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映画字幕翻訳セミナー

11月19日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて「映画字幕翻訳セミナー」が開催された。映画評論家、字幕翻訳家の齋藤敦子さんを講師に迎え、齋藤さんが手がけた外国映画の日本語字幕を通して、映画の奥深さに触れる受講者参加型の本講座。毎年好評を博しており、今年で7回目を迎える。齋藤さんは同日に行われた東京フィルメックスの国際批評フォーラム「映画批評の現在、そして未来へ」のラウンドテーブル登壇者も務めている。司会進行は、中国映画の字幕翻訳・通訳としてご活躍され、本企画の発起人でもある字幕文化研究会、翻訳家の樋口裕子さんが担当した。

まずはじめに「字幕に対する長年の問いに、一つの答えが出たかもしれない」と切り出した斎藤さん。その問いとは「字幕はいったい誰のためにどのようにつけられるべきか」というもの。きっかけとなったのは河瀬直美監督の『光』(2017)。『光』は視覚障がい者が映画の内容を理解できるよう、登場人物の動作や情景を言葉で伝える「音声ガイド」を題材として扱っている。『光』を観た齋藤さんは、自身が聴覚障がい者向けの字幕講座を受けたことを思い出し「視覚障がい者と聴覚障がい者が求める情報はそれぞれ違う。それじゃあ双方にとって良い字幕とは何なんだろう」と考えを巡らせるようになったという。そんな折、知人から聴覚障がい者に人気のある字幕翻訳家の話を聞いた。その翻訳家の字幕は英語の熟達者からみると必ずしも正確ではない。だが、エモーションに沿って丁寧につけられており、それが観客の心をうっている。このように「映画を引き立てる字幕こそが、映画字幕における一番重要なことの一つではないか」と齋藤さんは思い至ったという。

続いての話題は、字幕における敬称の扱い方。日本映画の英語字幕で、「○○さん」が「○○san」と訳されていることを発見した齋藤さん。翻訳家に意図を尋ねると「最近は日本の文化が外国でも知られてきていて、”さん付け”は外国人にも自然に理解できると思う」と応えた。それに対し、齋藤さんは「日本の文化圏を知らない観客にとっては、混乱を招く。それにより映画の本筋から気が逸れる可能性があるのでお勧めできない」と、字幕は前知識がない人のためにつけられるべきだと強調した。ここで樋口さんから「最近は字幕をサポート的につけるという考え方もあるが」との問いかけが。齋藤さんは「それは、あくまで外国語が少しは理解できる観客に向けた考え方だと思う。たしかに欧州では、英語の固有名詞や名称の一部を省略する場合もあるが、まだ日本では親切に字幕をつけた方が良いのでは」と応じた。

また、韓国の時代劇についても話が及んだ。李氏朝鮮の王様の敬称は正しくは”殿下”と呼ぶ。なぜなら李氏朝鮮は中国と冊封関係を結び、中国皇帝を名目的な君主と戴いていたからだが、韓国の歴史について詳しくない日本人向けには”陛下”と訳さないと混乱しやすい。「翻訳者自身が当たり前に聞いている音や、研究して知っている知識を客観視して噛み砕く姿勢が大事」との齋藤さんのアドバイスに、受講者も深く感じ入っていた。

 

ここから、いよいよ字幕翻訳講座へ。取り上げる作品は今年度のフィルメックス上映作品で齋藤さんが字幕を担当した『サムイの歌』(ペンエーグ・ラッタナルアーン監督)。「タイが舞台で、フィルムノワールの中でもかなり変わっている作品。あらすじは先に聞かない方が楽しめると思います」と斎藤さん。作中話される言語はタイ語(一部英語)で、英語字幕から日本語字幕が作成された。

受講者には英語字幕の資料が配られ、受講者全員で訳を発表し、斎藤さんが添削していく。ケーススタディで取り上げられたのは冒頭のシーン。事故にあった主人公の女性が病院の駐車場で図々しい男に絡まれるといった内容。「映画にとってファーストシーンはとても重要だけれど、字幕にとっても同じく重要。それはまだ物語について何も分からない観客の心をつかみ、状況や展開を示唆する必要があるから」と齋藤さん。会場にいた、インド映画の字幕翻訳を手がけるアジア映画研究者の松岡環さんによると、このシーンではタイ語の丁寧語で話されているという。松岡さんから「主人公の女性と男性は初対面なのに、ぎこちなく丁寧語で話しているのが面白かった」との感想が上がると、斎藤さんは「このシーンは尺が短かったので、日本語字幕で丁寧語にすると入りきらなくて…」と”1秒につき4文字表記が基本”という字幕翻訳特有の言葉選びの難しさがうかがえた。

続いて、男女がはじめて会話をする場面で、受講者の一人が「Excuse me」を「どうも」と訳したことに対して齋藤さんは「その訳だと以前からお互いを知っていたニュアンスが入り、ミスリードになるのでこの場合は「失礼」の方が良いかな」と細やかにアドバイス。

続いて”ライター”を字幕として何文字としてカウントするかについて議題があがり「文字数通り4文字(齋藤さん)」「傍線はカウントせず3文字(松岡さん)」「場合によっては2文字(樋口さん)」と字幕翻訳者の中でも、意見が分かれる場面も。「チョコレートは1文字としてカウントする人もいるらしい」との樋口さんの話に、齋藤さんは「それはない!」と会場の笑いを誘った。

また「My name’s Guy」を「僕はガイ」と訳した受講者に対して、齋藤さんは「一人称をどうするかは難しい問題。この場面のみでは決めれないので、映画全体を観た上で慎重に決める」とコメント。人称一つとっても、映画の印象を左右してしまう字幕翻訳の繊細さが垣間見えた。また一方で「キムタクが出てきてからオレ率高くなった気がする(齋藤さん)」とベテラン翻訳者ならではのエピソードで会場を和ませてくれた。

最後に、樋口さんが上海の字幕・吹替制作会社のロビーで見つけ、感銘を受けた2つのスローガンが紹介された。一つ目は「剧本翻譯要有“味”」。直訳すると「字幕の翻訳には味わいが必要だ」という意味だが、”味”をどのように訳すかは樋口さんも考え続けているのだそう。二つ目は「配音演員要有“神”」で、こちらは「声優には魂が必要だ」という意味。「高倉健さんの吹替など、名声優を何人も輩出している制作会社なんですよ」と樋口さん。

長年映画翻訳に携わるプロの心に刺さった言葉で締めくくられた本セミナー、例年より短い時間だったが、その分濃密な講義で会場の熱気が感じられるものとなった。

ケーススタディに取り上げた、『サムイの歌』は、フィルメックス特別招待作品として11月24日(金)12:40~有楽町朝日ホールにて2度目の上映が行われる。

(取材・文:高橋直也、撮影:明田川志保)


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