11月24日、有楽町朝日ホールにて、コンペティション部門『黒い雌鶏』が上映された。雄大な山岳風景に抱かれた村を舞台に、少年の目を通して内戦やカーストなどネパール社会のさまざまな側面が描かれた本作は、東京フィルメックスでは初のネパール作品となる。上映後には、ミン・バハドゥル・バム監督、女優のベニシャ・ハマルさん、プロデューサーのデバキ・ライさんとアヌップ・タパさんを迎えて、質疑応答が行われた。 まず、司会の市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターから挨拶を求められると、各人が思い思いに感謝の言葉を口にした。バム監督は東京フィルメックスでの上映はとても光栄なことだと述べ、ハマルさんは制作チームが与えてくれた演技の機会に感謝を伝え、ライさんは観客との質疑応答に時間を割きたいので短い挨拶でと控え目に応じ、タパさんは「ナマステ」と笑顔で挨拶し、東京フィルメックス初のネパール作品となったことを誇りに思うと語った。
続いて会場からは、ネパール社会にまつわる質問が相次いだ。劇中ではマオイズム(毛沢東主義)の台頭による内戦状況が描かれているが、現在のネパールではマオイスト(毛沢東主義者)系列の政党が依然としてある程度の勢力を保っているそうだ。『黒い雌鶏』というタイトルには、社会的、政治的な意味合いが込められており、特に、雌鶏は女性を表すことから、根強い男女格差が残っているネパール社会の暗部=黒を示唆しているとのこと。
さらに、ヒンドゥー社会伝統のカースト制度下で、カーストの異なる2人の少年が友情をはぐくむ姿が本作の見どころのひとつだが、実際、カーストは200ほど細かく分かれており、帰属するカーストによってその職掌はほぼ決まっているのだそうだ。「カースト間の違いは厳然たるもので、そこから差別につながっているのも確かです。しかし、カーストを社会的な問題としてとらえるのか、あくまでも文化としてとらえるのかは難しい」と、バム監督は真情を吐露した。
また、本作のキャスティングについては、プロの俳優2名を除き、登場人物はすべてアマチュアで、映画見たことさえない村人たちだとか。主人公の少年2人を見つけるには、17の村を回って4か月半かかったそうだが、アマチュアとの撮影は面白い経験だったと振り返ったバム監督。村人たちの中には、監督の小学生時代の恩師など故郷の古い知人たちが登場しているというエピソードも明かしてくれた。
そして、少年が夢を見る場面では、ヒンドゥー教、仏教、イスラム教、マオイズムが入り混じる情景が広がるが、その点について解釈を求められたバム監督は、次のように説明した。「宗教の問題は、子供にとって理解しがたいものです。ヒンドゥーに限らず、宗教にはいろいろな要素が入り組んで複雑な問題があります。この夢の場面は、さまざまな宗教の難しい問題が子供にとってはどう映っているのかを考えて撮りました」また、二人の少年の名前について、一人はプラカーシュ、もう一人はキランで、それぞれ「光」と「陽の光」を意味し、彼らの名前に希望を託していることも付け加えた。
ネパール社会の繊細な問題に触れ、熱心な観客からの質問に丁寧に応じてくれたバム監督。最後に、登壇した4人全員が日本語で「ありがとう」と締めくくり、会場から大きな拍手が寄せられた。本作はバム監督の長編デビュー作にして、ヴェネチア映画祭批評家週間の最優秀賞を受賞。今後のバム監督のさらなる飛躍に期待を寄せたい。
(取材・文:海野由子、撮影:明田川志保、白畑留美)