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『チョンジュ・プロジェクト2012』イン・リャン監督Q&A
from デイリーニュース2012 2012/12/ 2
第13回東京フィルメックスの最終日となる12月2日、3本の作品から成る特別招待作品『チョンジュ・プロジェクト2012』が上映され、終了後、3本目に上映された『私には言いたいことがある』のイン・リャン監督がQ&Aを行った。これまで『あひるを背負った少年』(05年)、『アザー・ハーフ』(06年)の2作が東京フィルメックスで上映され、いずれも審査員特別賞を受賞しているイン監督。久しぶりのフィルメックスに、「あの頃はまだ大学を卒業してすぐでした。当時に戻ったような気がして、特別な感慨があります」と喜びを語った。
「チョンジュ・プロジェクト」とは、韓国・チョンジュ国際映画祭が毎年3人の監督を選んで製作資金を提供し、自由な内容・テーマ・スタイルで映画を撮らせるプロジェクトのこと。まず、林加奈子 東京フィルメックスディレクターが、本作のテーマを選んだ理由を尋ねた。
イン監督は、「この題材は、中国人なら誰もが知っている事件です」と言う。
映画の基になったのは、2008年に上海で起きたヤン・ジア(楊佳)という若者による警察官6人の殺害事件。ヤン・ジアは死刑判決を受けたが、その裁判に関する報道は制限され、プロセスが不透明なまま刑が執行された。当局が警察による市民への不当な暴行を隠蔽しようとしたのでは?という見方もインターネット上を賑わせた事件である。発生直後にヤン・ジアの母親は理由も分からぬまま連れ去れ、刑執行の直前まで精神病院に監禁されていたという。
「私は普段、実家のある上海にはあまり帰らないのですが、事件のあった2008年7月1に偶然帰省したのです。空港からのバスを降りたところが事件現場の警察署の斜め向かいで、まだ警官や市民が現場を取り巻いており、そのときの印象が強く心に残っていました。ですが、当時は裁判のプロセスなど、詳しい内容は一切報道されなかった。後に、(芸術家の)アイ・ウェイウェイらが独自調査の結果をブログに記し、私はそこで詳細を知りました。事件に益々興味をもち、特に母親の境遇を思うたびに胸が痛みました」
イン監督はさらに続ける。「事件の2年後、アイ・ウェイウェイは2本のドキュメンタリーを撮影します。1本は08年の裁判のプロセスについて、もう1本は約2年後に母親に取材した内容で、彼女が143日間に渡り監禁されていた事の細部を描き出したものでした。特に衝撃を受けたのは、母親が息子の死刑執行を人づてに知ったという事実。それで私は、11歳の時に自分の父が当局に不法拘留された時の記憶を呼び起こされたのです。理由も何も知らされず、父はそれから3年間拘留されました。そのときの母の姿が強く記憶に残っています」。自身の辛い思い出も交えながら、詳細にこの映画に取り掛かった経緯を振り返る。「以前の私は四川省の人々を題材に映画を撮っていましたが、その人たちの運命を変えられなかったことで、ここ数年は映画を撮る意義を見出せずにいました。昨年チョンジュ・プロジェクトのお話をいただいて、ヤン・ジアの家族が事件にどう向き合ったのか、特に母と息子の物語を撮ってみようと思ったのです」
イン監督による真摯な説明が続き、ここでおよそQ&Aの終了時間に。予定を延長して客席との質疑応答に移ると、本作の演技でロカルノ映画祭の女優賞を受賞した母親役のナイ・アンさんに関する質問があがった(本作は同監督賞も受賞)。
テレビドラマで知られる女優でもあり、また、フィルメックスとは縁のあるロウ・イエ監督作品のプロデューサーでもあるナイ・アンさん。イン監督は、「ロウ・イエが『天安門、恋人たち』によって5年間の撮影禁止処分を受けたこともありますし、また、彼女は母親でもあるので、この役の気持ちをよく理解してくれると思った」と起用の理由を説明。学ぶことも多かったようで、「プロデューサーとして、一世代下の私たちを育てる目も持っている。彼女との仕事は素晴らしい経験でした」と振り返った。
また、観客からフィクション部分で息子を登場させなかった理由を問われると、イン監督は次のように説明した。「母親が一番残念に思っているのは、精神病院から連れ出された直後、わけも分からないままに一度だけ許された面会を、最後だとは知らなかったということなのです。警察はそのことを黙っていた。自分が5カ月間も閉じ込められていたことを伝えることができず、息子から"なぜ今まで面会に来なかったのか"と恨めしい眼差しを向けられたまま別れたことが、彼女にとって最大の心残り。"私には言いたいことがある"というのは、この母親が息子に伝えたい想い。それを映画を通じて語るため、息子を登場させずに母親の視点で作りました」。
当局への不審を含めて描くことで、イン・リャン監督が負うリスクも大きかったことは想像に難くない。それでもこの映画を通して母親の思いを伝えようとした監督の熱意が感じ取られるQ&Aだった。
(取材・文:新田理恵、撮影:関戸あゆみ)
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