11月1日(日)TOHOシネマズシャンテ1にて東京フィルメックス・コンペティションの『由宇子の天秤』が上映された。本作は春本雄二郎監督長編映画第2作であり、脚本が2019年のフィルメックス新人監督賞ファイナリストに選出されている。
上映終了後のQ&Aには、春本雄二郎監督、プロデューサーの片渕須直さん、松島哲也さんが登壇した。まず、春本監督は「本作が日本初上映できたことを嬉しく思います。また本作に関わったすべての人に感謝します」と語った。続いて、『この世界の片隅に』(16)の監督であり、本作ではプロデューサーを務める片渕さんは「本作を世の中に出すにはどうしたらよいだろうか、というところから関わらせていただいて、それが日本で皆さんの前に公開することができた」と感慨深げに話した。また、松島プロデューサーも「日本で上映することができて嬉しく思っている」と語った。
まず、市山尚三東京フィルメックスディレクターより、片渕プロデューサーに作品に関わった経緯を尋ねた。元々は片渕プロデューサーと松島プロデューサーが同じ映画監督として「自分のモノ作りがどうやってできるんだろう」とお互い相談し、応援しあう間柄だったそうだ。その後、松島プロデューサーに春本監督を紹介される形で制作に関わったと語った。「プロデューサーといっても、ボクシングでいうとセコンドの後ろにいるカットマンだと思っていましたが、春本監督が被弾しないので出る幕がありませんでした」と言うと会場から笑いが。
松島プロデューサーは18年前に春本監督と出会ったそうだ。その後、「春本監督が『かぞくへ』(16)を見てほしいと連絡してきたのが再会の始まりでした」と語る。その後、本作の脚本を見てほしいと春本監督に言われて、できることがあればと思い参加したとのことだった。
春本監督に着想の発端について尋ねたところ、「2014年の4月頃、助監督を続けていまして、その年に自分は映画を撮るつもりでいました。その題材を探していた時に、小学校のいじめ自殺事件を見つけたんです。そのニュースは被害者の子供ことではなく、加害者の子供の父親と同姓同名の人が被害に遭ったというニュースだったんです。なぜ社会的に全く関係のない人たちからネットリンチを受ける時代になってしまったのか」と理由を語った。
市山ディレクターが「お金を集めるという点で、決して簡単な題材ではないと思いますが」と問うと、春本監督は「扱う題材が題材だけに日本の通常の商業映画の枠組みで作ることは難しいと思った」と語った。「『かぞくへ』を撮った際、スタッフ・キャストはノーギャラだったんですけど、2作目はそうしたくもないと思いました。そこで『かぞくへ』を公開しながらクラウドファンディングを募り、松島さん、片渕さんも融資してくれました」と資金集めの難しさを語った。
また、松島プロデューサーは「監督がやりたいことを自己プロデュースしながら制作していく。もちろんお金はかけられない、題材は地味な部分ではあるんですけど、中国や韓国の人々の心に届いた。次は春本監督も3作目になりますが、若い人たちも自分でプロデュースをするということやってみたらいいと思っています」と語った。
市山ディレクターより本作が中国の平遥国際映画祭で審査員賞と観客賞のダブル受賞をしたこと、韓国の第25回釜山国際映画祭ニューカレンツ部門では最高賞に当たるニューカレンツアワードを受賞したことを報告すると、会場から大きな拍手が。
続いて観客からラストシーンは最初から決まっていたのか、という質問が挙がった。ラストシーンは途中まではもう少し救いのある脚本だったが、しっくりこなかったそうだ。「本当に問うべきところはどこか、を悩みました」と春本監督。松島さんや片渕さんのアドバイスを受けてラストシーンが出来上がったとのこと。
主人公の女性の描き方へのこだわりはあったのかと訊かれると、春本監督は「意図したわけではなく、シナリオを描き終わったときに気づき、映像になってさらに自覚した」と前置きし、由宇子が女性であるというのは、父親と娘という関係性だからこそ、ストーリーに衝撃を与えると語った。また、「ドキュメンタリー作家として戦うフィールドで、男性と女性だった場合、どちらが鮮明に見えるだろうか」ということも考え、主人公を女性としてシナリオを作り始めたそうだ。また、加害者家族も意図せず女性だったが「結果として、生き残って耐え忍んでいたのは女性だったと書き終わって気づきました」と春本監督。「日本社会において、未だに戦わなくてはいけない側は女性なのかもしれない」と語った。
タイトル『由宇子の天秤』に込められた意味について問われると、松島プロデューサーが「信じるものが揺らいでバランスを壊して倒れた時、どう立ち上がるのか。秘密と嘘を現代人は抱えていながら、人と関係を結んでいく。その中で天秤のように揺れ動くというのが象徴的に思いました」と解釈した。片渕プロデューサーも「嘘が絶対的なものではなく、相対的なもので、何かのバランスがずれただけで、真実や事実や嘘は全部同じではないか。それらが天秤の中でゆらゆらしているのがまさにこの題名だ」と語った。
質疑応答はここで終了。
片渕プロデューサーより「自分が映画を制作するとき、歴史的事象を調べるが、今残されている人たちの言葉から知るしかないわけです。しかし、残らなかった人の言葉、消されてしまった言葉もあります。たまたま、あるいは意図的に残された言葉が歴史の1ページを形作っているなら、その周りの言葉をもっと知らないといけないと思います。春本監督の脚本にはそれが語られていて、自分が本作に入れ込む原動力になりました。この作品が何か世の中の1ページとして残る言葉となってほしい」と振り返る。
松島プロデューサーは「みんなが理解できるエンディングを敢えて作らないことが騒めきとなって、観客がそれを持ち帰って自分の中で答えを探す。これが本作の魅力だと思います」とコメント。
最後に春本監督より「制作中、正しさとはいったい何なのかと考えました。誰かから見た正しさは、他の誰かから見て正しさではないのかもしれない。絶対的な正しさは存在しない、ということをこの映画で感じてもらいたい。私自身の角度からこの映画を作っただけなので、それを受け取っていただいて、皆さん自身の中で新たな解釈を作っていただけたら、と思います。私はそういう映画を作っていきたいと思います」と観客に語りかけた。
本作は現在公開準備中で、来年公開を目指している。
(文・谷口秀平、撮影・白畑留美)
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【レポート】『由宇子の天秤』 Q&A
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