レクチャー「ワールドセールスの役割と海外展開について」(講師:ジャン=クリストフ・シモンさん)
TOKYO FILMeX ( 2013年11月28日 19:00)
11月28日(木)、有楽町朝日スクエアにてタレント・キャンパス・トーキョー(以下、TCT)によるオープン・キャンパス「ワールドセールスの役割と海外展開について」が開催された。TCTは映画分野の人材育成プログラムで、映画作家やプロデューサーを目指すアジアの若者を集め、世界で活躍していくためのノウハウや国際的なネットワークを構築する機会を提供する。本プログラムの魅力を紹介するために開催された今回のオープン・キャンパスでは、TCTが以前よりプログラムの重要な柱の1つにあげてきた海外セールスの重要性について取り上げた。講師にはフィルムズ・ブティックを創設し現在CEOを務めるジャン=クリストフ・シモンさんを迎え、セールスエージェントの役割と海外展開についての講義が行われた。
まずシモンさんからTCTと東京フィルメックスへの謝辞が述べられた。一般の方が映画業界の知識がなくとも理解できるように、ワールドセールスの一般論をとらえることとした。以下、講義の概要である。
はじめに、フィルムズ・ブティックについての説明から。同社は2008年に創設されたワールドセールスのエージェンシーで、ベルリンに拠点を置く。年間10~12本の長編映画を扱っているが、「扱うときには、製作国がどこであるかではなく、どういう映画作家であるかを重視する」という。そして、「主にアート系作品を扱っているも、それに限っているわけではなく、気に入った作品で市場があると判断できればゾンビ映画も扱う」とも。同社が扱う作品は、巨匠から革新的作家、新人監督、ドキュメンタリー作家までと手広い。巨匠作品ではアレクサンドル・ソクーロフ監督の『ファウスト』('11、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞)やタル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』('11、ベルリン国際映画祭銀熊賞)、革新的作家の作品では園子温監督の『恋の罪』('11、カンヌ国際映画祭監督週間)やアニエス・トゥルブレ監督の『私の名前は...』('13、第14回東京フィルメックスで上映)、ドキュメンタリー作品ではアン・リンセル監督の『ピナ・ バウシュ 夢の教室』('10)やフィリップ・ベジア監督の『椿姫ができるまで』('12)など。
さて、海外セールスエージェントとは何か。海外セールスエージェントは、プロデューサーと配給会社との中間に位置する存在で、プロデューサーから権利を獲得して、本国以外の地域で行使する。例えば、『恋の罪』の場合は、日本以外での権利をフィルムズ・ブティックが獲得している。そして獲得した権利は地域別・国別に分割して配給会社に販売し収益を得る。また、権利には様々な種類があり、劇場公開、TV放送、VOD、家庭用ビデオやディスク、航空会社向けなどの権利が含まれ、さらにリメイクの権利や映画関連グッズの権利にも及ぶ。「セールスエージェントは、プロデューサーでもなく配給会社でもない。そして、最終顧客と直接かかわることもない」存在なのだという。
セールスエージェントの使命は、まず作品の権利を獲得した後に海外展開の戦略策定し、配給会社と配給契約を行う。例えば、アンジェイ・ワイダ監督の『Walesa: Man of Hope』('13)の場合、25か国で販売したため25本の契約があるが、そのすべての契約内容には市場によって決められた細かいルールなどの整合性が取れていなければならない。さらに、契約した配給会社に対しては資料や販促用の素材を準備し、最終的には売上をプロデューサーや投資会社に報告する。
それでは、どのように戦略を策定するのか。まず作品ごとに、配給会社、観客層、権利、地域などそれぞれターゲットを設定する作業から始める。つまり、配給会社の国籍や特徴、観客の属性、権利の範囲(映画祭向きかDVD向きかなど)、地域性を考慮する。セールスエージェントの顧客は最終的な観客ではないため、観客層は主たる配給会社を通じて設定することになる。そしてグローバル戦略を策定して映画祭やマーケットで売り込む。さらに、作品の位置づけを把握して、それぞれの市場に適合させる必要もある。「戦略は作品ごとに異なり、さらに地域によっても異なる」という。例えば、イスラエルとパレスチナの紛争問題を扱ったイスラエル作品『フロントライン・ミッション』('13)の場合、日本におけるイスラエル映画の人気もパレスチナ問題に対する関心も高くないことが分かっていたため、マーケティングの際には同作品を完全に戦争映画としての位置づけで売り込んだそうだ。配給会社からの要請で、邦題は原題(「Rock the Casbah」)から大きく変更された。
次に、映画祭の戦略について。セールスにおける出発点は映画祭にあると言っても過言ではない。映画祭はすなわちマーケティングである。なぜなら、マスコミが映画祭を取り上げれば作品への関心が高まり、映画祭に集まったバイヤー間で作品が口コミで宣伝されるからだ。映画祭の受賞作品であるかどうかということは、セールスにとって重要であり、配給会社にとっても好材料となる。映画祭で重視するのは作品の質よりも市場に対する戦略であるため、ワールドプレミアなどのプレミア上映も重要。なぜなら最初に出品した映画祭が、その作品の印象を永久に決定づけることになるから。また出品のタイミングもセールスにとって重要。例えば、『ニーチェの馬』の場合は、出品先としてベルリン映画祭を選んだことは的確で、銀熊賞を受賞したことに加え、セールスも好調だったそうだ。
そこで、セールスマーケティングはどのように行うかということだが、作品が配給会社の目にとまるように、チラシ、プロモリール(配給会社向けの映像)、プレスキットなどを制作して展開する必要がある。また海外プレスを利用することも重要で、映画祭のレビューが良くないと致命的になることもあるため、作品がなぜ面白いのか、作品には市場があるということを説明する必要がある。例えば、『ファウスト』の場合、超難解な作品だがオランダ絵画を思わせる美しさがある。それをプレスが発信したところ、ライターは理解できないことを恥じたのか、まったく悪評が出回らなかったとか。配給会社には、何よりもまず作品を見てもらって好きになってもらい、そして買ってもらうことにつなげる。
セールスエージェントは、製作を支援するための見積書や趣意書の作成、作品が完成する前に海外セールスの権利を買い取るプリセールを行うことがある。また、海外で作品を披露する機会を設けたり、映画祭への売り込み活動を行ったり、複数の作品をまとめて売り出すこともある。
ところで、作り手側が海外セールスエージェントにはどのタイミングで接触するのがいいのか。脚本の段階、映画祭に働きかける前のラフカットの段階、映画祭への出品が決まった段階のうち、セールスエージェントにとっては全体像が見えるような脚本の段階が好ましく、特にフィルムメーカーや出演者が無名の場合はなおさら。映画祭に出品することが決まれば、セールスエージェント間で競争になる可能性がある。作品にとって最良のタイミングを見極めることが重要である。
ただ、どのエージェントを選ぶかということが問題になってくる。セールスエージェントにはそれぞれ特性があり、アート系中心に扱っているところもあれば、DVDやビデオ用の作品を専門に扱っているところもある。概してヨーロッパのエージェントはアート系向きで、アメリカのエージェントは市場重視型。またエージェントが抱えているラインナップも考えて、作品の位置づけを見極めなければならない。結局のところ、何を求めるかによって選ぶエージェントも変わってくるということ。映画祭への出品を目指すのか、エージェントのブランドを重視するのか、資金調達を求めるのか。例えば、『ザ・ホード 死霊の大群』('10)の場合は大手エージェントがついたが、小規模エージェントが扱うと地味な作品と見られるため、大作というイメージ作りのためにもゾンビ映画には大手エージェントが向いている。
最後に、なぜ海外展開が必要かということについて考えることに。とりわけ日本映画にとっては重要な課題である。海外展開によって共同制作の可能性が広がり、大作の製作や自国での資金調達が困難な場合には、合作というシステムを選択できる。フランスやドイツは、国際文化に関わっている印象を植え付けたいがために、このシステムの中で競い合っている。また、合作に関する協定が重要で、協定を通じて正式に国家間の共同作業ができるようになる。日本は合作にあまり積極的ではないようだが、日本は国内市場が大きいためか、海外市場は重要ではないと考える傾向がある。海外市場の開拓は収益増の可能性にもつながる。ただし、国内で興行的に成功した作品が必ずしも海外で関心を持たれるとは限らない一方、アート系作品が海外市場でしか成果を得られない場合もある。河瀬直美監督が日本よりも海外で知名度が高いというのはそうした背景がある。映画には、作品を通じて国の存在をアピールする力がある。例えば、最近ではチリの作品が存在感を増しているが、それは国策によるもの。競争が激化する中、日本の映画を世界で見てもらえるようにすることが重要ではないか。
実例を交えたワールドセールスの概要を知ることのできる貴重な1時間が終了。ワールドセールス・エージェントの経営者が直接講義してくれるとあり、会場は満席状態。日頃、映画館で目にする外国作品が、どれだけの人の手を経て、どのような経緯で観客に届けられているかという流れを理解できる内容であった。
(取材・文:海野由子、撮影:穴田香織)
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