11月4日(金)、有楽町朝日ホールでコンペティション作品『アーノルドは模範生』が上映された。自由を軽視する学校に対する抗議運動を学生たちが始めるなか、国際数学オリンピックでメダルを獲得した模範生アーノルドが不正に加担していく姿を、ユーモアを交えつつシニカルなタッチで描いた作品。上映後には、これが長編デビュー作となるタイ出身のソラヨス・プラパパン監督が登壇し、観客からの質問に答える形で制作の舞台裏を明かしてくれた。
本作は、2020年にタイ国内で起きた「Bad Student運動」という高校生たちの抗議運動に影響を受けて脚本が大きく変更されている。その経緯についてプラパパン監督は、「脚本執筆中の2020年半ばから『Bad Student運動』が起こったため、その模様を2021年1月頃まで撮影し、脚本に盛り込んでいきました」と語った。
運動に関する情報収集にはSNSを活用した。「学校の髪型に関する規則など、様々な抗議活動が起き、生徒たちは日曜日には街なかでデモを繰り広げ、平日は学校で抗議活動を行っていました。その情報がハッシュタグを使って拡散されていたので、フォローして情報収集しました」。こうして撮影された実際の抗議活動の映像も、劇中で使用されている。劇中には「サバイバルの手引き」というイラストがところどころに挿入されるが、これも「Bad Student運動」に参加した学生たちが制作、配布していた規則だらけの学校生活を生き延びるためのガイドブックを元にしている。「その主張がこの映画にも通じるという理由で挿入しました。そのアイデアは脚本段階ではなく、『国外の観客にも主張が伝わるように』というプロデューサーの発案により、編集段階で追加することになりました」。このガイドブックを生徒たちに配布する様子も劇中で再現した。
続けてキャスティングに話が及ぶと、プラパパン監督はメインキャラクターを演じたのが素人であることを明かした。先生役には、実際に大学や高校で教えている教師を起用。ただし、「本人たちは劇中のように、生徒たちを威圧するような人ではありません(笑)」と、しっかりフォローした。
一方で、主人公アーノルド役のキャスティングは難航したという。その理由は「タイ語と英語を流暢に話すキャストを探していたため」だった。7カ月かけてキャスティング部門のスタッフがようやくふさわしい少年を見つけ出したものの、出演が決まったところでコロナ禍に突入し、撮影が延期になったという。
アーノルド役の役者はまだ若く経験も浅いので、あまりインプットしすぎないよう気を付けながらさまざまな話をしたという。「演技のレッスンを受けた方がいいですか?」と尋ねられた際は、「アーノルドは、そういうところには行かないタイプなので、行かなくていいよ」とアドバイスしたという。
さらにプラパパン監督は、主人公のモデルは、アーノルドという名の友人だとも打ち明けた。「彼は非常に機転がきくタイプで、先生と口論になっても言い負かしてしまうほど。そういう部分をこの役に生かしました」。現在は不明だが、10年ほど前は、彼のような成績優秀な学生が、劇中のアーノルドのように高額の報酬と引き換えにカンニングの仕事に誘われることも多かったという。
最後に、「政治的なメッセージ性も感じたが、ライトなタッチ。なぜこういう作風を選んだのか?」という質問には「色々な怒りはあるが、それを表に出してしまうと公開禁止になりかねない。だから、最初は軽い感じにして、最後に平手打ちを食わせようと思いました」と答えた。
こうしたしたたかな計算もあって無事完成した本作。まだ検閲の手続きはしていないが、プラパパン監督は「タイ国内でも恐らく問題なく公開できるでしょう」と前向きな見通しを語ってくれた。
文・井上健一
写真・吉田留美、明田川志保