11月25日、有楽町朝日ホールにてコンペティション作品『消失点』の上映が行われ、ジャッカワーン・ニンタムロン監督がQ&Aに登壇した。タイ出身のニンタムロン監督は劇映画第一作となる本作でロッテルダム国際映画祭タイガー・アワードを受賞。映画は、監督自身の両親が32年前に遭遇した、ショッキングな交通事故の写真のコラージュから始まる。

まず、司会の市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターが、作品にインスピレーションを与えたという両親の事故についてニンタムロン監督に訊いた。監督は「父の運転する車が列車にはねられ、乗っていた二人の命は助かったものの、重傷を負いました」と説明し、「そのとき新聞に載った事故の写真を、親戚の誰かが私の寝室の壁に貼りました。ですから、小さい頃からずっとそれを見て育ったんです」と、写真のイメージが自身に大きな影響を与えたことを明かした。そして「父は事故の後遺症で仕事が続けられなくなり、家族は大変な苦労を負うことになりました。事故のことを後悔しても、今となっては何も変えることはできない。それよりも重要なのは、いかにして今日、明日を生きていくかということ。この映画は個人的な体験、苦しみを掘り下げて作られたのです」と語った。

客席からの最初の質問は、『消失点』というタイトルの意図を問うもの。「消失点とは、死だと考えることができるでしょう」とニンタムロン監督。「人生はある時点で消えてなくなる。それがいつかはわかりません」

「作品の構造が非常に難解で、どのように解釈したらよいか戸惑った」という観客からは、「例えば警察が事件の容疑者を連れて、森の中で実況見分をしているシーンはどのような意味があるのでしょうか？」という質問が上がった。

これに対し監督は、「この作品はコンセプチュアルな方法で作られており、ストーリーが明確でないため、混乱されたかもしれません」と応じ、「最初に見ていただいたのは事故の写真ですが、それは私の記憶の中のイメージでもある。この作品を通して表現したかったことのひとつに、人は自分の記憶をどのように思い出すのか、そしてそれをどのように再構築していくかということがあります」と作品のコンセプトを説明した。

質問の森のシーンについては、「これも記憶をめぐるシーンだと言えます。容疑者の男はクマのぬいぐるみを相手に犯罪の再演をする。しかしそれは本当に被害者に対して行ったことなのか、（恣意的に）再構築した記憶にもとづいて演じているのか？人間は自分の記憶を再構築しつづけるもの。いかにして記憶とともに生きていくのかということがテーマになっています」。

続いて客席からは、「老いた僧が性的な欲望についての夢を語るシーンが印象的で、事故のショットと同じくらい強烈なインパクトがあった」という声が寄せられた。「このシーンでは、映像と時間について表現しようと実験しました」と監督。「僧が話し始めると、やがてカメラが移動し、声だけ聞こえるけれど話し手の姿は見えなくなる。声だけになると、現実と夢の境界がぼやけてきます。旅するように、夢の世界に誘われていく。そして再び僧侶の姿が現れ、我々は現実に戻ってくる。時間の経過によって見えるものが異なるということを示そうとしたのです」

この夢の話に登場する、子どもを身ごもり続ける女性という強烈なキャラクターについて市山Pディレクターが「何か元になった神話や伝説があるのでしょうか？」と質問すると、監督は「このキャラクターを含め、不死の女性のイメージは私が以前から抱いていたもの。ヴィデオ・インスタレーションや短編作品にも登場させています」と説明した。

「オランダで二年間暮らしていた時にインスピレーションを得ました。オランダは安楽死が認められた世界でも数少ない国です。自ら死を選ぶことに対して多くの人が抱く宗教的な罪悪感と、そういった感情を持たずに死に向かうことができる考え方が、対照的で非常に興味深いと思いました。そこから、不死で、呪いをかけられて子を身ごもり続ける女性のキャラクターが生まれたのです。仏教では、人生には死、消失が必ずあるものとされています。死が訪れないとしたら、それは果たして人間と呼べるのでしょうか？」

以上でQ&Aは終了。「会場で監督を見かけたら、どんどん質問してみてください」と市山Pディレクター。「今日は上映に来てくださって本当にありがとうございました」と改めて感謝の言葉を述べたニンタムロン監督に、客席からは大きな拍手が贈られた。

（取材・文：花房佳代、撮影：明田川志保）