(韓国)、映画プログラマーのキキ・ファンさん( 香港)の3人が登壇し、まずスペシャル・メンションとしてアリ・チェリ監督の『ダム』の名を挙げた。既に離日したチェリ監督はビデオメッセージで「観客の皆さんと一緒に上映を見ることができて嬉しかった。この栄誉をスーダンやベイルートにいるスタッフや友人たちと分かち合い、参加してくれたすべての人に捧げたいです」と語った。

審査員特別賞には2作品が選ばれた。ひとつめはダヴィ・シュー監督の『ソウルに帰る』。来日できなかったシュー監督はビデオメッセージを寄せ、「受賞は夢のようです。観客の皆さまとご一緒できなかったのは残念でしたが、選んでいただき本当に感謝しています。東京フィルメックスで自作を上映するのは夢でした。できれば日本で配給会社を見つけて、もっと多くの人に見てもらえることを願っています」と期待を込めた。

もうひとつはチョン・ジュリ監督の『Next Sohee(英題)』。チョン監督は前日に韓国に戻っていたが、受賞の知らせを聞いて急遽会場に駆けつけた。「脚本を書き、撮影し、編集している間は、この映画祭に来て皆さんにお会いできるとは想像もしませんでした。韓国社会だけの小さな話だと思っていたからです。でも、一昨日にこの会場で皆さんがこの映画に心から共感して下さる姿を見て感動しました。本当に久しぶりに作った映画に大きな賞をいただき感謝します」と語り、「最強の同志」だという出演者のペ・ドゥナさんと主人公を演じたキム・シウンさんに賞を捧げた。チョン監督はさらに「私の映画の中の現実よりもっと惨憺たる現実に、映画祭の間ずっと心を痛めていました。受賞に勇気をもらい、私達を結びつけてくれた映画の力を信じ、自分のいる場所で全力を尽くして映画を作っていきたいです」と力強い決意で挨拶を締めくくった。

最優秀作品賞はマクバル・ムバラク監督の『自叙伝』に決まった。インドネシアの田舎町の大立者とその下で働く若者の愛憎を通して強権支配の危うさを描いた。大きな拍手のなかステージに立ったムバラク監督は、「これは私の初めての長編映画です。完成までは5年がかり。撮影をした村全体と世界中の友人の力を借りて完成にこぎつけました。なので、この作品はまさに友情の産物です。サポートして下さった皆さん、長い間ありがとうございました」と晴れやかな笑顔で感謝を述べた。

講評に立った審査委員長のパン監督は「今回の上映作すべてに圧倒されたということをまず申し上げたい。様々なスタイルの映画と出会うことができ、審査員として大変うれしかったです」と上映作品の水準の高さを称賛。「ということで、本来は2作品のところ、今回は特別に4作品を選ばせていただきました。おいしいアイスを食べると、あと1個!もう1個食べたい!ってなりますよね。私達も同じ。我慢できずについたくさん選んでしまいました」と笑顔で語った。

 

コンペ部門の受賞発表に先立ち、映画祭会期中の10月31日~11月5日に実施したアジアの映画人材育成プログラム「タレンツ・トーキョー」の企画コンペティションの結果も発表された。今年は公募で選ばれたアジア各地の15人の若手監督やプロデューサーが参加。赤坂のゲーテ・インスティテュートを会場に、第一線の映画人の指導を受けた。ベルリン国際映画祭との協賛企画ということで、11月2日には日本を公式訪問中のシュタインマイヤー独大統領も視察に訪れた。

企画コンペは、受講者がプレゼンテーションした新作映画の内容や製作プランを講師陣が審査した。スペシャル・メンションにマウン・サンさん(ミャンマー)の「Future Laobans」とシャルロット・ホン・ビー・ハーさん(シンガポール)の「TROPICAL RAIN, DEATH-SCENTED KISS」が選ばれ、最高賞のタレンツ・トーキョー・アワード2022はソン・ヘソンさん(韓国)の「Forte」が受賞した。

ソンさんは「一緒に時間を過ごした受講生仲間の皆さん、そして素晴らしい講師の皆さんに触発されました。講師のおひとり(アンソニー・チェン監督)がこのプログラムの修了生だということにも勇気づけられました。貴重な学びの時間をありがとうございます」と喜びを語った。会場には6日間のプログラムを共にした受講生も集まり、受賞者が発表されるたびにひときわ大きな拍手と歓声を送っていた。

文・深津純子
写真・明田川志保、吉田留美

11/3『同じ下着を着るふたりの女(原題)』Q&A

11月3日(木)、コンペティション部門の『同じ下着を着るふたりの女(原題)』が有楽町朝日ホールで上映された。勝ち気で攻撃的なシングルマザーと内向的な20代の娘の確執を描くキム・セイン監督の長編デビュー作。上映後はキム監督、娘の同僚役のチョン・ボラムさん、撮影監督のムン・ミョンファンさんの3人が登壇し、観客の質問に答えた。

本作はキム監督の韓国映画アカデミー卒業制作作品。昨年の釜山国際映画祭でワールドプレミア上映され、ニューカレンツ賞、観客賞など5冠に輝いた。相手に憎悪を募らせる一方で共依存から抜け出せない親子をなぜテーマに選んだのか。そこから質疑はスタートした。

「短編作品を作っていて、相手を完全に憎むことも愛することもできないという関係を探求してみたくなった。そういうアイロニカルな関係が韓国社会にあるとしたら何だろう? と考え、母と娘に思い至りました」とキム監督。韓国ではこのところ母と娘を描くドラマや本が増えている。「この映画のプロットを練り始めた2016年頃は、仲のいい母娘を美しく描いたものが多かった。でも、私の周囲を見渡すと、それとは違う関係がいろいろある。そこで、別の形の母と娘を描いてみたいと思ったんです」

母と娘の対立が極まった時に起きる停電のシーンが強い印象を残す。暗闇に目を凝らすような長いショット。撮影のムンさんは「僕が見ても息苦しいと感じるシーンなので、みなさんもつらかったのでは。ちょっと申し訳ない気持ちです」と切り出し、「当初はもう少し明るい照明設計を考えていたのですが、『ほとんど何も見えない状況を観客にも体験してほしい』という監督の考えに共感し、ギリギリまで光量を落としました」と説明した。手持ちカメラによる撮影も、「登場人物を遠くから眺めるのではなく、その人物の感情の流れに沿うように撮りたい」という監督の意向で決めたという。

配役についても多くの質問が集まった。物語をパワフルに牽引する母スギョンは「一歩間違うと嫌な人になりかねない」とキム監督。「なので、役者さん自身の魅力で嫌われそうなところを相殺してほしかった。スギョン役のヤン・マルボクさんと初めて会った時、若々しいエネルギーに満ちているうえ愛おしさも感じ、この方ならしっかり表現してくれるだろうとお願いしました」と振り返る。一方、娘のイジョンは、セリフより目で多くを語れることが重要だった。「出演したイム・ジホさんは目が奥まで澄んでいた。この人なら目だけで様々な感情を表現してくれると思いました」。

イジョンの日常に風穴を開ける同僚ソヒを演じたのがチョン・ボラムさん。キム監督は「ソヒの人物像を作る上でのキーワードが『適切な優しさ』。完全に突き放さないが、完全に受け入れることもない。自分の一線をしっかり守っている人物にしたかった。チョンさんにお会いしたとき、すごく優しくて、同時に一本筋が通っている感じがして、この人だ! と思いました」と起用の理由を語った。

当のチョンさんは、「監督の言う『適切な優しさ』という言葉がなかなか難物で……」と告白。「自分の一線をどう守るかが難しそうだったので、ソヒがイジョンを完全に受け入れられない理由を考えることにしました。ソヒは自分の人生を守るために、距離を置く選択をする。そこに共感したいと思い、ソヒがどんな人生を歩んできたのかを監督に尋ねたところ、イジョンと同様に母との確執を経験しそこから独立しようと頑張っている人物だ、と。そこで、イジョンやユジョンの葛藤にも共感しながら、ソヒの人物像を作っていきました」と役作りのプロセスを振り返った。

撮影現場での俳優とのコミュニケーション方法を問われたキム監督は、「商業映画を撮るのは初めてだったので、正直なところ撮影中はほとんど余裕がなかった。なので、現場に入る前の段階で俳優さんとコミュニケーションを取るよう努力しました。脚本について話し合うというより、それぞれがどんな人生を歩んできたかについていろんな話をしました」と語った。

自分は口下手だというキム監督。言葉で思いをしっかり伝える自信がなかったため、作品のヒントになりそうな音楽や絵や本を出演者と共有するなど、意思疎通に様々な工夫をした。母役のヤンさんとは劇中で彼女が経営するのと同じよもぎ蒸しの店に一緒に出掛けて体験し、娘役のイムさんとはスギョンが歩く道を巡りながら話をしたという。

「最初に企画概要を書いた当時、母親に対するネガティブな感情をここまでむき出しにした作品は他になかった。他人には共感できない私だけの感情だったら……と不安になり、母子関係の本をたくさん読みました。(精神科医の)斎藤環さんや(『母がしんどい』などの)田房永子さんの漫画といった日本の本にも感銘を受け、スタッフに配って一緒に読みました。だから、こうして日本の皆さんにお会いできて本当に嬉しく思います」

最後の質問は、劇中で母がリコーダーで演奏する曲にブラームスの「ハンガリー舞曲」を選んだ理由について。キム監督は「元はロマ(ジプシー)の音楽で、自由に生きたいという思いが込められているそうです。他人の目を気にせず自分の気持ちに従って生きたいというスギョンにぴったりだと思ってこの曲にしました」と説明した。

苛烈なドラマとは裏腹の朗らかな笑顔で真摯に思いを語ってくれたキム監督。この日のために映画にちなんだリコーダー型ボールペンを持参し、質問してくれた観客に抽選でプレゼントするサプライズもあり、会場は和やかな雰囲気に包まれた。

文・深津純子

写真・吉田 留美

10/30『西瓜』Q&A

10月30日(日)、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集の『西瓜』(2005年)が有楽町朝日ホールで上映され、ツァイ監督と主演俳優のリー・カンションさんを迎えて質疑応答が行われた。

 

本作はツァイ監督による7本目の長編映画で、2005年のベルリン国際映画祭で銀熊賞(芸術貢献賞)受賞した。記録的猛暑で水不足となった台湾の街を舞台に、ある女性とAV男優の純愛をミュージカルシーンを交えて描く。

今回は30mmフィルムでの上映だった。質疑応答でも、まずフィルム撮影についての質問が挙がった。現在はデジタル作品が中心のツァイ監督は「私たちの世代の監督は35mmフィルムにとても思い入れがあります」と即答。「フィルムで撮っていた頃が懐かしい。どんな色が出るか、どんな風に撮れたかが、現像するまでわからない。ラッシュを見て、こんな風になっていたのかと目を見張る。そういう美的な感覚はフィルムでしか味わえないものです」と振り返り、リーさんが出演した蔦哲一朗監督の「黒の牛」が30mmフィルムでの撮影だったことに触れ「すごくうらやましいです」と語った。

本作が『ふたつの時、ふたりの時間』の続編と認識されている点についても話は及んだ。「自分の映画を独立して見ていただいてもいいし、互いにリンクしていると思われてもいい」とツァイ監督。「この2作に限らず、私の作品は結末をはっきり語っていません。登場人物たちが映画が終わった後にどこに行き、どうなるのかははっきりしていない。そんななかで、次の作品を撮り始めるという感じなのです」

昔の音楽に乗せたミュージカルシーンも、観客の好奇心をかき立てた。ツァイ監督は、「自分が大好きな中国語の歌を入れることで物語を進めたいと考えていた」と説明した。エロティックなシーンが多い作品だが、「あまり重たく表現したくなかったので、歌や踊りを入れ込むことで、軽やかさを出したかった。ミュージカルと情欲シーンをわざと結合することで、新しい感覚を引き出したかった」と語った。

リーさんもミュージカルシーンの撮影中のエピソードを紹介。「『半分の月』という歌に合わせた最初のミュージカルシーンは大変でした。大きな給水塔の中で撮ったのですが、衣裳のガラスのような繊維が体に張り付いてなかなか取れなくて。皮膚が1週間赤く腫れました。当時は若くて元気バリバリだったから撮れたけど、今なら無理ですね」と振り返った。

 

ツァイ監督も公開当時の意外な秘話を明かしてくれた。「台湾ではポルノ的なシーンが多いことが議論になったのですが、国際映画祭で受賞したことで審査部門もすんなりと通してくれた。おかげで、この作品は私の全作品のなかで最大のヒット作になりました」。一方、日本でも映倫管理委員会の審査に関連して忘れられない出来事があったという。「ぼかしを入れるのを避けるため、日本の配給会社は『オリジナルのままで通してほしい』と映倫にわざわざ手紙を書いたそうです。しかし、映倫はこの手紙を拒否しました。なぜなら、この映画は性産業という仕事の光景を描いたもので、そもそもぼかしは不要だと判断したから。映倫はとても開明的だと思います」

西瓜をモチーフにした理由についての質問では「西瓜が好きだから」というツァイ監督の一言に、観客は爆笑。西瓜を半分に切った姿が顔のように見えることや、『愛情万歳』でも同様の描写があることなど、話が尽きぬまま終了時間に。ツァイ監督は「公開19年ぶりにスクリーンで上映されて本当に嬉しい」という感謝の言葉で質疑を締めくくった。

 

文・王 遠哲

写真・吉田 留美

11/3『石がある』舞台挨拶・Q&A

11月3日(木)、有楽町朝日ホールでメイド・イン・ジャパン部門『石がある』がワールドプレミア上映された。上映前に太田達成監督、ダブル主演の小川あんさん、加納土さんによる舞台挨拶が行われ、上映後には太田監督を迎えて質疑応答が行われた。

舞台挨拶に登場した太田監督は、「企画が生まれて3年間、コツコツと撮影を積み重ねて、このように大きな舞台でワールドプレミア上映することができて嬉しく思います。キャスト、スタッフに感謝します」と喜びを語った。

緊張しているという小川さんは、「観客のみなさんには、五感を研ぎ澄ましてご覧いただきたいです」と上映への期待を込めた。加納さんは、「ゆったりと時間をかけて、ひとつひとつ丁寧に向き合って、考えながら作り上げ、良い映画ができたと思います。ゆったりとした時間をみなさんも感じていただければと思います。みなさんの反応が楽しみです」と語った。

上映後の質疑応答には、太田監督が再登壇した。本作は、個人的な旅行体験から着想を得たという。その旅行体験とは次のようなものだった。

友人の親が所有している長野の別荘に向かったが、観光地ではなく、周囲は森や川といった自然ばかり。特にすることもなく川辺を散策し、気づいたら石を拾っていた。それにつられて、みんなでお気に入りの石を選ぶことに。夢中になっているうちに日が暮れ、お気に入りの石を握りしめて戻る途中、友人の一人が石をなくしてしまった。暗がりの中で見つけることはできず、諦めて別荘に戻った。翌朝、友人がなくした石を探そうと川辺に行くと、そこは朝日に照らされた石だらけの光景。その光景を目の前にして、見つかるわけがないと悟り、その途方もない無意味さに心が震えた。

太田監督は、この個人的な体験を映画の時間を通して見つめなし、確かめようと思ったことが本作の出発点であること、石と川が脚本のキーワードになったことを丁寧に説明してくれた。

劇中の舞台となった川は、神奈川県の酒匂(さかわ)川。いろいろな川を見て回り、最終的に酒匂川を選んだ理由は、「川上に向かって進んでいくと、途中でコンクリートの人工物にぶつかって強制的に引き返さなければならないという特徴があったから」だという。

続いて、登場人物についての話が及んだ。加納さんが演じる人物は、仕事終わりに川で水切り遊びに興じており、その生産性のなさを他人に目撃されると嬉しくなるというキャラクター。小川さんが演じる人物は、出来事に対して、論理的に動くのではなく、ただひたすらリアクションすることを積み重ねていくキャラクター。太田監督は、「この2人が作り出すキャラクターが何の利害関係もなく出会い、ただ時間が過ぎていくという物語」と、キャラクターと物語のシンプルな関係性を説明した。

脚本とアドリブの境界については、「即興性を生むというよりは、毎日変化する川によって強制的に対応せざるを得ない感じでした。基本的には脚本どおりで、具体的なアクションに関してはいろいろ考えざるを得ない状況で、常に発見していくという感じでした」と語った。

撮影では、足場の悪い川辺をなんとか歩いて、カメラを置くという行為を繰り返したという。「川の状況によって、いろいろなことを決めていかざるを得なかったし、自然に対してこちらはどう反応するかということを撮りたかった」と振り返った太田監督。また、4:3(スタンダード)の画面比率を選んだ理由として、横に広がりツーショットが収まる16:9(ワイド)と異なり、何を見せるかを選ばなければならないスリリングな瞬間が作り出される点を挙げた。その判断はカメラマンの深谷祐次さんに委ねたという。

不思議な味わいのある音楽については、音楽担当の王舟さんから「ただリズムがあればいいんだよね」というアドバイスを受けて、1曲目はメトロノームのように一定のリズムを刻む、2曲目は少しリズムが崩れる、3曲目はリズムすらなくすという展開にして、音楽自体が映画の物語とは別に登場人物とともに変化を遂げるような設計にしたとか。音楽によって映画の世界に引き込まれすぎないように、フレーム外の世界を作ることで、もう一度、映画の世界に引き込むという効果を狙ったという。

製作過程では、「シンプルな物語を描くのに、いかにカメラという装置を駆使するか、本当に映画になるのだろうか、圧倒的な無意味さを描くことに価値があるのだろうか」と自問自答していたという太田監督。そんな監督に勇気を与えたのは、過去の映画作品ではなく、社会学者の岸政彦氏の本であったことも明かしてくれた。

「これで映画になると思われた瞬間はいつですか」と訊かれると、太田監督は、「今ですかね。大勢の方に観ていただいて、ようやく映画になったと実感しています。製作過程でも、撮影のときに喜びや発見がたくさんありましたし、それらが編集によって作り上げられていくときも、『これは映画だぞ』と感じました。今日はとても嬉しいです」とあらためて上映の喜びを語った。

 

最後に、ワールドプレミア上映に駆けつけた客席のスタッフ、キャストを改めて紹介。大きな拍手のなかで質疑応答が終了した。

文・海野由子
写真・吉田 留美、明田川志保

11/2『ダム』Q&A

11月2日(火)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『ダム』が上映された。レバノン出身のビジュアル・アーティストであるアリ・チェリ監督の長編デビュー作。レンガ職人の男が泥で作る不思議な建造物が独自の生命を獲得していく様子に、壮大なテーマが投影されている。上映後にはチェリ監督が登壇し、観客からの質問に答えた。

本作はチェリ監督の短編映画『The Disquiet』『The Digger』とともに三部作をなす。いずれも監督のルーツや関心のある地域を舞台に選び、地域の特性を活かした作品づくりを目指したという。

三部作に共通する主題は「大地」だと語るチェリ監督。「地理的に暴力行為があった地域を選びました。暴力があったという要素が大地や水に溶け込んで人の体の一部となっています。それが目に見えない暴力という形で浮き上がり、ストーリーを作り、歴史になっていきました。そういった素材を切り取って見せることで、社会・経済・歴史的にその土地のことを理解する入口となるような作品を目指しました」と語った。

泥を使ったシーンが多く登場する本作。泥というモチーフの意味を問われると「泥には様々な空想を触発し、他の世界への扉を開く可能性があります。人間と別個なものを想像させるものでもあります。そもそも、人類は家や器を土から作ってきました。映画に出てくるレンガ職人も数千年続く手法でレンガを作っています。そのため、泥は継続することや積み上げることを比喩として表しています」と述べた。

続いて、撮影プランについて質問が及んだ。監督は「風景をきちんととらえるために、カメラを固定して撮影しました」と撮影へのこだわりを明かした。そして「地元の雰囲気や自然のような地域性を重要視しています。ナイル川や山といった神聖な土地へのオマージュや人への敬意を持って撮影に挑みました」と付け加えた。

また、本作では犬が何度も登場し、主人公との関係性が物語の中で変化していく。この犬の存在は「前の段階を切り離して次の段階に行くためには、何らかの暴力を伴うこと」を示唆しているという。さらに監督は「主人公に癒しを与えたり怒りを鎮めたりというように、彼にとって必要な変化をもたらすための存在」だと説明した。

脚本についても語ってくれた。「まず一回目にスーダンを訪れた際にレンガ職人に会い、その土地、そこの人たちを想定して脚本を書きました。実際にその時にあったことを反映しています」という。

撮影は想定外の事態が続いた。「2017年から準備を始め、2019年に現地で撮り始めたのですが、その直後にクーデターが起き、オマル・アル=バシール大統領が追放されて政権が崩壊。我々も帰国を余儀なくされました。やっと再開のめどがつくと今度はコロナ禍。いつ現地に戻れるか分からない状況のなか、構想を練り直した。最初の撮影はドキュメンタリーでしたが、再びスーダンに戻ってから同じシーンを演じてもらったため、後半はフィクションといえますね」と話した。

脚本のクレジットには、ベルトラン・ボネロ監督も名前を連ねている。コロナ禍のロックダウンでパリに足止めされている間に連絡を取り、メールで意見を交わしながら脚本に磨きをかけていったとを振り返り、「全く違うスタイルの作品を撮る第三者の目線を取り込むことができました」と述べた。

最後にキャスティングの話題になった。出演者はプロの俳優ではなく、全員が自分自身を演じている。主演のマヘル・エル・ハイルさんは、俳優になることを夢見ていたと監督に直談判して役を獲得した。監督は「彼はジャッキー・チェンの映画が好きなので、アクション映画に出たかったようです。残念ながらその夢は叶わなかったけれど、映画デビューはできました」と明かし、「彼との信頼関係があったから撮れました」と語った。

言葉の端々から作品への強いこだわりや想いが伝わってきたチェリ監督。充実の質疑応答は、会場からの大きな拍手によって締めくくられた。

文・塩田衣織

写真・吉田 留美、明田川志保

11/01『自叙伝』Q&A 

11月1日、コンペティション部門『自叙伝』が有楽町朝日ホールで上映された。インドネシアの小さな町を舞台に、疑似親子的な関係を結ぶ2人の男を通して独裁的な強権支配の構造を描いた意欲作。上映後の質疑応答にはアクバル・ムバラク監督が登壇し、製作の裏側を語った。

映画批評家出身のムバラク監督は本作が長編映画デビュー作。製作のユリア・エフィナ・バラさんはタレンツ・トーキョー2020の修了生で、本作はタレンツ出身者の企画を支援する「ネクスト・マスターズ・サポートプログラム」の対象作にも選ばれている。

主人公は、地元の有力者の大邸宅の管理を父から引き継いだ19歳のラキブ。邸宅の主である退役将軍プルナに可愛がられ、彼に傾倒していくが、やがてその暗部を目の当たりにする。インドネシアで1990年代末まで続いた独裁政権下のような緊張感が全編に漂うが、時代設定は「2017年」。Q&Aでは、この点について神谷直希プログラミング・ディレクターがまず尋ねた。ムバラク監督は「脚本に着手したのが2017年ごろだっただけで、特に意味はない。ただ、現代の設定にすることは必要でした。独裁政権が崩壊しても、同様の勢力が今もはびこり、権力構造は変わっていないということを伝えたかったのです」と意図を説明した。

物語には、監督が少年時代に感じた社会の空気も反映されているという。「僕の両親は教師です。独裁政権下の公務員だから、政権に忠誠心を抱いていました。でも、時には従い難いこともあるように見えた。そんな両親の姿が下敷きになっています」

 

『自叙伝』という題名の意味を尋ねる質問も多かった。「筋書きがわかりやすいので、題名は抽象的なものにしたかった」とムバラク監督。「『自叙伝』にした第1の理由は、僕自身の人生がヒントだから。第2は、ラキブとプルナは互いを写す鏡のような関係で、双方が相手の自叙伝のようだから。そして第3に、転換期にあるインドネシア社会の自叙伝という意味を込めています」

 

出演者で最初に決まったのは、有力者プルナ役のArswendy Bening Swara。「プルナのエネルギーが引っ張る映画なので、脚本が第2稿段階だった5年前に決めました。彼は40 年ものキャリアを持ち、僕も長年見てきた役者さんです。ラキブ役のKevin Ardilovaは撮影の 2 年前から参加してもらい、毎月1 週間かけてリハーサルを重ね、それに基づいて脚本の改稿も進めました」

撮影では、「顔」を重視した。「ワイドショットが少ないのも、顔の中に入り込みたかったから。登場人物の目を通して、それぞれの心の中を描こうと思いました。また、ミラーリング(複製)の映画だということも常に意識していました。プルナとラキブの関係は心理的な写し鏡のようなもの。この二重性をとらえるために、大小さまざまな鏡を使いました。レンズ選びも重要で、実は日本製を使っています。KOWAの1970年製のレンズ。ロサンゼルスのレンタルショップで見つけたものです。映像にちょっと歪みが出るんですが、そこがいい。ラキブの世界観や権力に対する欲望のねじれに通じるものがありました」

映画が描いたような権威主義的支配は世界各地に今も存在する。最後の質問で、それを乗り越える方策を問われたムバラク監督は「わかりません。実は、脚本を書き始めたころも疑問だらけで、その疑問を盛り込んだ結果がこの映画なんです。脚本完成から5年以上たちますが、いまだに疑問は残っている。でも、少なくともインドネシアでは人々が疑問を投げかけるようになった。そこは変化だと言えるでしょう」と締めくくった。

批評家出身らしい明解な解説に時おりユーモアを交えて受け答えしたムバラク監督。緩急自在の新鋭が次にどんなものを見せてくれるのか、楽しみに待ちたい。

文・深津純子

写真・吉田留美、明田川志保