11月27日(水)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『熱帯雨』が上映された。男子中学生と担任の女性教師の繊細な心の揺れを描いた。上映後のQ &Aには、アンソニー・チェン監督が登壇した。
チェン監督は、2010年に東京フィルメックスの映画人材育成事業「ネクスト・マスターズ・トーキョー」(現タレンツ・トーキョー)に参加している。2013年の第14回東京フィルメックスでは、長編デビュー作『イロイロ ぬくもりの記憶』で観客賞を受賞した。登壇したチェン監督は、「来日した当時を懐かしく思い出しました」と挨拶した。
場内には大勢の観客が詰め掛け、6年ぶりの新作となった本作への期待の高さが伺えた。早速、質疑応答へ。最初の質問は、主演2人に前作と同じキャストを起用した理由について。
チェン監督は、「むしろ、2人以外の役者を探していて、1年半を無駄にしたとも言えます。前作と同じように、主人公の少年には素人をキャスティングしたいと考えていました」と明かした。何百人もの中学生に会い、8ヶ月にわたって毎週ワークショップを行ったが、納得する子は見つからなかった。ある時、チェン監督はシンガポールのTV局のインスタグラムで、学園ドラマに出演している少年を見つけた。プロデューサーに「この子の感じ、いいよね」と伝え、リサーチしたところ、なんとコー・ジャールーさんだと分かった。前作では11才だったので、成長したコーさんに監督も気付かなかったのだという。数ヶ月のワークショップを経て、やはり中学生役はコーさんに決定した。
その時点で、前作で母親役だったヨー・ヤンヤンさんは起用しないと決めていた。しかし、シンガポール、マレーシアで役者を探したものの、適任者が見つからない。もうすぐ撮影が始まるという段階になって、ヨーさんに「適任だと思うから、脚本を読んでみて」と伝えたという。ヨーさんにいくつかのシーンを演じてもらい、最終決定した。
劇中、コーさんは見事な武術太極拳を披露する。チェン監督は、「この設定は、コー・ジャールーに合わせて脚本を変えた部分です」と説明した。コーさんは6才の頃から、武術太極拳の競技大会に出ていたという。しかし、数年前に辞めていたため、少し体重が増えていた。そこで、チェン監督はコーさんに2つの課題を出した。「1.痩せる」「2.コーチの特訓を受ける」。指導は、シンガポールの代表チームのコーチに依頼し、金メダルを獲ってもおかしくないレベルに鍛えてもらった。特訓は、6-8ヶ月にわたり、週3-4日のペースで行われたという。
続いて、演出の工夫について問われた。
「予算や撮影日数が限られているので、時系列で撮るのは無理でした。それに、シンガポールは制約が多いので、撮影自体がなかなか難しいのです」と言い、前作と同様に、入念にリハーサルを重ねたことがその秘訣だと語った。
また、コーさんについて、「才能があり、何でもできてしまう器用さがあるからか、少し怠慢なところがあって、彼が唯一、撮影の現場に脚本を持って来ない俳優でした。でも、彼が唯一、台詞を忘れない俳優なんです」と明かした。
ヨーさん演じるリンは、半身麻痺の義理の父の介護をしている。義理の父を演じたのは、実際に障害を持つ方かとの質問に、チェン監督は「ヤン・シービンさんは、舞台で1960年代から活躍する俳優で、現在でも年間3-4作品は出演しています。71才ですが、いたって健康です。彼には撮影前に病院で過ごしてもらい、半身麻痺の高齢者の動作を観察してもらいました」と語った。
また、主人公をマレーシア出身の中国語教師という設定にしたのは、マレーシア出身のヨーさんに合わせたのか、との質問に、「あまり知られていませんが、シンガポールの中国語教師の半数以上はマレーシア人なんです」とチェン監督。「シンガポールでは、法的な手続きから友人・家族との会話にいたるまで、英語が多用されています。7割以上が中華系ですが、中国語のレベルは低く、マレーシアや中国などから教師を“輸入”しなくてはなりません」と作品の背景を説明した。
まだ多くの手が挙がっていたが、ここで質疑応答が終了。最後に客席と一緒に記念写真を撮るなど、チェン監督もひさしぶりの登壇を楽しんだようだった。
(文・宇野由希子/写真・明田川志保、白畑留美)