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10/31『ヴィサージュ』Q&A


10月31日(月)、ツァイ・ミンリャン監督デビュー30周年記念特集の『ヴィザージュ』( 2008年)が有楽町朝日ホールで上映された。フランスのルーヴル美術館に委嘱されて撮った夢幻的な作品で、2009年の第10回東京フィルメックスではオープニングを飾った。上映後には、ツァイ監督とリー・カンションさんの質疑応答があった。

 

観客の大きな拍手の中で2人が席につくと、まずツァイ監督が「今日が東京での最後の夜なのですが、フィルメックスで皆さんとお目にかかることができてたいへんうれしいです」とあいさつ。リーさんは「この映画のスチール写真を今年初めに友人が送ってくれたんです。それを見て、オレかっこいいなぁ、最高だなって思いました」と語り観客を沸かせた。

リーさんはさらに本作のキャスティングの裏話も明かした。「レティシア・カスタの場面が一番多いのですが、実はレティシアの役に、ツァイ監督は当初マギー・チャンを考えていました。連絡も取ったけれど、当時マギーは恋を語るのに忙しくて、出演はかなわなかったんです」。思わぬ秘話に、客席は拍手と笑いに包まれた。

観客との質疑応答に移り、まずルーヴル美術館から映画を依頼された経緯についてツァイ監督が答えた。長い伝統を持つルーヴル美術館は、現代アートにも力を入れるため映画シリーズを企画し、ツァイ監督が最初の1本を任された。

「とても光栄でした。2005年にフランソワ・トリュフォー監督の没後20周年記念の特集上映がパリであり、出演者が一堂に会する場に私も招待していただいたのですが、その上映後にルーヴルの方から『映画を撮ってほしい』とお声がけいただきました。なるべく早く返事がほしいと言われ、私の映画の常連のリー・カンションがトリュフォーの愛したジャン=ピエール・レオーと会う話を考えました」

 

何度もルーヴルに通い、話し合いを重ねるうちにインスピレーションが沸いたという。「私自身は美術の門外漢なので、専門家に案内してもらいました。ルーヴル美術館の絵を隅から隅まで3回ほど見て、行き当たったのがレオナルド・ダ・ヴィンチの『洗礼者ヨハネ』。この絵を手掛かりにサロメの物語にたどり着いたのです」

鏡を用いた森の場面の意図を問われると、ツァイ監督は「この映画には森が必要でしたが、撮影地のチュイルリー庭園は樹木が少ない。そこで、鏡を置いて木々を反射させ、木々が多く見えるように工夫しました」と説明。用意した鏡は50枚。反射角度の調整が難しく、撮影にはとても苦労したが、「美術館のインスタレーションのような作品になった」と振り返った。

ツァイ監督は『郊遊 ピクニック』(2013年)以降、商業映画を離れ、美術館とのコラボレーションを深めている。「美術館の方がより自由で制限が少ないから」とツァイ監督は理由を説明。「『青春神話』以来ずっと、私は誰の束縛も受けず撮りたいように映画を撮ってきました。難解だと言われることもあるけれど、自分ではそうは思いません。ただ、評価されても興行的には厳しかった。日本で配給してくれた会社も儲かってはいないでしょう(笑)。ルーヴルから依頼を受けた時は、支えを見つけた気がしました。わからないと言われようが、自分が撮りたいように撮ればいい。『ヴィサージュ』は私個人にとっても特別な作品となりました」

一方で、「この映画の4K版を見直して、自分も理解できないところがあった」というツァイ監督の言葉には場内が爆笑。続けて「ひとつだけ一生残念に思うシーンもある」という告白が飛び出した。それは、レティシア・カスタが窓に黒いテープを貼り込む場面。「8分の場面でしたが、配給会社に長すぎると言われ、4分に削った。これまでで初めて他人に説得されてしまったシーンで、今も深く後悔しています」


最後に、リーさんは「今日が今回の東京滞在の最後の夜ですが、これで終わりではない。10年後にまた特集上映に戻ってくるのを楽しみにしています」と笑顔であいさつ。ツァイ監督は「撮りたいものを撮ってきたけれど、どんな人が見てくれるのか、特に若い方の反応が気になります。自分自身を留まることなく前進する監督だと思っているので、ぜひ現在の私に注目してください」と語り、「近作の『ウォーカー』シリーズの特集がもうすぐパリのポンピドゥー・センターで始まるので、日本の美術館関係者の皆さんもどうぞよろしく」とユーモラスに締めくくった。

文・王遠哲
写真・吉田 留美、明田川志保

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