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『オールド・ドッグ』&「映画祭におけるデジタル化の波」トークレポート


TOKYO FILMeX (2012年10月13日 13:00)

fc03mainS.jpg今年18回目を迎えた「KAWASAKIしんゆり映画祭」(会場:川崎市アートセンター 他)で「東京フィルメックスinしんゆり」が開催された。この企画は、前年の東京フィルメックスで上映された作品の中から、しんゆり映画祭でも上映するもので、今年で3回目。国内で一般公開されていないチベットを舞台にした作品『オールド・ドッグ』(第12回東京フィルメックス最優秀作品賞)が上映された。上映後は、「映画祭におけるデジタル化の波」というテーマで、市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターによるトークが行われた。

 
本作は、羊飼いを生業とするチベット人一家と、遊牧民が古くから牧羊犬として飼育してきたチベッタン・マスチフの物語。純血種のチベッタン・マスチフは、中国都市部の富裕層にペットとして人気があり高値で取引されるため、なんとかして犬を手に入れようとするブローカーや犬泥棒に、一家は悩まされる。
 
fc03sub1S.jpg市山Pディレクターは、昨年ペマツェテン監督が来日した際に、「チベット人の心情を描きたかった」と話していたことを紹介。チベットをテーマにした映画のほとんどが中国人監督による観光映画もしくはプロパガンダ映画、という現状にある中、チベット出身監督がチベット語を使い、チベットの人々の生活をリアルに映し出している貴重な映画だと評した。
 
また、市山Pディレクターは昨年の東京フィルメックス公式上映後のQ&Aの話題を取り上げ、中国国内における映画制作のシステムと本作の中国国内における劇場公開について解説した。日本のシステムとは異なり、中国映画は中国政府の許可をとって制作される。許可を取らない映画は「地下映画」と呼ばれ、中国国内で劇場公開ができない仕組みになっている。そのような制限の中、ペマツェテン監督は過去2作品を含む全ての作品を中国の検閲を通して制作。本作もシナリオ段階から政府に提出したという。ただ、許可を取ったとはいえ、日本以上にアクションなど商業的な映画が好まれる中国国内での一般公開はハードルが高く、インディペンデント映画祭などで上映するにとどまっているのが現状とのこと。チベットの人々にも映画を観てもらいたいと考える監督は、チベットでは移動上映や屋外上映会等を開いているという。「小さい国で映画のムーブメントが一度起こると、それが続く傾向にある」と市山Pディレクター。ペマツェテン監督が登場した今、チベット映画から新しい才能が出てくることを期待していると語った。
 
fc03sub3S.jpg次に、「映画祭におけるデジタル化の波」というテーマで、映画撮影の方法や上映環境が変化する現状と今後の動向について、引き続き市山Pディレクターが語った。映画祭のことを英語では「フィルム フェスティバル」と呼ぶが、近年そのフィルム映画が次々と姿を消し、世界では日本以上に早いスピードでデジタル化の波が押し寄せているという。「今年の東京フィルメックスで上映される新作映画二十数本の中にフィルム作品が1本もない。昨年の映画祭では新作の40%ほどがフィルム映画であったことを考えるとその差は歴然」とデジタル化の台頭を如実に表している現状を驚きとともに語った。
 
では、なぜいま世界の映画祭でデジタル化が進んでいるのか?「デジタル化と言っても決して悪い話ではなく、実は便利なもの」と市山Pディレクター。35mm撮影をするにはプロのテクニックが必要であり制作費もかかる一方、デジタルは子どもでも撮影できるという手軽さがある。「デジタルの波が広がったのは、2000年以降。中でも、中国における映画制作には大きな変化をもたらした。それまでは、北京で映画学院に入り、撮影所に配属され映画監督になるという道しかなかったが、2000年以降はデジタルで映画を撮影する監督が現れ、才能があれば数万円の予算でも名作を生み出せる環境となった。その代表格が、『無言歌』などで知られるワン・ビン監督である。ワン監督もデジタル化の恩恵を受けている監督の一人だ」と市山Pディレクターは話す。限られた一般上映でも制作費を回収可能なデジタル撮影によって、良い映画が各国の映画祭に紹介され、名作が誕生していることは事実である、とした。
 
撮影方法が変わった先にあるのは、映画館のデジタル化である。多くのシネコンが採用しているDCP(Digital Cinema Package)は、世界共通の上映用のデータファイルの規格。従来の35mmの映写機を撤去することを条件に、日本でも全国のシネコンに導入が進んでいる。映画館側は設備費としてかなりの投資が必要だが、安定的な上映が可能であるうえ、複製や運送コストが安いというメリットも大きい。
 
fc03sub2S.jpg「限られた予算しかない映画制作側から考えても、DCPを採用する映画館が世界中で増えれば、最初からデジタル撮影をした方が良いという選択になるのは自然な流れ。ところが、DCPを導入する予算のないミニシアターでは、上映したい作品が35mmフィルムで制作されていないため上映できないケースが発生してくる」と、市山Pディレクターは新たな問題についても指摘。「プリントは年月が経つとボロボロになってしまうが、DCPの流れを受けてメジャー会社がニュープリントを焼かなければ、DCPをもたない劇場はクラシック作品すら上映できない状況になりかねず、各地で開かれている映画祭でも名画の特集上映などが企画できなくなってしまうのではないか」と危機感を示した。一方、「35mmフィルムがないばかりに、今まで上映できない作品もあった。デジタル素材があれば今まで見ることができなかった作品を上映できるようになる可能性もある」という希望も語った。デジタル化への急速な流れは止めることはできない。ただ、商業原理にのみ基づいていると、フィルムは失われてしまうかもしれないという現状を、観客のみなさんにも知っておいてほしいと締めくくった。
 
今年の東京フィルメックスでは、ワン・ビン監督の『三姉妹(原題)』、イン・リャン監督の『私には言いたいことがある』(オムニバス『チョンジュ・プロジェクト2012』の1本)の2本の中国映画が特別招待作品として上映される。また、コンペティション部門では『愛の身替わり』、『ティエダンのラブソング』、『記憶が私を見る』の3本の中国語圏の映画が上映される。
(報告:小嶋彩葉)






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