11月26日、有楽町朝日ホール11階スクエアBにて、「ワールドセールスの役割と海外展開について」と題したレクチャーが行われた。東京フィルメックス会期中の6日間にわたって開催された映画人材育成プロジェクト「タレンツ・トーキョー2015」の一環として、一般に公開されているもの。講師は、フランスのセールス・エージェント、メメント・フィルムズ・インターナショナルでマネージング・ディレクターを務めるエミリー・ジョルジュさん。メメント・フィルムズがワールドセールスを手がけた、アンソニー・チェン監督のデビュー作『イロイロ ぬくもりの記憶』(第14回東京フィルメックス観客賞受賞)の例を中心にお話いただいた。
メメント・フィルムズ・インターナショナルは12年前に設立され、フランス国内配給とワールドセールスを行っている。ジャ・ジャンクー監督『長江哀歌』(06、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞)、ローラン・カンテ監督『パリ20区、僕たちのクラス』(08、カンヌ国際映画祭パルムドール)、アスガー・ファルハディ監督『別離』(11、ベルリン国際映画祭金熊賞)、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督『雪の轍』(14、カンヌ映画祭パルムドール)といった作品を手掛けている。ジョルジュさんによると一年間に手がける配給作品は6〜8本、セールスは8〜10本ほど。他の会社に比べて非常に限られた数だというが、「一つの作品に時間を掛け丁寧に取り組みたい」ためという。
ジョルジュさんは年に150〜200本ほど、会社に送られてきた脚本を読むそうで、会社全体では400本ほどになる。脚本の段階でセールスを手がけることを決めた場合、監督にはさまざまな助言を与える。『イロイロ』に対しては7つのバージョンを提案したという。一方、『ワンダフル・タウン』(アーティット・アッサラット監督、07)、『長江哀歌』、『別離』といった作品ではほとんど意見を挟むことがなかったそうだ。
とはいえ、脚本段階でセールス・エージェントと契約するのはお勧めしない、とジョルジュさん。エージェントと合わない可能性もあるし、最終的には自分の意志を反映させるべき、という。契約は、映画が完成し映画祭に出品する前がベスト。映画祭は観客やプレスと作品が初めて出会う場所であるため、どの映画祭に出品するかという選択やその場でどのような宣伝を行うかという戦略は、作家のその後のキャリアを相当程度決定することになるからである。
アンソニー・チェン監督とジョルジュさんの出会いは、2010年の東京フィルメックス。タレンツ・トーキョーの前身となるネクスト・マスターズ・トーキョーで講師を務めたジョルジュさんは、最優秀企画賞を獲得した『イロイロ』の構想に注目する。シンガポール出身の監督自身が少年時代に経験したフィリピン人メイドとの交流と別れを元にした物語。「チェン監督はコミュニケーション能力が非常に高い人物で、落ち着きがあり、明確なビジョンを持っていた」とジョルジュさんは賞賛した。
若い映画作家は十分リサーチし、自分に合うエージェントにコンタクトしてチャンスを掴まなければならない。しかし「普通、エージェントは意地が悪いものです」とジョルジュさん。タレンツ・トーキョーで行う5分間のプレゼンテーション演習は彼らにとって貴重な経験だという。短い時間で十分に注意を引き、アピールするスキルは大きな武器となる。
2011年初め、『イロイロ』の企画に対してシンガポール・フィルム・コミッションから50万USドルの支援が与えられるなど資金面での準備は整ったものの、ジョルジュさんは「2011年の間は撮影に入らず、脚本をより良いものにすることに専念するよう助言しました」。作品は2012年に完成し、2013年5月のカンヌ映画祭監督週間に招待されることになる。上映されたのは日曜の午後で、このように注目を集められる時間帯で上映できたことは大きい、とジョルジュさん。効果的な上映時間を得るため、プログラマーとつながりを持つエージェントを伴って映画祭に参加することは大切、とジョルジュさんは強調する。カンヌといえども二週目の水曜日より前に上映できなければ注目を集めることは難しいため、他の映画祭を選んだ方がよい。どの映画祭がベストかはその作品によって異なるが、『イロイロ』の場合は、小さな映画祭では存在感を発揮できなかったかもしれない、とジョルジュさん。そのカンヌで、『イロイロ』はカメラドールを受賞。以降100以上の映画祭で上映され、11月の台湾金馬奨では四冠を達成するなど大きな注目を集めることとなった。
チェン監督は予告編やポスターデザインを自ら提案したという。テーマがよく表現されたメインビジュアルは、多くの国で採用されることになった。メメント・フィルムズでは『イロイロ』のためにフルカラーで詳細なプレスキットを作成したが、通常、若手監督の作品でここまでコストをかけることはない、とジョルジュさんは言う。その後『イロイロ』はヨーロッパで10社、アジアで8社、中東で1社、南米で4社,北米で2社、その他、TVや航空会社にも販売され、非常に成功した例となった。いずれもしっかりした配給会社で、力を入れて宣伝を行ってくれた、とジョルジュさん。
現在、映画のマーケットは「売れるかダメになるか、中庸がなく極端で、非常に厳しい」状況という。テーマが個性的で、人を驚かせるようなコンセプトの作品がヒットする傾向にあるが、非常に個人的でローカルなテーマを扱った『イロイロ』のように、アピールの戦略によって成功する可能性はある。「どちらにせよ、複製や焼き直しではうまくいきません」
セールス・エージェントには熱意と献身が不可欠、とジョルジュさんは強調する。「利益を重視するならば、若い作家の作品は効率が悪いもの。しかし、私たちは可能性に賭けるのです。情熱を持ち、面倒を見てくれるエージェントを選び、ともに歩むべきです」。チェン監督は現在イギリスとアジアを行き来しながら次回作を準備しているといい、「彼はいつでもベストなものを出すと信じている」とジョルジュさんは期待をこめて語った。
「情熱を持ったセールス・エージェント」であるメメント・フィルムズとの出会いを始め、東京で培ったコネクションが『イロイロ』とチェン監督の飛躍につながっている。アジアの若いTalents=才能がふさわしいチャンスをつかむ機会として、タレンツ・トーキョーの今後の発展に注目したい。
(取材・文:花房佳代、撮影:明田川志保)