『ゴーレム、さまよえる魂』Q&A
TOKYO FILMeX ( 2010年11月28日 14:00)
11月28日、有楽町朝日ホールにて、特集上映「アモス・ギタイ監督特集~越えて行く映画」より『ゴーレム、さまよえる魂』の上映が行われた。ギタイ監督による亡命三部作の第3作目に当たる同作。上映に先立ち、観客が作品をよりよく理解できるようにとQ&Aで通訳を務める藤原敏史さんが登壇、監督からのメッセージを代読した。「キリスト教の旧約聖書に基づいた神話的な物語」と映画の原点を説明した上で、「この歴史的なテクストを、現代的な異なった文脈に置きかえたらどうなるのかを描いた作品」であると述べた。
『旧約聖書』の「ルツ記」をもとに、移住した先で夫と息子たちを亡くした妻が、義理の娘と祖国に帰ろうと決意する姿を描く『ゴーレム、さまよえる魂』。上映終了後、Q&Aに登壇したアモス・ギタイ監督に、待ちに待った観客から早速質問が飛んだ。
「今作では"人間ならざるもの"が登場し、印象的な俯瞰的撮影によるシーンもいくつかあって"神の意思"を連想させられた。監督自身は霊的な存在や人間を超越した存在、神について、どのようにお考えか」。
ギタイ監督は「複雑な質問だ」と前置きした上で、次のように答えた。「人間は単に物質的な物事、物質的な満足だけでは生きていけない。単なる消費者として生きていくのは不可能だ。そういう意味で人間は、精神的なもの、なかには宗教という構造をもったものを必要としている。そして自分の考え、自分の信念を必要としているし、それを求めることは人間の誠実な追求だと思う」。
次に、同作を観て最近読んだばかりの本『バベルの謎』を連想したという男性の手が上がった。同書を読んで「人と神と土の物語が『旧約聖書』だと思われているがそうではない。神が警戒していたのは、人が土と結託し、自然に相対することだと分かった」という男性。「(映画を見て)人と神と土、神の意に則った秩序を作っていかなければならないと思ったが、監督の考えは?」と意見を求めた。
これに対してギタイ監督は、「現代の映画作家は、単に私たちが生きている人類史のごく薄い時代だけではなく、古代のものにも遡らなければならない。古代の文章は、人間の存在の矛盾や葛藤の最も根本的な部分を既に描いていた」と述べた上で、次のように続けた。「世界は、"さまよえる民"と"定住する民"によって作られている。定住する民は農業を行い、建築し、さまよえる民はアイデアを運び人類全体の進化に貢献してきた。『ゴーレム、さまよえる魂』では、これを描きたかった」。
また、「この映画のもうひとつの目的は異なる素姓を持った人たちが何かを作るというところにあった」という監督。出演者には、米国の故サミュエル・フラー、イタリアのベルナルド・ベルトルッチ、フランスのフィリップ・ガレルら各国の著名な映画監督が名を連ねるほか、スタッフにもドイツの音楽家、フランスの録音技師らが集う。彼らが一緒に古典的で神話的、同時に極めて現代的でもあるテキストを扱ったという「人間的な豊かさ」(ギタイ監督)もまた、同作のポイントだ。
ギタイ監督の亡命三部作の3作目でもあり、またゴーレム三部作の1作目でもある同作。この作品を撮り終えた後、監督はおよそ10年間過ごしたパリを離れ、祖国イスラエルへ戻り多数の作品を生み出すことになる。
「アモス・ギタイ監督特集~越えて行く映画」は、東京日仏学院で11月30日~12月12日、アテネ・フランセ文化センターで来年1月下旬~2月上旬の日程で引き続き特集上映が行われる。
(取材・文:新田理恵、写真:村田まゆ)
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