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スクエアイベント「父、中村登を語る」(ゲスト:中村好夫さん)


TOKYO FILMeX (2013年11月27日 19:30)

1127nakamura01.jpg第14回東京フィルメックスの特集として、有楽町朝日ホールとヒューマントラスト有楽町で中村登監督生誕100年を記念した上映が行われている。11月27日には、第70回ヴェネチア国際映画祭クラシック部門で賞賛を集めた『夜の片鱗』を有楽町朝日ホールにて上映。上映前には朝日ホール11階スクエアにて「父、中村登を語る」と題したトークイベントが開催された。ゲストには中村登監督の御子息・中村好夫さんを招き、中村作品の魅力や家族の風景について語っていただいた。元広告マンである好夫さん、サービス精神旺盛なトークに満席の会場は大いに盛り上がった。


まず、林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターから中村監督の略歴が語られた。中村監督は1913年、歌舞伎座付の作者榎本虎彦の次男として誕生。幼くして父と死に別れ、母は清元三味線の家元と再婚、以後中村姓となった。松竹大船撮影所(第1期)に助監督にて入社し、監督した劇映画は82本に及ぶ。1981年、肝臓ガンで亡くなる直前まで、日中合作映画「未完の対局」の準備をしていた。まさに、映画に人生を捧げた中村監督の作品群の中でも、好夫さんご自身、思い出深い3作品(『我が家は楽し』(51)『土砂降り』(57)『夜の片鱗』(64))について、裏話なども交えて紹介していただいた。


『我が家は楽し』は岸惠子のデビュー作で、正当な大船調の映画として知られている。ただ「それだけでは面白くないので」と好夫さん。岸さんデビュー時の秘話、また「大女優の山田五十鈴さんの膝の上でひなあられを食べてしまった」という微笑ましい思い出を明かしてくれた。演出に関しては、短いカットの集積でストーリーを小気味良く展開する手法は初期作品からのものだと分析し「最近の映画だったら2時間30分超えるような映画が、1時間40分で収まっている」と語った。


1127nakamura02.jpg次に『土砂降り』に主演した岡田茉莉子の話に。中村監督は「色々な意味でキャラクターを持っている素晴らしい役者だ」と語っていたという。実際に『集金旅行』(57)『日日の背信』(58)と立て続けに撮った主演作品を始め、『河口』(61)でも全く違うキャラクターを演じ分けていることからも、「父の素直な感想だったのだろう」と好夫さん。特に『集金旅行』は「いつもなら器用貧乏などと言うアンチ中村派の評論家からも、稀に見る喜劇映画の傑作と評された」。ただし、褒めただけでは終わらず「時効だと思って聞いてください」と前置きした上で、岡田茉莉子と有馬稲子という当時の松竹二大看板のライバル関係の話に。「両者が出演する正月映画では、二人がスタジオ入りの時間を遅らせたりと、あちこちでトップ争いが白熱しスタッフは手を焼いたものだ」と中村監督が明かしていたことを語り、会場の笑いを誘った。


続いて、好夫さんと林ディレクターが「桑野みゆきさんが、とにかくきれい」と口を揃える『夜の片鱗』ついて。当時、若手を中心とした松竹ヌーヴェルヴァーグが新しい時代を作ろうとしていた。「父はそのことに充分意識があり、伝統の松竹調の中で新しいことができないか模索していた」。そこで、川島雄三監督『洲崎パラダイス・赤信号』(56)の脚本を手がけ、東宝の藤本真澄プロデューサーの懐刀でもあった井手俊郎さんを起用。松竹では本名を出せないということで、権藤利英というペンネームが使われた。井手さんとなぜ組めたかというと、『恋文裁判』(51)で一緒に仕事をしていたことに加え、お互いの息子が同じ年代ということもあり仲が良かったからだそう。
また好夫さんは「演出は脚本とカットつなぎでほとんど決まると思っている」と語り、本作で編集の浦岡敬一さんとも組めたことが、後の中村作品にとって非常に大きい影響を与えたと語った。中村監督は、自身の転換点となった64年、この作品と『二十一歳の父』の二本でNHKの監督賞を受賞した。


女性映画の巨匠と語られることが多い中村監督について、林ディレクターからキャスティングについて訊かれると、好夫さんは「キャスティングに関して、父はスターを育てるという会社の方針に忠実だった」と応じた。そのおかげで淡島千景、岸恵子、有馬稲子、岡田茉莉子、桑野みゆき、倍賞千恵子、岩下志麻をはじめとした錚々たる女優の映画を連続して撮ることができた。それを受けて西河克己監督は「松竹の映画監督で一番賢い人だったかもしれない」と語ったという。


次に林ディレクターから、インテリだった中村監督の新しいもの好きの側面について質問が。監督は電蓄を録音の大村三郎さんに手作りで作ってもらうほどのこだわりようだったそうで、「輸入ものレコードもたくさんあり、かなり早くから世界の音楽に触れていた」とのこと。ここで中村監督と組んだ音楽家として武満徹の名前が挙がった。今や世界的な現代音楽家として知られている武満さんだが、会社の幹部からは「登ちゃん、あんなヒョロチョロでいいの?」と言われたそう。しかし『古都』(63)で、撮影の成島東一郎さんの画に合わせて素晴らしい音楽を作りあげ、アカデミー外国語映画賞にノミネートされる原動力となり、中村監督の先見の明の確かさが証明される形となった。ただ、良い事ばかりではなかったそうで「ゴルフをはじめたら、あまりに真面目に通いすぎるのか、肋骨を痛めてゴルフを諦めた」「ロケで隠し撮りをしているときに大きな声で「隠し撮り、よーいスタート!」とやった」というお茶目な失敗談も。


前年の東京フィルメックスでも特集を組んだ木下恵介監督と、とても仲がよかったという中村監督。松竹のホームドラマの監督として「決まった枠の中で何か引っ張り出すというのが父の性格だったと思います」と好夫さん。他社から移籍してきた役者につける演出には特に手腕が光ったようだ。その例として、『わが闘争』(68)での佐久間良子は東映での激しい気性の役からはうってかわり、普通の主婦を。『惜春』(67)の新珠三千代は、あまり演じてこなかった家族の暖かいドラマで。また、アクション俳優だった丹波哲郎は『紀の川』(66) で司葉子を密かに思う弟、『智恵子抄』で詩人・高村光太郎役を演じた。悪代官、黒幕役で有名だった山形勲を『二十一歳の父』で話のわかる温厚な父親役に。太陽族のイメージがあった長門裕之には『古都』で織物の職人を演じさせるなど枚挙に暇がない。特に有名なのが『紀ノ川』(66)の司葉子。それまでお嬢様役が多かった司が、女の一生を堂々と演じきり、その年の主演女優賞を総なめした。


忙しい時には、年3本の映画を手がけていた中村監督。準備期間も含めると、ほとんど家にいなかったという。「皆様が思う松竹映画に見られるようなアットホームな家庭ではありません。私も妹も母親で育ちました。そんな父でしたから、ロケ先に父親をたずねることが多かった」と語る好夫さん。しかし、勉強家だった父の背中も目に焼きついている。脚本の決定稿があがったあとも、余白はメモ書きでいっぱいで、コンテの変更もしていたそう。専用の勉強部屋が欲しいということで、離れを作り金色堂と名付けていたのだとか。


1127nakamura03.jpg最後に林ディレクターから「チャキチャキの江戸っ子であるにも関わらず、なぜ球場では人が変わるほどのタイガースファンだったのでしょうか」という意外な質問が寄せられると、待ってましたとばかりの好夫さん、その元となった『栄光への道』(50)の撮影の話を語ってくれた。野球選手が主人公の本作では2リーグ分裂で主力を毎日オリオンズにとられた残りの大阪タイガース(現・阪神タイガース)の協力で撮られている。そのときの写真を見せていただくと、戦争で屋根を焼失した甲子園球場、鶴田浩二や笠智衆、スタッフと共に若き日の中村監督が写っている。また、初代ミスタータイガースの藤村富美男選手が使用していた37インチという当時最長のバットに選手達のサインが入ったお宝も披露、イベントは盛況のうち幕をとじた。


(取材・文:高橋直也、撮影:穴田香織)

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