11月26日、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『ベヒモス』の上映が行われ、Q&Aにチャオ・リャン監督が登壇した。中国・内モンゴル自治区の炭鉱や鉄工所で働く労働者たちを圧倒的な映像で捉えたドキュメンタリー。チャオ監督の『北京陳情村の人々』(09)は第10回東京フィルメックスで上映されている。監督は「前回は次の作品の準備のため来日がかなわず残念でしたが、今回はこの素晴らしい映画祭を体験することができ、嬉しく思っています」と挨拶した。
まず司会の林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターが、広大な風景の中で裸で横たわる人物について訊いた。この作品はダンテの「神曲」と重ねあわせて作られており、「裸の人物はダンテその人を表している」とチャオ監督。そして鏡を背負った男は、ダンテを導く古代の詩人ウェルギリウス。「撮影のため内モンゴルに通ううち、月面のような不毛の大地が、まるでこの世のものではないようだと感じるようになった。地獄の暗闇に入っていく、そんな感覚で撮影地に行っていました」。そんなときプロデューサーから「神曲」を読んでみては、とアドバイスされ、強く意識するようになったという。内モンゴルの各地は神曲の3つの世界(天国、煉獄、地獄)に重ね合わされ、それぞれ青、グレー、赤の色彩で表現されている。ゴーストタウン化した都市オルドスは天国のイメージを与えられており、強烈な青空が印象的だ。
客席からの質疑応答に移ると、『北京陳情村の人々』を観たという観客から「前の作品とまったく異なり、登場する人々が喋らず、表情で物語っているのが印象的だった」という声が寄せられた。
チャオ監督は「前の作品で使ったような、伝統的なドキュメンタリーの手法はもはや使わないことにしようと決めました。自己模倣はしないほうがいい」と応じ、「言葉に頼るのではなく、ビジュアルが物を言うような作品にしたかった。それによって観客に、より豊かな想像の空間を提供したかったのです」と語った。「常に可能性を探り、別のスタイルにチャレンジしたい。芸術の新しい地平を切り拓いていきたいと考えています」
続いて、「撮影したものとどう向き合ったのでしょうか」と、撮影と編集の関係についての質問が上がった。編集は、まず監督自身が5〜10時間のラフカットを作成し、最終作業はパリで行われたという。パリでプロデューサーに紹介されたのは映画編集者ファブリス・ルオーさん。「ラフカットに2ヶ月くらいかかってうんざりしていた」監督が、「もうごちゃごちゃしたものは作りたくない」と伝えると「監督の出したいものに絞って、全体を軽くしよう」と言われたという。監督は「素晴らしい編集者。彼とのコラボレーションは非常に楽しいものでした」と賞賛を贈った。
フランスのTV局アルテで放映したバージョンでは、監督自身のナレーションがついているが、今回上映されたバージョンでは、字幕で示されている。「サイレント映画のように仕上げたかったので、字幕のバージョンの方が好きなんです」
最後に、林ディレクターが「突如現れる巨大な仏像や羊のオブジェなど、奇妙な物体が印象的だった」とコメントすると、「ベヒモス=怪獣のタイトル通り、奇妙なものをいろいろ登場させています」と監督。「作ったわけではなく、その場所に実際にあるもので、目の前にすると強烈なインパクトがありました」。ブラックユーモアや悲哀を感じさせるモチーフとして取り入れられている。
ここで時間となり、Q&Aは終了。会場を後にするチャオ・リャン監督に大きな拍手が贈られた。
(取材・文:花房佳代、撮影:本田広大)