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『氷の下』ツァイ・シャンジュン監督Q&A


11月21日(火)有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『氷の下』が上映され、ツァイ・シャンジュン監督がQ&Aに登壇した。ツァイ監督は第12回東京フィルメックスにて特別招待作品として『人山人海』(2011)が上映されて以来2度目の参加。本作は今年の上海国際映画祭で上映され、主演のホァン・ボーさんが男優賞を受賞した。Q&A冒頭に、ツァイ監督は「私の映画を観に来てくださった観客の皆さんに心からお礼申し上げます」と挨拶した。
司会の市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターは、「フィルム・ノワールのスタイルを現代中国を舞台に展開していることが面白い」とコメントし、撮影の迫力、ホァンさんの演技の素晴らしさを称賛した。
観客との質疑応答に先立ち、この題材を選んだ理由を市山Pディレクターが尋ねると、ツァイ監督は本作の構想は前作『人山人海』を撮る前からあったと応じた。『人山人海』では中国の現状に対する怒りと批判を盛り込んだが、新たに映画を撮るのであれば「大きく変化する社会の中で、底辺で生きる人々の魂や心がどのように揺れ動くかということを撮らねばならないと思いました」とツァイ監督。続けて「中国では富裕層が増えていますが、そうではない人々がどのような人生を過ごしているか、お金についてどう考えているかを軽視してしまいがちです」と語った。普通の人間がどのように生きるかというテーマは、本作の英題である『The Conformist』(「流れにまかせて生きる人」の意味)にあらわれている。「時代の大きな流れの中で人間は必死にあがいて生きている、でも流されてしまう。そんな虚しい思いが込められています」
ロケ地について尋ねられると、「冬の冷たい、きりっとした雰囲気が欲しかった」というツァイ監督。舞台は中国とロシアの国境地帯に位置するハバロフスク。少し前には中国国内でも金儲けができる場所として名高く、チャンスを求めてロシア、韓国、中国から人々が押し寄せていたが、同時に犯罪の温床でもあったという。監督は「燃えたぎるように熱い人間の欲望を覆い隠しており、外からは氷に覆われたように冷たく見える」と説明した。
客席との質疑応答に移ると、ラストシーンについて「まるで幻想のよう」という観客からその意図を尋ねる質問が寄せられた。監督は「私があのシーンで表現したかったのは人間の動物性でした。比喩のようなものだが、幻想だと感じられたなら、それもひとつの正解」と応じた。「本作のラスト5分の展開は、全く違う映画になったかのように思わせたい、と思いながら脚本を書きました」と説明した。実は、登場人物が幻覚を起こす薬を飲む、というシーンをラスト直前に入れようと撮っていたが、違法な薬物が登場するという点でカットせざるをえなくなったのだという。結果、観客の皆さんが理解しづらいシーンになったかもしれないとツァイ監督。市山Pディレクターは、「説明的なくだりがないことで、むしろ面白くなったのでは」と応じた。
続いて、「近年『薄氷の殺人』(2014、ディアオ・イーナン監督)や『迫り来る嵐』(2017、ドン・ユエ監督)のようにフィルム・ノワールの作品が増えているように思うが、今後中国映画界で主流となっていくでしょうか」という質問が上がった。ツァイ監督は「フィルム・ノワールの定義については難しいところですが」と前置きし、「フィルム・ノワールの形式を用いて映画を作るということは、映画における人間の描き方の多様性を増やすということですから、良いことだと思います」と応じた。
中国から来たという観客からは「作品を見てコンセプト性が強い印象を受けたが、脚本を書くときにはストーリーとコンセプトのどちらを重視しているのか」という質問が寄せられた。ツァイ監督が脚本を書く時に明確に考えていたのは、「ストーリーを2時間以内におさめ、映画を終わらせなければならない」ということだったという。一方で「ある事件が起きると、その事件の行方をすぐに追うのではなく、そのことにまつわる、いろんな生活、人が生きている周囲のことをきちんと描こう」と考えていたそうだ。「変化が起こり、登場人物は判断を下す。判断によって選択が生じる。さらにその選択で物語が前に進む。因果関係を明確にした伝統的な物語の進め方とは異なっています。1、2、3と順序立てて作るのではなく、1から3にいきなり飛び、4に来た時に2の理由が語られるような、飛躍した作り方が私は好きなんです」とツァイ監督。その作風は観客にも頭を使って観てもらわないと理解できないかもしれない、とも。
ツァイ監督は脚本家としても活躍しており、本作とはまったく違った雰囲気の『こころの湯』(1999、チャン・ヤン監督)のような作品を担当している。本作は本年の金馬奨において、主演男優部門でホァンさんが、音響部門でウェン・ボーさんがノミネートされている。発表は11月25日。期待して賞の行方を見守りたい。
(取材・文:谷口秀平、撮影:吉田留美)

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