『とんかつ大将』トーク(ゲスト:崔洋一監督)
TOKYO FILMeX ( 2011年11月20日 12:30)
11月20日、東銀座・東劇にて、「限定!川島パラダイス♪」の第2弾トークイベントが、『とんかつ大将』(1952)上映後、ゲストに崔洋一監督を迎えて行われた。司会は市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクター。
崔監督は今回『とんかつ大将』を観て、『しとやかな獣』(62)に代表されるような娯楽作品でありながら耽美的、という川島作品へのイメージとは違っていると感じた、という。1963年に45歳で亡くなるまで、50本以上の作品を残した川島監督の幅の広さを改めて印象づけられたようだ。それを受け、市山Pディレクターから、じつは今回上映される4作品はあえて、代表作とされる『幕末太陽伝』(57)以前の初期作品にスポットを当てる意図をもってセレクトされたということが明かされた。
「戦争が終わって間もない時代。大量生産しながらも川島さんは世界の映画の事情をよくわかっていたのではないか。今日の『とんかつ大将』(52)にしても、ほぼネオリアリズムですよね」と崔監督。敗戦後の大きな変化の時代、長屋に良家のお坊ちゃんが住んでいるという状況に代表されるように、本来なら同じ場所にいられない人間同士が同じ時間を共有することでドラマが生まれる。
崔監督は「社会の図式化された枠組みの狭間にドラマを求めていく、というのは終生変わらぬ姿勢としてあったのではないか」と指摘する。
また崔監督は、川島監督を同じ青森出身の寺山修司と比較し、地方から上京してきたインテリ志向の人間は、大都市と自分を相対的にとらえ否定的になるタイプと、うまく順応していこうとするタイプの二つに分かれるとした上で、寺山が土着的な世界観を重視する、屈折した「天下の大嘘つき」であるのに対し、川島は非常に素直で、ともすれば陳腐な話になりがちなストーリーを、魅力的な「愛すべき人々」を登場させることで巧みに描き出しているとみる。「今回の特集の4作品とも都会が舞台。地方出身ながら田舎が舞台の映画がほとんど思いつかないくらい」と、市山Pディレクター。
続いて、川島監督の助監督を務めた今村昌平監督の話題に。後年川島監督についての本も執筆した、いわば「川島学校」出身者である今村について崔監督は、「人の心をくすぐって笑わせる、ある種のスラップスティックな感覚や、そこにある重み----"重喜劇"と呼ばれる―は川島から継承しています。ただし今村昌平は"世界の都市を包囲する世界の農村"を描く。非常に土着的です。"近代"の辺境にどっしりカメラを据えてそこから人間の深淵のドラマをえぐる。そういう意味では全然違う」と分析。
また技術的な面での発見を崔監督は次のように語った。
「『洲崎パラダイス 赤信号』(56)を観た時と同じように、今回もテクニカルな部分で刺激を受けた。たとえば今どきの若い人たちは全編手持ちカメラで、いわゆるボケ、ブレのある撮り方をするが、この作品にも実は手持ちがある。あと"移動大好き"。あの時代にしては異様なくらい多いですね。だけど観ている側にそれほど「移動だ、手持ちだ」と感じさせない。移動は、作り手の主観を表すことが多いけれど、主観性をあまり感じさせずに、物語の流れとキャメラの動きとが自然に調和しているのが非常に特徴的」
「もう一つ、川島は、動くものから見た風景が好きですね。車窓から流れる風景のイメージ、流動する時間性を逆行するように。たとえば『洲崎〜』のバスの中からの主観。そこから見える都会の全体像に対して交差する人間の視線のような意味合いが、彼の移動するキャメラの中にあると思う。技法的にもモダンで、『とんかつ大将』でも冒頭のだるまの転がるシーンなど、さまざまな試みをしています。しかしながら、見終わったとき観客は自然主義的リアリズムの温かさの中にいる、という不思議な作家です」
崔監督が「淡島千景がすごくキュート!観ればわかります!」と絶賛する『昨日と明日の間』(54)はじめ、市山Pディレクターも「ハリウッド顔負け」と評するコメディ『愛のお荷物』(55)、そして代表作の一つである傑作『洲崎パラダイス 赤信号』、そしてこの『とんかつ大将』の4作品は、英語字幕付きニュープリントで11月25日まで、各日朝10時から、東劇にて上映される。
(取材・文:加々良美保、撮影:永島聡子、村田まゆ)
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