『あたしは世界なんかじゃないから』舞台挨拶、Q&A
TOKYO FILMeX ( 2012年11月27日 22:00)
11月27日、有楽町朝日ホールにて、コンペティション作品『あたしは世界なんかじゃないから』が上映された。上映前に舞台挨拶が行われ、高橋泉監督をはじめ、出演者の廣末哲万さん、新恵みどりさん、並木愛枝さん、高根沢光さん、結さん、カラトユカリさん、磯部泰宏さん、中村倫子さんの総勢9名が登壇した。高橋監督と廣末さん、新恵さん、並木さんは、東京フィルメックスでは第8回で『むすんでひらいて』(2007)が上映されて以来の登場。今作も出演者は、監督と廣末さんが立ち上げた映像ユニット「群青いろ」のメンバーが中心。心待ちにしていた観客から盛大な拍手と歓声があがった。
最初に高橋監督が「112分、昨年の夏撮った100%の熱を届けられればと思います」と挨拶。続いて、出演者がそれぞれ、観客へ挨拶と感謝の言葉を述べた。「まっすぐな作品です。『群青いろ』の作品に出演する時は、自分の持っている全ての愛を注ぎ込んだ塊を、直球で投げている気がします」とシノ役の新恵さん。バド役の並木さんは、「『群青いろ』の世界へようこそ。俳優陣が各自目標を立て、新しいステップを踏むべく挑戦した作品。それが実って成功したと思います」。芝野役の結さんは、「この作品を初めて観た時、いろんな思いが全部優しくすくい上げられて、今まで経験してきたどんな思いも正解だったのではないかと思えます。あたしはこの作品が大好き」。マコ役の中村さんは、「この作品は登場人物一人ひとりが本気で、真剣に生きています。私も100%愛して、愛された、そんな役でした」。今作はいじめがモチーフになっているが、出演者からそのような言葉が聞かれるように「人を愛する」ことが根底に流れている。由六役の高根沢さんの「この作品はみんなで思いを込めて丁寧に作った爆弾です。今日はたくさんの人たちと点火することができて嬉しい。母さん!やったぞ!」とユニークな挨拶も飛び出し、作品の深さと個性的な役者陣に会場の期待感は高まった。
上映後、再び高橋監督が登壇しQ&Aへ。圧倒的な作品世界に打ちのめされた雰囲気の中、この作品を作ったきっかけと、今後どういった人に観てもらいたいか、という質問が挙がった。誰に観てほしいというより、誰かが観なければならない、そんな作品を作っていきたいと監督。きっかけは9年前、監督がインターネットで中学校時代の友人の名前を探していた際、いじめ掲示板を見たことから。友人の名前の他に監督の名前もあり、友人は当時から十数年間も自分を恨んでいることを知った。監督は、当時いじめたという意識はなかったが、悪かったと思う反面、そんな掲示板に書き込んでいないで自分の前に現れたらいいのに、と思ったという。何回か脚本を書いてみたがうまく進まず、昨年ようやく書き上げたそうだ。
続いて、市山尚三東京フィルメックス・プログラムディレクターから、撮影の時期と、ポストプロダクションにどのくらい時間をかけたかについての質問。撮影は昨年の6月下旬から9月の上旬まで。編集自体はそれ程時間がかかっていないが、自主映画はよく音が良くないと言われることもあって、整音には時間をかけたそうだ。
高橋監督の長編デビュー作『ある朝スウプは』(04)を観ていた観客から「『ある朝スウプは』では、カップルが結び付こうとしてもできず、「人間はひとり」と示して終わった印象があるが、今回の作品は逆で結び付きを模索しているよう。そのようにした経緯は。また、いじめや家庭内暴力というネガティブな要素さえも、孤独な人どうしを結びつける術になっているように思えるが」と質問が挙がった。
監督は、「自分の頭の中では、あの続きを作っていました。自分の意識の中ではこの2つの作品は余り変わらないのです」と答えた。今は、当時描いていたその先を映し出してみたいという思いが強くあるそうで、「唾を飛ばしてお互い話し合わないと、何も伝わらない。ネガティブな要素についても、痛みを積み上げていかないと何も生まれないと思うのです」と語った。
これまで「群青いろ」の作品を観てきた熱心な観客から、質問が続いた。「群青いろの作品は、現在の状況を投影しているようで興味深い。最近の自主映画は震災をテーマにしたものが多いように思う。この作品も撮影した時期が震災の後だが、あえて震災に触れていないのか。いじめなどが震災前・後にかかわらず考えなければならないことと思われたのか」と監督の意図について問う内容に、高橋監督はとても好きな歌詞だと、ザ・ブルーハーツの「NO NO NO」という曲の歌詞を紹介した。「大事件の裏側がニュースにならず、僕らがスポットを当てなければ誰が当てるのか。震災のことは大事だと思うが、自分は近くにいる人や身近なことを採り上げたいと思う」と答えた。
「群青いろの作品には、人生や、生き辛い人たちが描かれていると思うが、今回もいじめや家庭内暴力などがテーマで、監督はどうやって物語を引き出しているのか。当事者へのインタビューなど行っているのか」という質問に対し、監督はまず、「自分が生き辛いからです」と笑いながら答えた。廣末さんと「そんな君にも居場所があるよ」という作品を作りたいとよく話しているという。「やはり、そういう人たちを救うことはできないけれども、存在だけでも伝えられればと思う」と締めくくった。
『あたしは世界なんかじゃないから』は、現在のところ劇場公開は未定。「群青いろ」で定期的に自主上映会を行っており、今後の動きに注目してほしい。
(取材・文:大下由美、撮影:穴田香織、吉田留美)
|