11月23日、有楽町朝日ホールにて特別招待作品『最愛の子』が上映され、Q&Aにピーター・チャン監督が登壇した。作品について、チャン監督は「皆さんには悲しい物語を見せることになってしまいましたが、これは中国で実際に起こった児童誘拐事件を基に作った話なのです」と説明した。3歳で誘拐された男の子が3年後に発見されるが、実の親を覚えておらず、誘拐犯の妻を母親と思い込んでいる。生みの親、育ての親の葛藤を双方から描いた作品だ。
事件のことは監督自身もTVのニュースで知り、強烈なショックを受けたという。それと同時に、物語に力強さを感じたこと、現代中国の問題をこの事件が提起していると考え、映画化を決意したと語った。中国では、貧富の差、経済成長による弊害、経済発展が遅れている地域の健康の問題、教育が遅れていることでいまだに子どもを売買している現状があるのだという。
児童誘拐事件が起こった背景には一人っ子政策がある、とチャン監督は言う。「中国では毎年20万人の子どもが誘拐されています。労働力として男の子が欲しいのです。買う人がいるから誘拐する人もいます」と説明した。ただし、「一つの事件を扱って、一人っ子政策が正しいか正しくないかを論じるつもりはありません。観客を説教するような映画は好きではないのです」と断言。「問題をどう解決するかよりも、私は事件が発生した社会背景や環境にも目を向けるべきだと考えています。問題を提起し、認識することが重要なのではないでしょうか」と作品の狙いを熱く語った。
また、商業映画として制作する上で大事なことは、「観客をひきつけること」とチャン監督は話す。「登場人物に感情移入できるよう、子どもを失った親の気持ちをしっかり表現できればと思いました。一方で、育ての親も決して悪い人ではありません。映画にすることで、両方の立場を理解してもらえるものだと思います」と語った。
映画は前半・後半の二部に分かれている。チャン監督が「一番重要な転換点」として挙げたのは、生みの親が男の子を見つけて家に連れて帰る場面だ。「映画のモデルになった父親によれば、男の子を連れて帰った晩は本当に辛かったのだそうです。自分の子が帰ってきたというより、養子を迎え入れたような気分になったと言います」
育ての母を演じたヴィッキー・チャオさんは、香港電影金像奨で主演女優賞を受賞している。本作ではノーメイクで演技に挑んだ。チャン監督は「化粧品メーカーは彼女のような女優を恐れているでしょう。本当に美しい人は化粧をしなくても美しい」と絶賛し、「人間は不思議なもので、年をとれば年をとるほど化粧をしたくなるんですよね。厚化粧をすればするほど、年寄りに見えますよ」と伝えて、彼女の説得に成功したと明かした。
次回作は、中国の女子テニス選手リー・ナさんを題材にした作品になる予定だという。中国で2回もチャンピオンシップを獲得した実力者だが、その素顔は中国の現代の若者。1980年代後の一人っ子政策の下で生まれた彼女たちは、個人主義的な考えを持っている。集団主義的な考えを持つ上の世代とのギャップも描きたい、と監督は語った。完成は2017年になる予定。また、中国に存在する約8000万人の無戸籍の子どもたちに焦点を当てた作品も、いつか作りたいと意欲を語った。
『最愛の子』は2016年1月16日から、シネスイッチ銀座ほか全国で公開されることが決定している。
(取材・文:宇野由紀子、撮影:白畑留美)