『グレープ・キャンディ』キム・ヒジョン監督、チェ・ウォニョンさん舞台挨拶・Q&A
TOKYO FILMeX ( 2012年11月26日 19:00)
11月26日、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門の『グレープ・キャンディ』が上映され、キム・ヒジョン監督と俳優のチェ・ウォニョンさんが上映前の舞台挨拶および上映後のQ&Aに登壇した。本作は、少女時代に受けた心の傷を乗り越えようとする2人の女性の葛藤を描いた作品。
舞台挨拶では、まずチェさんが「この作品には美しい女優たちが出演しているのに、私がこの場に来ることになり申し訳なく思っていますが、作品を通して皆さんとお会いすることができて嬉しいです」と挨拶。続いて、第8回東京フィルメックスでデビュー作『13歳、スア』(07)が上映されて以来5年ぶりというキム監督は、「東京フィルメックスは世界で一番良い映画祭です」と挨拶。
上映後のQ&Aでは、早速会場から物語の意図を訊ねる質問が飛び出した。「グレープ・キャンディは美味しいということ」と最初に冗談を交えて会場の笑いを誘ったキム監督は、「映画を作るときは、絶対にこれを感じて欲しいというストレートなものは特にありません」と述べた。ただ、この映画では都会に住む現代の30代女性たちを通して、「何か大きな事故があっても人はすぐ忘れてしまうもの。そのことで心に傷を負う人もいて、そうしたことは記憶にとどめておくべきだということ」を語りたかったのだそうだ。
司会の林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターが「とても繊細な映画」と評し、回想シーンのタイミングなど工夫されたフラッシュバックの使用について話が及んだ。
フラッシュバックは時間を遡るための典型的な手段となるため、映画においてとても危険な要素だと慎重に語るキム監督。「映画の中で過去を遡るというストーリー展開は考えていませんでした。この映画に使われているフラッシュバックは、あくまでも主人公ソンジュの刹那的な記憶。私たちも日常生活の中で何らかの瞬間にさまざまなことを断片的に思い出しますよね。映画の中では、ソンジュの断片的な記憶が友人ソラの出現により物語へと変わっていきます」
また林ディレクターから、呼称で表現される2人の距離感や、その2人を見ている観客との距離感について訊かれると、「私個人は、日常生活で人との距離感に敏感な方です。普段から頭の中で考えているので、それが映画の中で反映されています」と答えたキム監督。「もしかしたら、この作品を不親切だと感じられた方がいたとしたら、それは距離感を感じたせいかもしれません」とも付け加えた。
続いて会場からの質問は、タイトルにもなっているグレープ・キャンディについて。グレープ・キャンディをわざわざソウルから持参して来場者に振る舞ったキム監督だが、シナリオを書く時には、なぜかいつも最初からタイトルが頭の中にあるのだそうだ。数あるライバルのキャンディの中でも、監督はグレープ・キャンディが一番好きで、映画ではソラの哀しみを表しているのだとか。
ここで、女性たちが全面に出る本作にあって、彼女たちに絡む男性役を演じたチェさんから監督のディレクションについて聞くことに。出番が少ないものの、シナリオのディテールに惹かれて出演を決めたというチェさんは、「自分は俳優なので、どうしても演技で目立ちたいという欲があったのですが、監督は全体を見渡してきっちり私の演技を抑えてくれました」と語った。
チェさんが演じた役はどちらかというと憎まれ役だが、憎らしく見えるようで、実際には憎らしく見えない俳優を選んだというキム監督。「私は覚えていないのですが、お酒の席で酔っ払った私がチェさんに何度も出演してくれるように念を押していたらしいので、お酒の席から生まれたキャスティング」とユーモアたっぷりの裏話も明かしてくれた。
次に会場から2人の女性キャラクターの解釈をめぐる質問で応酬する一幕も。キム監督は「もう一度見るとわかるかもしれませんね」と言いながら、人物の位置付けについて整理して語ってくれた。「(作家の)ソラは創作する立場の人物で、常に疑問を投げかけてきます。何らかのクリエイティブな仕事に携わる人は常に疑問を持っていると思います。ソラが投げかける疑問のお陰でソンジュは記憶の断片をつなぎ合わせることができるわけですから、この映画においてソラは案内役のような役割だと位置付けています」
そして最後にキム監督は、「創作するということは、何らかの答えを求めるというよりも、常に疑問を持って問いかけることが大切です。映画もその中のひとつに含まれると思います」とクリエイターらしい一面をのぞかせて締めくくってくれた。
予定時間を超えてQ&Aが終了。観客の率直な感想にも、解釈の戸惑いにも、投げかけられた疑問にも、真摯な姿勢で受け止める姿が印象的だったキム監督。今後のキム監督の活躍に期待したい。
(取材・文:海野由子、撮影:吉田留美)
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