『ブンミおじさんの森』Q&A
TOKYO FILMeX ( 2010年11月20日 18:30)
第11回東京フィルメックスの開会式を迎えた11月20日、セレモニーに引き続きオープニング作品『ブンミおじさんの森』が上映された。上映後にはアピチャッポン・ウィーラセタクン監督が登壇し、Q&Aを行った。「今作は生まれ育ったタイ東北部への愛に満ちており、色々な思い出がつまっている」という監督。子ども時代からの映画との関わりについて、また、今作を考える上でキーワードとなる「トランスフォーメーション(変身-変容)」の捉え方について、大いに語ってくれた。
アピチャッポン監督と聞き手の林 加奈子東京フィルメックスディレクターが登壇すると、早速質疑応答へ。
まず「とても自然な存在感の出演者が素晴らしい。どのようにキャスティングされたのか」という質問があがった。他の作品でも、必ず素人をキャスティングしてきたという監督。主人公の"ブンミおじさん"を演じた俳優も、実は屋根の修理を本業とする労働者だと明かした。キャスティングエージェンシーを通して、エキストラをやっていた彼を見つけ出したのだとか。「一緒に撮影現場を巡る旅をするなかで、彼らとともに作品を作っていく」のだという。そんな中、2001年にキャストに抜擢して以来、いまや家族同然となった出演者もいる。今回ブンミの義妹を演じた女優がその人で、監督の過去作にも出演している。そんな出演者らと「ともに老いていき、彼女らの変化も映画に記録していきたい」と語るアピチャッポン監督。やはり監督にとって変化、「トランスフォーメーション」は大きな意味を持つらしい。
客席からも、「トランスフォーメーション」についての考えを問う声が上がった。作品の中で描かれる「トランスフォーメーション」は、「一般にいう輪廻とは異なるかもしれない」と監督。劇中に登場する"猿の精霊"を例に挙げ、エピソードの基になったタイ東北部で実際に起こった史実を紹介した。「この地方で共産主義が広まった時期があり、中央政府はこれを弾圧した。そして多くの男たちがジャングルに逃げ込んだ。映画の中の猿の精霊も、この社会から逃げ出そうと森に入った。このように"姿を変えていく"ということは、人間の人生の中にもあること。劇中にトンという、葬儀の時に僧になる若者が登場するが、出家もまた人間とは違った存在になるということであり、複数の"殻"を取り換えていく行為だと思う」。
また、「過去の記憶と未来の時間をつなぎ合わせるタイムマシーンのようなものが、『ブンミおじさんの森』には映し出されている」と、時の変化についても語った。「非常にランダムに、瞬間、瞬間で覚えられているものが"記憶"。この作品ではそれを表現するため、時間を飛び越えたり、時間を移動したりしている。昔の映画作りの方法やスタイルを作品に取り込んでいたり、私の個人的な記憶なども映し込んでいる。例えば、ブンミが腎臓病を患っているのは、私の父がそうだったから」。
穏やかな語り口で、終始和やかな雰囲気を醸し出しているウィーラセタクン監督。なかには、監督の子ども時代の様子を尋ねる観客も。「監督の作品からは、いつも精霊や、何か姿の見えないものの息遣いを感じる。こういう作品を撮ることができるとは、一体どんな子ども時代を過ごしてきたのだろう?」監督はこの質問に、「両親とも医者で、病院と学校と映画館の3カ所だけが私の居場所だった。内向的だった私にとって、映画館は逃避の場であり、また世界への窓だった」と"映画少年"が形成された過程も明かしてくれた。今でも映画は、言葉で伝えることが難しい時の「コミュニケーションツール」だという。「カメラの後ろに立つと自信が湧く」のはカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞監督となっても変わらない。
「日々の雑感をノートに書きとめたものが、映画になっていく」というアピチャッポン監督。今年カンヌを驚かせ、また絶賛されたその独特の感性で次はどんな作品を生み出してくれるか、今後も目が離せない。
『ブンミおじさんの森』は、2011年春、渋谷シネマライズ他で全国順次公開される。
(取材・文:新田理恵、写真:村田まゆ、関戸あゆみ、中堀正夫)
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