第19回東京フィルメックスの審査員会見が11月24日(土)、有楽町朝日ホールスクエアBで開かれ、コンペティション部門の受賞結果が発表された。
最初に発表されたのは、東京学生映画祭が主催する「学生審査員賞」。約1時間にわたる3Dの長回し撮影で注目を集めたビー・ガン監督の『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(仮題)』が選ばれ、審査員の石井達也さん(東放学園映画専門学校卒)、久米修人(日本映画大学)さんが「映画表現へのこの革命的ギャンブルは、新たな扉を叩いただろう。そして、映画に対する確固たる愛と覚悟を見せつけ、僕らの背中も大きく押してくれた」との授賞理由を読み上げた。ビー監督の代理で出席したプロデューサーのシャン・ゾーロンさんは、「これは特別な賞。決してわかりやすい映画ではありませんが、学生映画賞を受賞することで若い人に楽しんでいただけるというお墨付きをいただけたことはとてもうれしい」と語った。
続けて国際審査員による賞が発表された。まず、スペシャル・メンション(選外佳作)に今回のコンペで唯一の日本映画である広瀬奈々子監督の「夜明け」が選ばれた。審査員のジーン・ノさん(スクリーン・インターナショナル誌韓国特派員)が「完璧な脚本を映像化した家族ドラマでした。柳楽優弥さんが非常にパワフルな演技で、自分の人生を模索する青年を表現した。このように力のある若い女性監督が登場したことは、日本の映画の将来にとっても大きな希望だと私たちは感じました」と授賞理由を説明。広瀬監督は「このラインナップのなかに選ばれただけでも非常に光栄なこと。アジアの力のある作品のなかで、私の「夜明け」がアジア映画の一つとして認められたことはとても嬉しく誇りに思います。私はこれがデビュー作で、監督としてはまだ生まれたてですが、これから2作目、3作目と新たなことに挑戦し、作品を作り続け、この賞に恥じないキャリアを積んでいきたい。今日はその覚悟をいただいたと思います。ありがとうございました」と喜びを語った。
審査員特別賞はペマツェテン監督の『轢き殺された羊』。審査員のモーリー・スリヤ監督は授賞理由の中で本作を「チベットの箴言で幕を開けるポップな西部劇ロードムービー」と称した。長編第2作の『オールド・ドッグ』(2010年)、第3作の『タルロ』(2015年)でフィルメックスの最優秀作品賞を2度受賞しているペマツェテン監督は「素晴らしい賞をいただき感謝いたします。私の作品は『オールド・ドッグ』以降ずっとフィルメックスで上映していただいていますが、いつも高い評価をいただいきありがたく思っています。フィルメックスと私の映画にご縁を感じています。できればこの作品が日本で公開され、多くの皆様にご覧いだたき、チベット人やチベット文化に対する理解を深めていただくことができればうれしいです」と語った。
最優秀作品賞はセルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督の『アイカ(原題)』。審査委員長のウェイン・ワン監督は「私たち審査員は毎日2~3本を見たわけですが、どれも個性的で力のある作品ばかりで、受賞作を選ぶのはとにかく難しかった」と審査過程を振り返り、最高賞に『アイカ』を選んだ理由を次のように説明した。「25歳のキルギス人女性が出産し、赤ん坊を残して産院から逃走します。彼女は多額の借金を背負っていて、いくつもの仕事をかけもちしなければならない。彼女の肉体的な苦痛も描かれます。モスクワに暮らす移民として様々な困難を生き抜こうとする姿も。これは現代のどこの国でも起こりえる普遍的な物語です。不法滞在、移民といった問題は各地にある。また、米国では保守派が中絶を非合法化しようとする動きも出ています。米国市民として、個人として、私は最初のフレームからこの作品に心をつかまれ、引き込まれました。それが最後まで続きました。そして、最後のシーン。主人公の行動に私は強い共感を抱きました。映画でこんなことをやってのけるのは簡単なことではない。とてもパワフルでとても誠実なこの映画に賞を与えたいと決めました」
ドヴォルツェヴォイ監督は「まず最初に皆様に感謝いたします。そして、私の映画を非常によくご理解いただいたことをうれしく思います。10年前に私の最初の映画『トゥルパン』が東京国際映画祭でグランプリを受賞しました。今回2作目の映画がフィルメックスで賞をいただきとてもうれしいく思っています。と同時に、これはどういうご縁なのかなとも考えています。たぶん、日本の文化とロシアの文化、そして中央アジアの文化のつながりの深さが根底にあるのではないかと思います。日本に来るたびに、日本との関係の深さ、お互いを理解しあえるものがあるとういことを強く感じていました。今回、皆様とお会いしてその思いを深くしています。この映画はキルギスの女性が主人公ですが、これは『キルギスの女性の問題』ではなく、もっと広く普遍的なことを扱ったつもりです。主人公はキルギスの女性だとしても、私の映画は人間というものをテーマにしています。これはどこでも起こりうる問題、どの国の人も共感できる問題だと思って作品を作りました。世界には様々な考え方があるとは思いますが、どこの国の人が見ても共感できるのが映画の素晴らしさだと感じています。(日本語で)ありがとうございます。I’m happy, thank you」
結果の発表を受けて、司会の市山尚三ディレクターが審査員にあらためてコメントを求めると、エドツワキさん(イラストレーター/アートディレクター)が登壇した。「審査員の他の4人の方々は映画のプロフェッショナル。たぶん私は”飛び道具”として入れて下さったのだと思います(笑)。そういう自覚のもとでのびのびとやらせていただきました。『とにかく全部見て、見終わってから話をしようか』というウェイン監督の方針で、自由な環境で見させてもらった。10作品を見終わって、昨日みんなで自由に話し合った。それぞれに意見を交わして、皆さんの感想から自分が気付かなかったことも発見した。この3作は全員が納得する形で選ぶことができました。本当にこういう機会に参加できて幸せでした。本当におめでとうございます」と審査の様子を語った。
質疑応答に移ると、審査員席のノさんがすっと手を挙げ、「私もジャーナリストなので、皆さんが質問を考えている間に一言いいですか?」とマイクの前に立った。「映画業界で働き始めて20年になりますが、いろんな人からフィルメックスはすごいという噂を聞いていました。プログラムもいいし、監督や作品、そして観客を非常に尊重している、と。20年やってきましたが、とても珍しいことです。もっと大規模で有名な映画祭も数ありますが、こんな評価は聞いたことがない。フィルメックスは小規模な映画祭なので過小評価されているかもしれませんが、世界の映画祭のなかでもきらめく宝石のような存在です。それは誇っていいことです」と笑顔で主催者にエールを送った。
会場のプレスからは審査経過について質問が出た。「審査員の間で評価がはっきり分かれた作品はあるか?」との質問にワン委員長は「最も時間をかけて話し合ったのは『象は静かに座っている』。一部の人が強く推し、別の人が問題点を指摘しまた」と説明。「個人的には、学生審査員賞に決まった『ロング・ジャーニー・イントゥ・ナイト』がどうしても好きになれず、これだけは賞を与えたくないなと思っていました(笑)。そんなことを思ったのも、私が年をとった証拠かもしれません。若い人は別の見方をする。そういうことなのでしょう。ともあれ、それ以外はみんなの意見に大きな相違はありませんでした」
バラエティに富んだコンペ作品をどのような基準で比較したのかという質問には、「科学的な測定基準があればいいのですが、私たちはひたすら映画を見て、お互いの直観を元に話し合った。各自が好きな作品を選んで持ち寄りましたが、トップ3だけを選んだ人も全部に順位をつけた人もいました」。審査員で唯一コンペ作品に1位から10位まで順位をつけたのはエドツワキさん。「エドさんの1位は?」と問われると、「それって、公開処刑ですか?」と笑わせ、「私が最後まで推したのは、ぜひ日本の観客に見せたかった作品。わがままを聞いていただきました。1位は『轢き殺された羊』です」と明かした。
会見は最後まで笑顔が絶えない和やかな雰囲気に包まれ、審査員がそれぞれの意見を自由に語り合い、納得のいく結論に至ったことがうかがえた。審査員の講評や受賞者のコメントにこめられた「受賞作を一人でも多くの観客に届けたい」という思いが実現することを期待したい。
取材・文:深津純子 撮影:吉田(白畑)留美