【レポート】「つつんで、ひらいて」広瀬奈々子監督Q&A

11月24日(日)、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『つつんで、ひらいて』が上映された。1万5000冊以上もの書籍の装幀を手掛ける、菊地信義さんを追ったドキュメンタリー。上映後のQ &Aには広瀬奈々子監督が登壇した。

昨年、長編監督デビュー作となる『夜明け』(’18)で、第19回東京フィルメックス・コンペティション部門に選出され、スペシャル・メンションを授与された広瀬監督。今年で2回目の参加となるが、「フィルメックスに来ると、ちょっと背筋が伸びます」と心境を述べた。

当初は、ドキュメンタリーをデビュー作にしようと考え、『夜明け』より前に本作を撮り始めていたという。制作の経緯を、市山尚三 東京フィルメックス・ディレクターより尋ねられると、1冊の本がきっかけになったと語った。

「私の父が装幀家で、11年ほど前に亡くなったのですが、改めて装幀はどういう仕事だったのかをふと知りたくなったのです。菊地さんのお名前は以前から知っていましたが、実家の本棚にあった菊地さんの著書『装幀談義』(筑摩書房)を読んで、初めて装幀の仕事を理解できました。それまでは、カバーをデザインする仕事、くらいの認識でしたが、本の中身を重層的に捉えてデザインし、様々な制約の中で行う仕事だと知って、興味が湧きました。何よりアーティストではなく、あくまで裏方に徹する職人的な姿勢に惹かれ、菊地さんにお会いしてみたいと思ったのです」

初めて菊地さんと会ったのは、映画にも登場する銀座の喫茶店「樹の花」。その時は、「僕は映像が嫌いなんです」と言い捨てられてしまったそう。ショックを受け、もうダメだと思った広瀬監督だが、1~2ヶ月後に再会した時の菊地さんの反応は全く違っていた。

「『いいこと思いついたんだよ』って言うんですよ。『僕の頭に小さなカメラを取りつけるのはどうか』って、言い出して。おかしな人だなぁと思いました。菊地さんには、そういう演出家の側面があるんです」

その一面は、撮影が始まってからも随所に現れた。

「私がこういうシーンを撮りたいとお願いしたら、『それは違うんじゃないか。もっと別のアイディアを考えてみてくれ』と言われてしまうことが多かった。この作品は、本当に菊地さんとの共作と言っていいと思います」

映画では、「仕事を少しずつフェードアウトさせていきたい」と語っていた菊地さんだが、映画完成後には、装幀者人生において、「第4期に入っている」と前向きな姿勢を見せていたという。

「銀座の事務所はたたみ、鎌倉のご自宅で作業されているのですが、これからはやりたいことしかやらないと。映画の宣伝活動でも非常に生き生きとしています。装幀という仕事が、しっかり世の中に認知してもらえるように、逆にこの映画が利用されているような印象も受けました」

 

観客からはまず、ナレーションは入れず、必要に応じてテロップで説明する方法を選んだ理由について問われた。

「本来であれば、自分の声も排除すべきかなとも思ったのですが、あえて菊地さんとの会話の中で見せていく作りにしたので、第三者を入れるのは考えにくかった。できるだけ、本を読んだときの読後感に近づけたかったので、ナレーションという選択肢は排除しました」と広瀬監督。

 

続いての質問は、紙を映像で表現する上での工夫を問うもの。広瀬監督は、「菊地さんが装幀をする上で、一番大切にしているのは手触り。それを映像で表現するのは難しいので、できるだけ五感に訴えるように気を配りました」と説明した。例えば、紙の音を入れたこともその一つ。物撮りはカメラマンに依頼したが、本にどのように照明を当てたら紙の質感や活版印刷の凹凸が出るか、時間をかけて慎重に検討したそうだ。

 

さらに、音へのこだわりについての質問も挙がった。

「今回は自主映画のような形で撮り始め、自分でカメラを回していたので、ほぼカメラマイクで録音しているんです。その限界もあって、ポスプロで懸命に整音しました。

音楽は、菊地さんがお好きなタンゴからイメージして、管楽器が合うんじゃないかと思いました。偶然、ライブでbiobiopatataの演奏を聞き、その手作り感が良くて、すぐに菊地さんの姿が目に浮かびました。それで、彼らにお願いするしかないと思ったのです」

観客の関心の高さを反映してか、次々と手が挙がったが、時間となり、質疑応答が終了。『つつんで、ひらいて』は、12月14日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開される。

 

(文・宇野由希子、写真・明田川志保、穴田香織、白畑留美、王 宏斌)