『愛の身替わり』エミリー・タン監督Q&A
TOKYO FILMeX ( 2012年11月25日 18:00)
第13回東京フィルメックス3日目の11月25日(日)、有楽町朝日ホールにてコンペティション部門の『愛の身替わり』が上映され、終映後のQ&Aにエミリー・タン監督が登壇した。『完美生活』(08)が上映された第9回に続き、東京フィルメックスへの参加は2回目となるタン監督。「私が一番好きな映画祭。今回もコンペティション作品に選んでくださり、ありがとうございます」と挨拶した。
この日並んで登壇したのは、本作のプロデューサーであり、監督の夫でもあるチャウ・キョンさん。これまで『世界』、『長江哀歌(エレジー)』(第7回東京フィルメックスで上映)など一連のジャ・ジャンクー監督作品をプロデュースしてきたチャウさんもまた、「東京フィルメックスはずっと私たちの作品を応援してくださっています。ここに来ると、家に帰ってきたような気持ちになります」と喜びを語った。
『愛の身替わり』は、中国・広西省チワン族自治区の村に暮らす男ヨングィが、隣の家の男フーマンが運転する荷車の事故によって、一人息子を失うことから始まる苛烈な人間ドラマだ。
まず、このストーリーについて、市山尚三・東京フィルメックスプログラムディレクターから実際の事件をベースにしたものなのか、あるいは創作であるのか尋ねられたタン監督。「中心となるストーリーに、いくつかの話を結びつけて今の形に仕上げました。家庭や生活の具体的な状況はフィクションです。事件については、色々と検討しているとき、インターネット等のニュースで実際に起こった事例をいくつか目にしたので、それらを一つにまとめました」と答え、フィクションと現実に起こったモデルをミックスして作り上げた作品であることを明かした。
Q&Aに移ると監督は、まず『愛の身替わり』というタイトルに込めた意味について語った。
「中国人の考え方では、子供の存在というのは人生のなかで最も大切なものなのです。ですからタイトルに"愛"という言葉をつけました。もう永遠に元の状態には戻れない状況に家族は陥っているにも関わらず、(フーマンの妻)チャオユーはその"愛"を失くしてしまった隣人のために、あがないとして別の"愛"を返そうとするのです」
また、作品の舞台として広西を選んだ理由を問われると、「中国の南方を代表するような美しい風景がある」とその土地の魅力を表現。実は理由はそれ以外にもあったようで、「ここ数年、中国のインディペンデント映画には北方の暗くて貧しい地区を扱った作品が多すぎるような気がしていました。もちろん、そういう場所があるわけですが、南方のように美しい所もある。皆さんにもっと違った中国を見せたいと思いました」と自身の考えを述べた。
複雑で力強い物語を手掛けながらも、映像の美しさにも気を配る、女性ならではの視点。それは、自己犠牲の精神で行動するチャオユーと、その夫フーマンのキャラクター設定にも反映されている。
「フーマンは腹立たしい男で、観る者にモヤモヤした感覚を残す」という観客の意見に対し、「私が女性であるせいか、チャオユーに対しては同情の気持ちをこめてキャラクターを作っています。その同情心を反対面から表すために、逆に夫はわがままで人のことを考えない嫌な人物として描きました」と説明。「若い頃はあまり関心がなかったのですが、大人になって、特に中国の田舎で暮らしている女性たちが大きな生活の負担を背負って生きているかということに関心が向くようになりました」
そんな女性監督が素の一面を垣間見せた一幕も。自身は中国西南部・四川省成都の出身だが、本作はクレジット上"香港映画"となっている。そのことについて質問が挙がると、「30歳の時に香港に移りました。(香港出身のチャウさんを指して)この人が理由で(笑)」と、「フフッ」と少女のような声をたてて笑顔を見せた。
中国では来年春以降の公開が決まっているという『愛の身替わり』。東京フィルメックスではもう一度、26日(月)13時から有楽町朝日ホールにて上映が行われる。女性ならではの柔らかさとともに、過酷なドラマも力強く描き切るエミリー・タン監督。新たにドキュメンタリーも制作中とのことで、今後の活躍に期待したい。
(取材・文:新田理恵、撮影:永島聡子、吉田留美)
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