11月25日、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『コインロッカーの女』が上映され、Q&Aにハン・ジュニ監督が登壇した。本作は赤ん坊の頃にコインロッカーに置き去りにされた女性イリョンと、チャイナタウンで闇貸金業を営む「母」マ・ウヒの愛憎関係を描いている。ハン監督の長編デビュー作であり、自ら脚本も執筆した。ハン監督は「東京フィルメックスは、デビュー前からぜひ行きたいと思っていた映画祭でした。皆さんに映画を楽しんでいただけていたら嬉しいです」と挨拶した。
最初の話題は、映画の重要なテーマである「家族」と「食事」について。韓国では「家族」という言葉には、文字通り、血縁関係のある家族の意味のほかに、シック(食口)という一緒に食事をする人たちの意味もある。この作品は、「生き残ること」についての物語のため、衣食住に関するモチーフが頻繁に出てくる。「韓国ではお母さんが子どもに一番よく言う言葉は〝ご飯食べた?〟なんですよ」とハン監督が紹介。闇の組織や擬似の母娘関係など、ノワール的な要素の散りばめられた映画だが、「不思議な温かみのある家族映画として撮影した」とハン監督は説明した。林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターは、「母はご飯を作らないけれど、子どもに食べさせてあげている。男友だちのソッキョンは主人公においしいパスタを作ってあげるというのも印象的ですね」とコメントした。
主人公は、10番のコインロッカーに入っていたことから、韓国語で10を表すイリョンと名付けられている。マ・ウヒの名前にも特別な意味があるのか、と観客から問われると、「私の母の名である〝マ・ウンヒ〟に近い名前にしました。私にとっても親を象徴する名前です」とハン監督。「3代にわたる女性の物語なので、代々何かを受け継ぐというのもこの映画の要素の一つ。母娘の関係はそれぞれにとって未来でもあり、過去でもあるのです」。監督は脚本を書く際、母のことを思い出し、家を守らなくてはいけないという母の抱える悲しみに思いを馳せたと語った。
また、印象的な雨のシーンは、大事な事件が起きるときや、主人公たちの気持ちを表現する一つの機能として使っているのだそうだ。
イリョンはソッキョンのどこに惹かれたのか、と観客から問われると「2人の間に恋愛感情はない」とハン監督。イリョンにとっては、誰かが自分の傷に手を当ててくれたのは初めての経験。人の優しさを感じるきっかけを与えてくれた相手で、それが例えば老人や小さな子どもでも良かったのだという。しかし、ハン監督は「若い男女が登場するのでそういう見方があってもいいと思います」と観客の感性に委ねた。
続いて、撮影技術に関する質問も。「デジタルを使うと色調がバラバラになりやすいですが、この映画ではフィルム並みに色調が統一されていました。また、最近は機材の軽量化でキャメラマンのトラッキングの技術が低下していますが、この映画では移動のスピードもタイミングも見事でした。撮影監督とどういう話し合いをしたのでしょうか」と観客から問われると、ハン監督は「今回はできるだけ色で見せたいという意図がありました」と説明。イリョンは赤、マ・ウヒは緑の色調でできるだけ統一して撮ったのだという。撮影からポストプロダクションの色補正にかけて、美術監督、照明監督、撮影監督を含めて、色に関する話し合いを何度も重ねたと明かした。撮影監督のイ・チェンジェさんはナ・ホンジン監督の『チェイサー』や『哀しき獣』のBカメラを担当していた人物。映画の場面の理解度が高く、撮影技術に長けた方だと紹介した。
最後の話題はキャスティングについて。当初は「脚本が残忍すぎる」という理由で出演を断っていた母役のキム・ヘスさんだが、監督の複数回の説得で出演を快諾。撮影時には役になりきり「残酷な心の持ち主かと思っていたけれど、とても悲しい気持ちがする」と話したという。マ・ウヒの独創的な髪型は、パク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』を担当したヘアメイクのアイディアによるもの。キムさんも「人生に疲れた女性の姿を演じたい」と少しお腹の出た体形にするなど、崩れた姿を見せることに全くためらいがなかったそうだ。
最近では女性が主人公の作品は世界的に見ても製作費を得ることが難しく、脚本執筆時は自主制作の予定だったという。「商業映画として制作できたのはキャスティングに成功したから。素晴らしい俳優陣に恵まれました」とハン監督は出演者を称賛した。『コインロッカーの女』は2016年2月16日より、ヒューマントラストシネマ渋谷にて公開される予定。
(取材・文:宇野由紀子、撮影:村田まゆ)