『ピクニック』ツァイ・ミンリャン監督Q&A
TOKYO FILMeX ( 2013年11月30日 17:00)
有楽町朝日ホールで11月30日(土)、特別招待作品の『ピクニック』が上映された。上映後にQ&Aを行ったツァイ・ミンリャン監督は、登壇するや、本作の日本公開が決まったことに言及。「私の映画が配給されるというのは、なかなか珍しいことです。私の作品はあまり売れません。何か神秘的な力が働いたのでしょう(笑)」と切り出し、場内は笑いで包まれた。
ツァイ監督自身が配給がついたことに驚いてしまった裏には、それこそ"珍しい"監督独自の映像世界の存在がある。
Q&Aに移り、最初に質問に立ったのは、黒澤明監督のスクリプターを長年務めたことで知られる野上照代さんだった。本作には、ツァイ監督の作品を初期のころからサポートしてきた野上さんをして、「最後のカットがあまりに長い。お好きなんでしょうし、だいぶ我慢したけど(場内爆笑)」と言わしめた14分間に及ぶ長回しが登場する。まず、「率直に意見を述べてくださる野上さんのことがとても好きです」と笑顔を見せたツァイ監督は、「あの長さになったのは俳優が立ち続けられる時間の関係もありますね。もし俳優が20分立っていられたなら、そのまま採用していたと思います。そうしたら野上さんは、二十数分耐えなきゃいけなかったでしょう」と冗談交じりに明かしてくれた。ここで、野上照代さんが作品については、「今の社会における人間の哀しさ。映画の限界に挑戦していて、これ以上できないと思うくらい素晴らしい」と絶賛されていたことも付け加えておきたい。
この印象的な長回しのシーンにはもう一つ、不思議な壁画が登場する。「ちょっとお話させてください」と、ツァイ監督は進んで壁画の由来を明かしてくれた。
登場する壁画は、1871年にジョン・トムソンという英国人写真家が台湾南部の平埔族と呼ばれる先住民の村で撮った古い写真をもとに、ガオ・チュンホン(高俊宏)というアーティストが描いたものだという。「ロケハンをしていたときに偶然出会い、非常に感激した」というツァイ監督。「あれは台湾の原風景です。かつての台湾の風景が、今この現代のセメントで塗り固められた廃墟の壁にあるという不条理。おそらく、誰もがあの風景に憧れを抱きます。かつて存在し、今は存在するかどうか分からない。それが私たちに、人間は何を求めていくのかということを思い出させてくれるのです」と語った。
Q&Aでは客席から多くの手が上がったが、ツァイ監督の言葉にひときわ熱がこもったのは、主演のリー・カンションがキャベツを相手に印象的な演技を見せたシーンに対する質問だ。「リー・カンションのことに触れてくださってありがとうございます。彼は本当に素晴らしい役者です。彼がいなければ、『ピクニック』はなかった。こうも言えます。この映画には、リー・カンション以外何もないのです」と断言。「20年にわたり彼を撮ってきて、そしてついに皆さんが見たのはこのリー・カンションだった。相手がキャベツだろうと、スイカだろうと、バナナだろうと、それは重要ではないのです」と、長年共に歩んできた主演俳優への全幅の信頼をにじませた。
主演俳優だけでなく、撮影方法がフィルムからデジタルになっても変わらないツァイ監督のスタイル。デジタル撮影についての考えを問われると、「皆さんとても想像できないでしょうけど(笑)」と言いつつ、アン・リー監督から「あなたの映画は3Dに向いている」と言われたというエピソードを明かしてくれた。「"3Dは決してアクション映画のために発明されたのではなく、あなたの作品のような映画のためにあるんです"と言われました。敏感な監督というのは、デジタルの使い方についても、鋭敏な感覚を持っているものです」
ツァイ監督は、今年のヴェネチア国際映画祭で本作を最後に引退する意向を表明している。この日最後に出た質問は、その真意を問うものだった。本当にこれで最後なのかと念を押されると、「そうでありたいと思っています」と返答。「もちろん、映画も、映画を撮ることも愛しています。でも、映画を作ることは心理的な焦りも引き起こします。だから私は、黒澤明監督が高齢になるまで撮り続けていたことを羨ましく思うのです。でもそれは監督それぞれ違います。私が映画を撮るということは、神様が私に与えた使命だと思います。もう10本撮ったので十分です」と引退を決意した理由を語り、「もし11本目があるとすれば...」と仮定してこう続けた。
「私の人生は神にゆだねているので、神の定めのままに流れていくものだと考えています。私がもしもう1本作ったとすれば、それは神様に与えられた宿題ですから、"今、ツァイ・ミンリャンはそれを楽しんで、自分が生きたいように生きている"とぜひ思ってください」
そして最後に、「最近の特別な経験」として、もう一つエピソードを語ってくれた。
「30歳の時に黒澤監督の『夢』を観たのですが、あまり好きだと思わなかった。でも、昨年もう1回見る機会があり、大好きになりました。名作と呼ばれる作品は、観る人がそれを受け止められるようになるまで待っているものなのです。私の映画も、皆さんに待っていただける価値があると思います」
商業性の強い娯楽映画が勢いを増す台湾の映画界において、独自のスタイルを貫いてきたツァイ・ミンリャン監督。その最後となる(或いは、なるかもしれない)作品の世界を、日本の映画館でより多くの観客と享受できる日を待ちたい。公開時期、公開館などは未定。
(取材・文:新田理恵、撮影:白畑留美、関戸あゆみ)
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