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11/3『同じ下着を着るふたりの女(原題)』Q&A


11月3日(木)、コンペティション部門の『同じ下着を着るふたりの女(原題)』が有楽町朝日ホールで上映された。勝ち気で攻撃的なシングルマザーと内向的な20代の娘の確執を描くキム・セイン監督の長編デビュー作。上映後はキム監督、娘の同僚役のチョン・ボラムさん、撮影監督のムン・ミョンファンさんの3人が登壇し、観客の質問に答えた。

本作はキム監督の韓国映画アカデミー卒業制作作品。昨年の釜山国際映画祭でワールドプレミア上映され、ニューカレンツ賞、観客賞など5冠に輝いた。相手に憎悪を募らせる一方で共依存から抜け出せない親子をなぜテーマに選んだのか。そこから質疑はスタートした。

「短編作品を作っていて、相手を完全に憎むことも愛することもできないという関係を探求してみたくなった。そういうアイロニカルな関係が韓国社会にあるとしたら何だろう? と考え、母と娘に思い至りました」とキム監督。韓国ではこのところ母と娘を描くドラマや本が増えている。「この映画のプロットを練り始めた2016年頃は、仲のいい母娘を美しく描いたものが多かった。でも、私の周囲を見渡すと、それとは違う関係がいろいろある。そこで、別の形の母と娘を描いてみたいと思ったんです」

母と娘の対立が極まった時に起きる停電のシーンが強い印象を残す。暗闇に目を凝らすような長いショット。撮影のムンさんは「僕が見ても息苦しいと感じるシーンなので、みなさんもつらかったのでは。ちょっと申し訳ない気持ちです」と切り出し、「当初はもう少し明るい照明設計を考えていたのですが、『ほとんど何も見えない状況を観客にも体験してほしい』という監督の考えに共感し、ギリギリまで光量を落としました」と説明した。手持ちカメラによる撮影も、「登場人物を遠くから眺めるのではなく、その人物の感情の流れに沿うように撮りたい」という監督の意向で決めたという。

配役についても多くの質問が集まった。物語をパワフルに牽引する母スギョンは「一歩間違うと嫌な人になりかねない」とキム監督。「なので、役者さん自身の魅力で嫌われそうなところを相殺してほしかった。スギョン役のヤン・マルボクさんと初めて会った時、若々しいエネルギーに満ちているうえ愛おしさも感じ、この方ならしっかり表現してくれるだろうとお願いしました」と振り返る。一方、娘のイジョンは、セリフより目で多くを語れることが重要だった。「出演したイム・ジホさんは目が奥まで澄んでいた。この人なら目だけで様々な感情を表現してくれると思いました」。

イジョンの日常に風穴を開ける同僚ソヒを演じたのがチョン・ボラムさん。キム監督は「ソヒの人物像を作る上でのキーワードが『適切な優しさ』。完全に突き放さないが、完全に受け入れることもない。自分の一線をしっかり守っている人物にしたかった。チョンさんにお会いしたとき、すごく優しくて、同時に一本筋が通っている感じがして、この人だ! と思いました」と起用の理由を語った。

当のチョンさんは、「監督の言う『適切な優しさ』という言葉がなかなか難物で……」と告白。「自分の一線をどう守るかが難しそうだったので、ソヒがイジョンを完全に受け入れられない理由を考えることにしました。ソヒは自分の人生を守るために、距離を置く選択をする。そこに共感したいと思い、ソヒがどんな人生を歩んできたのかを監督に尋ねたところ、イジョンと同様に母との確執を経験しそこから独立しようと頑張っている人物だ、と。そこで、イジョンやユジョンの葛藤にも共感しながら、ソヒの人物像を作っていきました」と役作りのプロセスを振り返った。

撮影現場での俳優とのコミュニケーション方法を問われたキム監督は、「商業映画を撮るのは初めてだったので、正直なところ撮影中はほとんど余裕がなかった。なので、現場に入る前の段階で俳優さんとコミュニケーションを取るよう努力しました。脚本について話し合うというより、それぞれがどんな人生を歩んできたかについていろんな話をしました」と語った。

自分は口下手だというキム監督。言葉で思いをしっかり伝える自信がなかったため、作品のヒントになりそうな音楽や絵や本を出演者と共有するなど、意思疎通に様々な工夫をした。母役のヤンさんとは劇中で彼女が経営するのと同じよもぎ蒸しの店に一緒に出掛けて体験し、娘役のイムさんとはスギョンが歩く道を巡りながら話をしたという。

「最初に企画概要を書いた当時、母親に対するネガティブな感情をここまでむき出しにした作品は他になかった。他人には共感できない私だけの感情だったら……と不安になり、母子関係の本をたくさん読みました。(精神科医の)斎藤環さんや(『母がしんどい』などの)田房永子さんの漫画といった日本の本にも感銘を受け、スタッフに配って一緒に読みました。だから、こうして日本の皆さんにお会いできて本当に嬉しく思います」

最後の質問は、劇中で母がリコーダーで演奏する曲にブラームスの「ハンガリー舞曲」を選んだ理由について。キム監督は「元はロマ(ジプシー)の音楽で、自由に生きたいという思いが込められているそうです。他人の目を気にせず自分の気持ちに従って生きたいというスギョンにぴったりだと思ってこの曲にしました」と説明した。

苛烈なドラマとは裏腹の朗らかな笑顔で真摯に思いを語ってくれたキム監督。この日のために映画にちなんだリコーダー型ボールペンを持参し、質問してくれた観客に抽選でプレゼントするサプライズもあり、会場は和やかな雰囲気に包まれた。

文・深津純子

写真・吉田 留美

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