『鉄くず拾いの物語』ダニス・タノヴィッチ監督Q&A
TOKYO FILMeX ( 2013年11月29日 22:00)
11月29日、有楽町朝日ホールで特別招待作品『鉄くず拾いの物語』が上映された。本作は、ボスニア・ヘルツェゴビナに暮らすロマの女性が、保険証を持っていないために病院で手術を受けられなかったという実際の事件を元にした物語。その出来事を、当事者の出演によって再現するという実験的な試みを行ない、ベルリン国際映画祭で審査員グランプリなど3冠に輝いた。上映後のQ&Aでは、ダニス・タノヴィッチ監督が客席からの質問に答える形で、ロマの人々を取り巻く現状と作品に込めた想いを語ってくれた。
登壇したタノヴィッチ監督はまず、作品が誕生した経緯を語ってくれた。最初のきっかけは、事件を報道した新聞記事だった。それを読んだ監督は当事者の家族に会いに行き、一緒に数日を過ごす中で、映画にしたいと切り出す。「私自身も、当事者が事件を再現するという映画は見たことがありません。最初は彼らも"(映画作りを)やったことがないから"と躊躇していましたが、私もやったことがないので、一緒にトライしてみましょうということでスタートしました」
ロマの生活については、「ボスニアに暮らすロマの90%以上は、正式な形で雇用されておらず、その日暮らしの生活を送っています」とその現状を説明。劇中のように健康保険がなくて病院に通えない人も少なくないという。また、ロマへの対応については現在、ヨーロッパ全体で大きな問題となっており、フランスやルーマニアなどでは右翼勢力の台頭とともに、ロマ排斥の動きが強くなっている。そういった現状に憤りを覚え、「世界中にある問題の多くは、お互いを理解しようとしないことが発端なのではないか」と考えるタノヴィッチ監督は、祖国ボスニアの人たちに向けてこの映画を制作。「厳しい状況の下、彼らが何とか生き抜こうとしている姿を見てほしいという思いを込めて作りました。映画を見て、心に触れるものがあれば、次に同じような場面に遭遇した時、違う接し方ができるかもしれません」と語った。
また、プロの俳優を一切起用していないにも関わらず、わずか9日間で撮影された出演者の演技はとても自然。これについて監督は、「そもそも私は、人間は誰もが役者だと思っています。例えば、相手が自分の恋人の場合と母親の場合では、接し方が変わってきますよね。そういう意味では、人は常に演技をしていると言えます」と持論を披露した。素人を起用することについての不安はなかったようで、出演者の演技にも大いに満足した様子だった。
その結果、1万7千ユーロほど(約230万円)で製作された本作は、ベルリン国際映画祭で3冠に輝き、父親役のナジフ・ムジチさんも銀熊賞(男優賞)を受賞。「ジュード・ロウやマット・デイモンと同じレッドカーペットを彼らが歩き、賞もいただくことができました」とその感想をユーモアで表現した。さらに一家は、新しく男の子にも恵まれ、父親は定職を得て無事に健康保険に加入できたという。「受賞の効果はあったと思います。ベルリン国際映画祭への出品は想定していませんでしたが、彼らの生活の向上も映画の目的の1つだったので、結果的にそういう形で役に立てた事を大変喜んでいます」と作品を越えた成果を満足そうに語ってくれた。
『鉄くず拾いの物語』は、2014年1月11日より新宿武蔵野館を皮切りに、全国順次ロードショー。お近くの劇場に足を運び、日本では窺い知ることのできないロマの現状を描いたこの意欲作を、ぜひその目で確かめてほしい。
(取材・文:井上健一、撮影:白畑留美)
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