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水曜シネマ・アカデミー<字幕翻訳セミナー>


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 11月9日、第17回 東京フィルメックスのプレ企画「水曜シネマ・アカデミー<字幕翻訳セミナー>」が、外苑前にある三越伊勢丹ホールディングスが運営する会員制サロン「3rd_PAGE」にて開催された。登壇したのは進行役に字幕文化研究会、翻訳家の樋口裕子さん、ゲスト講師に字幕翻訳家・映画評論家の齋藤敦子さんのお二人。東京フィルメックスの関連企画の中でも息の長いこの字幕翻訳セミナーは、樋口さんの提案で2009年より開催。字幕翻訳についての深いトークに加え、プロの翻訳家から実際にレクチャ-も受けられる贅沢な内容が毎年評判となっている。ゲスト講師の斎藤敦子さんは、アカデミー賞受賞作品など多くの映画作品の字幕を手がける一方、映画評論家としても各地の映画祭を取材されるなど精力的に活動され、昨年のフィルメックスでは審査員も務めた。進行役の樋口裕子さんは、中国映画の字幕翻訳・通訳としてご活躍され、フィルメックスではQ&Aの中国語通訳としてもおなじみの顔となっている。初めての参加者も多い中、歴代のフィルメックス作品にも造詣が深いお二人による、軽快な字幕翻訳トークが繰り広げられた。

まずは字幕翻訳の制作過程の説明から。作品映像チェックの後、セリフを画面に割り振る「ハコ書き」、セリフの長さを計る「スポッティング」を経て、翻訳作業、映像に字幕をのせた仮ミックスのチェック、初号試写へと進む。最近ではデジタル処理だが、昔は原稿用紙を使っていたそう。斎藤さんは「ホラー映画やアクション映画はセリフが少なくて翻訳作業が楽な場合も。でも実際にやってみると、ホラー独特の約束事やシチュエーションがわからないと前後がつながらずに難しかったりして」と豊富な経験をうかがわせるエピソードを披露。「ハコ書き」「スポッティング」は特に重要で、ハコ5割、翻訳5割というほどという。「日本語のリズムがあるから、セリフの割り方がよくないとすっと読めなくなる(樋口さん)」「その音とかリズムはすごく大事で、長くても疲れるからダメ。そのさじ加減は経験かな(斎藤さん)」と話すお二人に、字幕翻訳におけるハコ書きとスポッティングの重要性がうかがえた。

img_0978セリフの文字数は1秒4文字が基本。斉藤さんは「昔のフランス映画はセリフが早口で大変だったり、言葉の味わいがなくなって、あらすじみたいな字幕になったり。面白みがなくなっちゃうよね」とその苦労を語る。最近では、字幕に漢字を使わない風潮もあり「最近の翻訳で“惚れるな”というセリフをひらがなにしますか、と言われたのだけど、これは漢字でしか伝わらないので、“ルビ(振り仮名)”でとお願いしました」と樋口さんが実際のエピソードを紹介する場面も。

その後、仮ミックス、初号試写で翻訳作業は完了となる。昔は仮ミックスの過程がなかったので「初号試写でオスメス違い(男女のセリフが入れ違っていること)とか、間違いを見つけて試写室で叫んだこともあります(笑)」と話す斉藤さん。字幕翻訳の制作過程の苦労やコツについて、経験を交えながらユーモアたっぷりに話してくれた。

 参加者からの「日米同時公開作品の翻訳はどうするのか」という質問に「編集作業をしているアメリカでやったと思います。大変だったんじゃないかな」と答えた斉藤さん。ここで、ご自身が字幕翻訳を手がけ、アカデミー賞作品賞・脚本賞を受賞した作品『スポットライト 世紀のスクープ』(2015)の翻訳作業の大変さを振り返った。「まだクレジットもついていない2時間半くらいの作品を4日間でやりました。野球、新聞社、ゴルフのシーンが多くて用語の翻訳が大変で」と話し、ゴルフ場でのバイト経験が役に立ったという意外な一面も明かした。新聞社などは役職名などが特殊で専門用語のリサーチが必須という。地域や新聞社によって呼び方が違ったり、専門的すぎても一般の方にわからないのでダメ、と細かく指摘した。続いて「通常1~2週間でやる作品の字幕翻訳を4日でどのように終えたのか」という問いには「朝から晩まで(笑)。大変だけど、字幕は流れがあるから。集中してやらないといい字幕にならない」と斎藤さん。フィルメックス上映作品の翻訳を明日から手がけるという樋口さんに「コツはわからなかったら飛ばして進めること。流れを作って後から戻って訳すと、映画が言っていることや監督の意図や流れが見えてわかったりするので。スピードが大事」ときっぱりアドバイスしつつも「時々訳し忘れたところもあった(笑)」と会場の笑いを誘った。

img_0991ここからは字幕翻訳講座へ。今年度のフィルメックス上映作品からエラン・コリリン監督の『山のかなたに』を取り上げる。「ミュージカルみたいに色んな要素をモザイクのようにつなぎながら今のイスラエルを描いている作品(斎藤さん)」という、注目のイスラエル映画。一見バラバラに見える4人家族を中心に物語は進む。元軍人で民間企業への転職に失敗を繰り返す不器用な父、デモに参加するリベラルな娘。そんな二人と娘のボーイフレンドが登場する冒頭のシーンをケーススタディに取り上げた。仮ミックスの上映後、セリフの文字数制限に苦戦しながら字幕翻訳に挑戦する参加者に「だらだら訳すとテンポが出ないのでシンプルに。一人称にも色々あるので(斎藤さん)」「前後も見ながらどの部分を絶対を残すかを判断して(樋口さん)」と細やかにアドバイスするお二人。

 参加者の一人が「I can’t. we’re leaving」を「無理よ、私たち行かなくちゃ」と訳したことに対して斉藤さんは「何処へ行くんだろう?と一瞬でも観客に疑問に思わせる訳はダメ。“用がある”ならいいよね」と字幕翻訳特有の繊細な言葉選びについて説明した。また「protest(デモ)」という単語が出た場面では「イスラエルでは意味がある言葉になる」と斉藤さん。会話する父と娘の政治的主張の違いを説明し、ストーリー展開にも関わる部分だと説明。「あらかじめ社会情勢や国情を理解していないと、勘違いすることがありますね(樋口さん)」「監督自身の考えや主張、前作の方向性などを知っておくことは基本です(斎藤さん)」と字幕翻訳家の心構えや幅広い知識の必要性を語った。

最後に、斎藤さんが手がけた字幕の映像を上映し、一人称の選び方、若者が実際に使っている言葉などにも話題が及んだ。プロフェッショナルな字幕翻訳家お二人の的確なアドバイスと「仮ミックスの作品を題材にできるのはこの東京フィルメックスのセミナーだけ(樋口さん)」という贅沢な字幕翻訳セミナーとなった。

 今年のフィルメックスの見どころについては「講座で取り上げた『山のかなたに』は、イスラエルの現代文学や音楽も入っていて、イスラエルの現状が見られるリズムのある面白い映画」と紹介した斎藤さん、最近のイスラエル映画はいい作品が多いと評した。「フィルメックスでは骨太で戦っている作品が沢山観られますので、ぜひフィルメックスで映画を観てください(樋口さん)」と締めくくり、惜しまれつつ終わりを迎えたセミナーとなった。

ケーススタディに取り上げた、エラン・コリリン監督の『山のかなたに』は、東京フィルメックス特集上映作品として11月22日(火)18:50~、25日(金)15:50~有楽町朝日ホールにて上映予定。

(取材・文:入江美穂、撮影:明田川志保)

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