『トーマス、マオ』Q&A
TOKYO FILMeX ( 2010年11月23日 13:00)
有楽町朝日ホールで11月23日、コンペティション出品作である中国のチュウ・ウェン監督『トーマス、マオ』が上映された。英語しか話さないトーマスと中国語しか話さないマオ。言葉が通じない2人の男のちぐはぐなやり取りが笑いを誘う、ユーモラス、かつ幻想的な作品。長編3作目にして初の特殊撮影技術にも挑んだ監督に、観客からはストーリーの着想や製作の裏側などに関する熱心な質問が相次いだ。
上映終了後、舞台に上がったチュウ・ウェン監督と、奥様で女優のジンズーさんは、まず「雨の日の朝早くから、多くの方々が観に来てくださって、本当にありがとうございます」と観客への感謝の言葉を述べた。挨拶を終えると、ジンズーさんは「一観客としてQ&Aを観たい」とのことで、観客に手を振りながら客席へ。早速、質疑応答が始まった。
まず、エンドロールに登場するマオが描いたトーマスの絵が、すべてうつむきがちである理由を問う声があがった。実はトーマスとマオは実在の人物であり、「マオは中国で最も優れた画家」(チュウ監督)だという。そんなマオの絵の中でトーマスがいつもうつむいているのは、「マオのトーマスに対する見方なのでしょう」とチュウ監督。そして、監督と2人との出会い、この映画を製作するに至った経緯を教えてくれた。
チュウ監督と、マオとトーマスの付き合いはもう十数年になるという。現在、画家とモデルとして多くの作品を創作しているマオとトーマスだが、出会った頃はまだそのような関係にはなかった。「2人が協力関係をスタートさせて5~6年たった頃、私は2人の関係に強い感銘を受けた。申し上げておくが、彼らはゲイではない。しかし、2人の間にはとても強烈なものが内在している」。そして、中国の「3回生きて、やっと同じ船に乗れるような人に出会える」という諺を教えてくれたチュウ監督。「まさに2人はこの関係。トーマスとマオにはどんな物語があるのか。そんな発想が映画の起点だった」という。
進行役の林 加奈子・東京フィルメックスディレクターが今年の出品作品の傾向を「自由でフレッシュ」と表現するように、『トーマス、マオ』にも斬新な演出がいっぱい。観客からも「途中、宇宙船や宇宙人が登場するが、着想はどこから得たのか?」との質問が上がった。チュウ監督は「映画製作の過程において、空間や時間の区別、制限は設けない」ときっぱり。「今作の中で、一番好きなくだりは『宇宙にはきっと他の生物がいるに違いない』『10月には雪が降るから、普通の生活に戻るんだ』という噛み合わない会話。ここまで脚本を書いた時、宇宙人を登場させたい、雪を降らせたいと思った」と答えた。
この『トーマス、マオ』は、2001年『海鮮』、2005年『雲の南へ』(第5回東京フィルメックスで上映)に続き、チュウ・ウェン監督にとって3作目の長編監督作となるが、今回初めて特殊撮影技術を使用したシーンを盛り込んでいる。「中国で最も優れたクルーたちで撮った」と監督が言うように、チャン・イーモウ監督作品にも参加している美術スタッフらが作り上げた映像の数々は美しい。そして、同じスタッフでもチャン・イーモウの作品とは「まったく異なる雰囲気の映画に仕上がっている」とチュウ監督は付け加えた。
観客からは撮影期間と脚本に関する質問が続いた。「撮影期間は2カ月だが、準備期間などを含めると、完成まで丸3年かかった。撮影期間がちょうど2008年の北京オリンピックの開催期間と重なったんだ」と監督。「規制が厳しかったため、小道具で使う銃がなかなか見つからなかった」という、オリンピック開催が撮影に及ぼした影響についても語ってくれた。「2008年は中国にとって、また自分にとって特別な1年だった。これを映画の中に記録したかった」 と話すチュウ監督だが、オリンピックの影響で、脚本も様々な変更を強いられたという。脚本はクランクイン前に完成していたが、「撮影開始後に変えていくのが自分のスタイル」という監督。脚本の変更は、大きな問題ではなかったのかもしれない。
また、美しい湖が印象的な内モンゴルの草原を舞台にしていた今作だが、ロケ地に内モンゴル自治区を選んだ理由について聞かれ、「湖は人工のもの。内モンゴルに水はなかった」と回答。観客を驚かせた。もともと、南方の湖南省で撮影を予定していたが、観光開発が進んでおり、理想的なロケ地を見つけることができなかったという。仕方なく内モンゴルに場所を決め、小川を堰き止めて人工的に湖を作り出した苦労話を披露した。
最後に、幻想的な夢のシーンとしてカンフーの立ち回りが挿入された意図を聞かれると、「この映画の一つの核は、"言語が違うと通じ合うことができないのか?"という問題。中国のカンフーとは、ある種の"身体言語"ということができる。セリフを用いず、カンフーを使って愛と憎しみを表現してみた。白と黒の対比的な衣装は、古代の物とも現代の物ともとれる。いつの時代の物とも考えられるデザインにしている」と説明した。
時間軸や空間を飛び越えて、自由な発想でユニークな作品を届けてくれたチュウ・ウェン監督。次はどんな作品を見せてくれるのか、今から楽しみである。
(取材・文:新田理恵、写真:関戸あゆみ)
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