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トークイベント「渋谷実の作品の魅力」


TOKYO FILMeX (2010年11月22日 17:00)

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11月22日、有楽町朝日ホール11階スクエアにて、「渋谷実作品の魅力」と題したトークイベントが開催された。ゲストは、第11回東京フィルメックスの審査委員長を務めるウルリッヒ・グレゴールさん、夫人のエリカ・グレゴールさん、アミール・ナデリ監督。特集上映「ゴールデン・クラシック1950」の中で8本が上映される渋谷作品。1950年代の松竹黄金期を支えた巨匠でありながら再評価の機会の少なかった渋谷監督の魅力を、古今東西の映画に精通する3名に語っていただいた。

まず司会の林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターから、今回上映される8本の渋谷作品が、すでに決まっているベルリン国際映画祭での上映に加え、来年4月に開催される香港国際映画祭でも上映されることが決定したというニュースが報告された。


渋谷作品の魅力について、まずウルリッヒさんが「それぞれの作品が独自の魅力、異なった側面を持っている。ですから、この特集上映をご覧になる場合はすべての作品をご覧になることをお勧めします。それぞれに異なるさまざまなスタイルが提示されており、目を開かされる体験ができるでしょう」とコメントした。


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「渋谷監督の作品には戦後日本社会のさまざまな側面が描かれています。初期の作品には、強いリアリズムが見られます。特にイタリアのネオレアリスモの影響を受けているのではないかと思われるほどの現実感が感じられます。貧しい人々の暮らす工場地帯が背景となっているために、ほとんどの作品には煙突が登場します。煙のたなびく煙突のある風景のリアリティに、我々は招き入れられるわけです。しかし後期の作品になると、ファンタジーの世界、或いは芸術的創造性が積み上げられた世界が現れます。現実をまったく離れ、シュールな虚構に誘われるほどです。
私にとって最も大きな発見であったのは、彼の作り上げる映像の芸術性です。ある意味、渋谷は非常にスタイリスティックな映画作家であると言えると思います。しかし一方ではスタイリズムに拘らない。渋谷作品を見ていると、あまりに美しいのでそれを一時停止して眺めていたいと思うほどの画面に出会うことがあります。しかし彼はそこにとどまることなく、非常に速いテンポで物語を進めて行ってしまうのです。渋谷はそのような、非常にスタイリスティックで、映像的な映画作家だと思います」。


ここで林ディレクターから、来場していた監督ご息女の高橋蕗子さんが紹介された。登壇した高橋さんはまず「父は仕事とプライベートを分けて考える人でしたので、ここで父の人となりについて余計なことを言うと怒られてしまいそうですが...」と挨拶。
「父は仕事に入ると、完全に家族とは別の次元で生活していました。食事は三食、母がお膳に載せて部屋まで運び、まるで重病人でもいるみたいに、私たち子どもも静かにしていないと叱られる、という感じ。でもいつも仕事に追われていたというわけではないので、オフの時期はいたって普通の、優しい父親でした。時間のあるときには必ず本を読んだり絵を見に行ったりしていました。子ども心に印象に残っているのは、父はあまりにも才能という面に重点を置きすぎている、ということでした。才能のあるなしできっぱりと評価してしまう人でした」と、父の思い出を語った。


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渋谷作品の芸術性に焦点を当てたウルリッヒさんに対して、エリカさんは物語の内面について分析した。
「渋谷作品に登場する家族は、必ず何らかの問題を抱えています。多くの場合、その背景には戦争があり、戦争の傷が家族に影を落としている。『好人好日』には戦争孤児の話が出てきますが、こういったエピソードは、同じような戦後体験を持つドイツの人々にも馴染み深いものです。しかし、ドイツ映画にはこれほどリアリスティックに戦争直後の様子を描いたものは少ないように思われます。ですから来年のベルリンでの上映は、ドイツの観客に自分たちの過去の歴史を再発見させてくれるものになるでしょう。私たち海外の観客にとって、小津映画は日本社会の洗練された一側面を見せてくれるものでした。それに対し、渋谷の描く現実的な日本社会は、鏡の像のもう一つの面を示しています。例えば、女性。多くは社会の犠牲者として描かれていますが、決して理想的な姿ではなく、短所や欠点を持った包括的な存在として表象されています」


会期前のプレイベントでも「渋谷実について語りたい!」と熱いコメントを寄せていたナデリ監督。一作品ごとにノートを作成するほど熱心に作品を見ていた監督は、マイクを向けられるとその思いをたっぷりと語ってくれた。
「渋谷のテーマや、どのようにそれを描くかといったことが集約されている作品が『酔っぱらい天国』だと思います。まるで小津安二郎の最後の作品がそうであったように。お金や欲望について、社会の中で人がどのように自分の立ち位置を見いだすかということ、家族の問題、同時代の東京といったテーマが盛り込まれた作品です。ここで描かれている父子の関係は、私にとって日本映画の中での新たな発見でした。驚いたことに、メロドラマでさえある。先ほどウルリッヒさんが話したように、複雑な構造を持ち、多くの登場人物が登場しますが、それが「自分を見失ってはならない、自分自身を見つめろ」という一つのコンセプトに集約されていくのです」


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「渋谷にはエルンスト・ルビッチやビリー・ワイルダー、レオ・マッケリーといったアメリカの監督へのオマージュも見られます。これらの監督は自分たちの社会を批判したわけですが、渋谷も同じように、コメディの中に批判精神を含ませているのです。『悪女の季節』はビリー・ワイルダーの『深夜の告白』(1944年)のように、非常に滑稽で恐ろしい物語を通して社会を批評しているといえるでしょう」


「渋谷の音の作り込み方にも非常に感心しました。50〜60年代の日本映画には見られないことです。『酔っぱらい天国』で若い女性たちが、洋服代や家賃といった生きていくためのお金についてお喋りをする場面があります。そこで突然赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。すると女性たちはハッとして、それが自分たちの未来を示していると気づくのです。そんなふうに渋谷は、押し付けがましくない形で、彼のメッセージをさりげなく観客に分からせてくれるのです。映画作家になりたい人は、彼の作品を見ると非常に良い勉強になると思います。キャラクターやカメラの動かし方、自分の伝えたいことを洗練された形で伝える方法がそこには示されているのですから」


「渋谷の登場人物は、小津の映画とは全く異なっています。歌ったり踊ったり、活動的で、滑稽な動き方をする人々です。笠智衆は渋谷・小津両方の作品に出演しているので良い例となると思いますが、『酔っぱらい天国』で彼が演じているのは飲んだくれて酔っぱらう役。非常にリアルで深みのある演技をしています。この素晴らしいキャラクターは、渋谷監督自身から生まれたものなのだと思います」


次に林ディレクターが特に好きな作品を尋ねると、ウルリッヒさんは「すべてについてお話したい気持ちですが」としながら、特に60年代後半の作品が「映画言語という点で非常に興味深い」と応じた。「60年代の『酔っぱらい天国』『大根と人参』といった作品に登場する人物は、環境と分ちがたく結びついています。彼らの暮らすアパートや、家の前の道路といった、彼らを取り巻く物理的な環境と密接な関係の中で生きているのです。映画言語的に、と言うのは、カメラの置き方のことです。画面の前景、中景、後景で同時にいろいろなことが起こっている。観客はさまざまな解釈が出来ます。カメラの置き方によって、たくさんの部屋が見渡せるような構図が作られます。例えば窓が開いていると、その窓の向こうでまた別のことが起こっている。画面の複合的な作り込みによって、情報が錯綜するシーンが作り上げられているのです。あまりに多くのことが起こっているのに、すぐに次の場面に移り変わってしまう。おそらく周到に用意された場面であるはずなのに、数秒しか使われないといったことが起こっているのです」。


それに対してエリカさんは、50年代の作品を挙げた。「『本日休診』はシンプルなストーリーで、小さな事件の積み重ねによって進んでいきますが、これはある国が敗戦を迎え、立ち直ろうとしている姿をパノラマ的に捉えた物語だと言えます。人々は欠点を抱えながらも前に進もうとしている。『悪女の季節』は、ヒロインたちを好きになることは決してできませんけれども、魅了されてしまいます。また、どうしてこんなにクレージーなシーンを思いついたのだろうと思うような場面がたくさんあり、韓国のキム・ギヨン監督を思い起こさせます」
渋谷作品にしばしば見られる異様ともいえる唐突なシーンの存在について、ウルリッヒさんも「ユーモアがあって、わくわくさせる場面がある一方、登場人物たちの行動にびっくりして恐怖を感じてしまうこともある。観客の中で感情のミックスを起こさせる演出」と指摘した。「監督の視線が非常にクールで、映画の中で起こっていることとの間に距離を感じます。これは映画言語的に言うとロングショットの多用によって確かめられます。アップはほとんどなく、使われる場合はアクセントとして、特別な事件として現れるのです」


最後にナデリ監督が、現代において渋谷作品を見直す意義について次のように述べ、この場を締めくくった。
「渋谷実は現代において、なおフレッシュで新しい映画作家だと思います。『大根と人参』の中で、忘れられないシーンがあります。何を描くべきが迷っている芸術家が、ニワトリの足に赤いペンキをつけ、キャンバスの上を歩かせるのです。これはこの時代の日本が、外国から影響に振り回されて自分たちの芸術を見失っていることを示しているのではないかと思います。現代の映画作家にも共通して言えることであり、もう一度自国の遺産を見つめ直すべきだ、という現代に通じるメッセージだと思います」。


渋谷実監督の8作品を含む特集上映「ゴールデン・クラシック 1950」〜第一部「松竹黄金期の三大巨匠」〜は、11月28日まで、東劇にて上映される。


(取材・文:花房佳代、写真:米村智絵)


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