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【レポート】「タレンツ・トーキョー2018」オープンキャンパス 〜海外セールスと国際共同製作 一般的な傾向とアジア映画に焦点を当てて〜


第19回東京フィルメックスと並行して開催中の人材育成事業「タレンツ・トーキョー2018」のオープン・キャンパスが11月22日(木)にあり、メイン講師のひとりでフランスの大手映画配給・制作会社MK2 Filmsマネージング・ディレクターのジュリエット・シュラメックさんが「海外セールスと国際共同製作 一般的な傾向とアジア映画に焦点を当てて」と題して講演した。

シュラメックさんは、MK2 Filmsで映画のワールドセールスや共同製作を担当。同社は海外の著名監督の作品を600本以上扱っており、シュラメックさんもジャ・ジャンクー、パヴェウ・ハヴリコフスキ、黒沢清、河瀬直美、深田晃司、濱口竜介といった監督の作品を手がけてきた。講演では、セールスエージェントの視点から、国際映画祭で映画を売るための様々な戦略を具体的に紹介した。
今年のカンヌ国際映画祭のコンペティション作品21本のうち15本、昨年は19本中10本のワールドセールスをフランスの会社が扱った。「これにはフランス特有の歴史がある。シネマはフランスで発明され、カンヌもここで開催されます。映画館の入場料収入の11%を政府に納めて劇場や映画製作の支援に回す仕組みもある。このようにダイナミックでよく管理されたシステムの存在が先ほどの数字につながっています」とシュラメックさん。国際共同製作では、映画振興組織のCNC(国立映画センター)とフランス国内のテレビ局、配給会社の三者が主要な資金源。単に資金を出資するだけでなく、フランスの人材が製作にも関わるなどの「フランス的な要素」を盛り込むことも求められる。「共同製作とは、資金面だけにとどまらない、よりアーティステックなものなのです」

製作者から映画の国際的な権利を買い取って世界各地の配給会社に販売するセールスエージェントの仕事も「単に権利を売ってお金を儲けるだけではない」と言う。海外向けのタイトルの決定、ポスターや予告編などのマーケットツールの作成、プレミア上映の時期、プレス対応など、作品をより多くの国々に届けるために様々な戦略を立てる。また脚本段階から撮影後のポストプロダクション段階まで、資金面でのサポートも担当するという。
マーケティングでまず大切なのが、作品の題名を決めること。「すべての作品名は製作者や監督を交えて議論した上で決定します。数週間かかることもある。タイトルが、マーケットでの作品のポジションを決めることにもなるからです」
例えば、河瀬監督の『2つ目の窓』は奄美大島の海が中心的なモチーフなので、水をアピールした「Still the Water」に。深田監督の『淵に立つ』はそのまま英語に訳せなかったため、「音楽」と「家族の調和」という二つの意味を重ねて「Harmonium」と名付けた。濱口監督の『寝ても覚めても』も英訳は不可能。「決定するまでかなり大変でしたが、結局『Asako I&II』に。ゴダールなどのヌーヴェルヴァーグ作品のような新しさと古き良きエレガンスを兼ね備えた作品なので、このヌーヴェルヴァーグ的なタイトルは成功しました」

写真や予告編、ポスターの作成も重要な仕事。予告編は一般観客向けの「トレーラー」、バイヤー向けの「プロモリール」の2種類を作る。プロモリールは作品内容をより詳しく伝えるため、トレーラーよりも長めのことが多い。サンプルとして上映した河瀬監督の『あん』のプロモリールには、トレーラーには出てこないらい病をめぐる場面も登場した。
こうした戦略の主舞台となるのが国際映画祭。サンダンス、ベルリン、カンヌ、香港、ヴェネチア、トロント、釜山などの有力映画祭は期間中に会場内にマーケットを併設し、ここで作品の権利が取引される。どの映画祭でプレミア上映するかは映画のその後を決める重要な要素。「特にアジア映画は欧米の映画祭への参加が大きな意味を持つ」と言う。

日本映画の実例も詳しく紹介された。まず、MK2では初の河瀬監督作品となった『2つ目の窓』のケース。2014年5月のカンヌのコンペティションでのプレミア上映を目標にしたが、マーケティングは同年2月のベルリンから展開した。「年明け早々でどこの社もまだ映画を買っていないので資金的に余裕があり、カンヌ向けの作品への期待も高い。撮影が終わったばかりでしたが、ぜひともベルリンでプロモリールを流したくて、河瀬さんから直接ラッシュ映像を送ってもらって作成しました」。
 
カンヌのコンペ入りを果たすと、次の重要課題は上映日。「カンヌは水曜日に開幕し、翌週末に終わる。最初の週末から月曜日にかけてが一番人気のタイミング。コンペ作品は毎日17時・20時・22時の3回上映枠があり、20時が最もいいとされる。約20本の作品が揃ってこの枠を狙うのですから、まさに闘いです」。結局、上映日は火曜日に。時間はプレスがバイヤーや一般客が同じ会場で見る17時をあえて選んだ。「ジャーナリストは自分の好みははっきりしていても、その作品が一般受けするかどうかはわからない。だから、様々な客層と一緒に鑑賞し、終映後に観客の感想も聞ける17時にしました。悪くない選択だったと思います」。上映終了後のスタンディングオベーションは11分とこの年最も長く、SNSでも情報が広まり、作品は40か国以上に売れた。

河瀬監督の『あん』は、2年連続のカンヌは難しいだろうとヴェネチアのコンペを考えたが、製作者側の意向を受けてカンヌの「ある視点」部門に。「これはかなり難しい決断でしたが、上映枠にも恵まれ、世界70カ国に売れました。食べ物が出てくるので『2つ目の窓』より売りやすかった面も。公開も成功し、フランス、スペインでは大人気、スウェーデン、スイス、ドイツでもヒットしました」
国際的な知名度がある河瀬監督とは違い、深田晃司監督の『淵に立つ』の場合は、認知度ゼロからの出発だった。プロモリールをベルリンで上映してプリセールをいくつか決め、バイヤーの間に「日本から何かいい作品がカンヌに出るらしい」という噂を広めていった。カンヌの選定委員会にもかなり早い時期から接触した。「『深田晃司とは何者?』という状態だったからこそ、新鮮な目で見てほしかった。セレクションの終盤にはかなりの大作が入って来るので、その前に選考委員にいち早く見てもらい、新たな才能を”発見”してもらおうと熱心に動きました」。2016年のカンヌ「ある視点」部門に入り、審査員賞を受賞。「スリラーの要素があったので、日本映画がなかなか売れない米国の配給会社も食指を伸ばしました」

濱口監督の『寝ても覚めても』も、同じ戦略を使い、ベルリンからセールスを立ち上げた。こちらも海外ではまだ無名の監督ということでプロモリールに力を入れた。「最初に作ってもらった映像はいまいち。この作品には女性の感覚が必要だと考え、個人でやっている別の映画編集者に改めて依頼し、素晴らしいプロモリールを作ってもらいました」。今年のカンヌのコンペでプレミア上映され、米国を含む28地域に販売された。
「作品の成功はディテールの良し悪しにかかっている。どの作品を誰にやってもらうかの選択は重要。ディテールにとにかくこだわれ! と申し上げたい」。パートナーの配給会社を決める際も、「会社の大きさよりも、映画を理解し、一緒に戦略を構築し、どうすればその国で成功できるかを具体的につかんでいる点を重視する。私たちが映画セールスに賭けるのと同じパッションを持って配給してくれる相手を見つけることが重要です」と話す。
こだわりの一端を示すポスターの数々も会場のプロジェクターで紹介した。『淵に立つ』ではシーツの間から浅野忠信さんが顔をのぞかせるカットを採用した。「とてもパワフルな写真。新鮮でスリリングな作品だということが一目でわかり、好評でした」。カンヌのバイヤー向けに作成した『寝ても覚めても』のポスターは、ヒロインが開いたドアの向こうに2人の男性が立っているカットを使った。「『これは何だ?』と思わせる謎めいた雰囲気。この映画の本質である一人二役ということも訴えたかった」。
 
ただし、手塩にかけたポスターやタイトルが公開時には別のものになることも珍しくない。『淵に立つ』のフランス公開用ポスターは障子の向こうに日本庭園が広がる和室でオルガンを弾く人物のカットに。『寝ても覚めても』は美しい女性を前面に押し出したいという配給会社の希望でヒロインのアップに桜を散らした。「フランスでは『日本映画のポスターには桜が必須』とも言われ、これが標準パターンになっています」。ポスターを見比べることで、バイヤー向けと観客向けのアピールポイントの違いや、世界各地のマーケットの嗜好が伝わってくる。
参加者との質疑応答では、国ごとの販売戦略の違いに関する質問が複数寄せられた。芸術作品なのでバージョンを変えることはぜす、検閲でカットが必要な場合は契約しないことも。また、中国向けでは検閲が厳しい劇場用とより緩やかな配信用に分けて権利を販売するケースもあるという。イスラム圏では性描写のほか豚肉もタブーになるため、中東の航空会社に機内上映用作品を売る際に「ソーセージの場面をカットしてほしい」といった「珍しい条件」が加わることもあるという。いずれの場合も「製作者側とその都度相談して対応しています」。映画学校の学生からはセールスエージェントにアプローチする方法を尋ねた。「私たちとの窓口になるのはプロデューサー。なので、若い監督はいいプロデューサーと組んでほしい。監督・プロデューサー・セールスエージェント・各地の配給会社が信頼とスキルを備えたで適切なコネクションを持つことが大切です」
 

シュラメックさん自身が濱口監督の存在を知ったのも、信頼する知人の勧めがきっかけだった。「土曜日に子供をシッターさんに預けて『ハッピーアワー』に駆けつけ、大いに気に入りました。配給のパートナー選びもプロモツール作成も、結局は人と人とのつながりが一番大切です」。細部を大事にし、目標に向かって様々なアイデアを実行に移し、それぞれの分野で信頼できる仲間を増やす。そんなベーシックなことの積み重ねが、様々な国の観客に映画を届けている。
文責:深津純子 撮影:吉田(白畑)留美

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