丸カフェ・シネマ塾(第1回)「そうだったのか!東京フィルメックス」
TOKYO FILMeX ( 2010年10月28日 23:00)
10月28日、映画祭のプレイベントである「丸カフェ・シネマ塾(全3回)」の第1回「そうだったのか!東京フィルメックス」が東京・丸の内カフェにて開催された。林加奈子東京フィルメックス・ディレクターと市山尚三東京フィルメックス・プログラムディレクターが登壇し、雑誌「フィガロジャポン」の副編集長である森田聖美さんが聞き手となった。森田さんは東京フィルメックスの大ファンで、第1回から毎年通い続けているという。
最初に、作品の選定方法について森田さんから質問された。東京フィルメックスの要は、作家性を重視したラインナップ。「ベルリン国際映画祭、カンヌ国際映画祭をはじめ、規模の小さい映画祭まで可能な限り足を運び、また人脈を活かして映像を入手して、8月までに300本ほどの新作映画を観ます」と市山Pディレクター。必ず林ディレクターと二人が観て検討し、双方の合意した作品のみを上映作品として決定する。特に新人監督が対象となるコンペティションは、うまくまとまっているものよりも、キラッと光る原石を選ぶという。「期待してくださっているお客様との信頼関係を大切に考えているので重圧は年を重ねる度に深まりますが、独創的でこれは、と思う作品を上映したい。選定にはそれこそ命をかける気構え」という林ディレクターの言葉が印象的だった。
次に、オープニング作品であるアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさん』(仮題)の話題へ。この作品は今年のカンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞。今年のカンヌのコンペティションではアジア映画の充実ぶりが目立ったが、中でもアピチャッポン監督がパルムドールを手にしたことは嬉しい、と両ディレクターは語った。
アピチャッポン監督は東京フィルメックスとは縁の深い監督で『真昼の不思議な物体』(第1回)、『ブリスフリー・ユアーズ』(第3回グランプリ)、『トロピカル・マラディ』(第5回グランプリ)、『世紀の光』(第7回)と多くの作品が上映されている。『ブンミおじさん』はユーモアがあり、なおかつ感動的で、「今までの作品と比べ、より観客に対して開かれている」(市山Pディレクター)という。
アピチャッポン監督はマイペースでおとなしい、『月曜日に乾杯!』(第3回上映)のオタール・イオセリアーニ監督はお酒が大好き、『シークレット・サンシャイン』(第8回上映)、今年のクロージング作品『詩』(仮題)のイ・チャンドン監督は人格者でありオーラが漂う方、など監督のエピソードも聴くことができた。
今年は上映作品の監督来日予定者も多い。10〜11月は世界各地で映画祭が多い時期で、多忙な監督たちのスケジュール調整には毎年苦労するが、東京フィルメックスでは可能な限り来場してもらうことを目指している。作品の上映後に行われるQ&Aは、観客と監督が触れ合う貴重な機会。林ディレクターは「最後まで来日を諦めない」とこだわりを見せた。
「東京フィルメックスの質疑応答は面白い」と言う森田さんに、「Q&Aはとても大事な時間。観客の皆さんはピュアでシャープな質問をしてくださいます」と林ディレクター。質問内容は事前に想定確認などするが、想像以上に核心に迫った質問があると、監督も喜んでくれる。その様子を隣で見ていることが主催者としての醍醐味であるという。
特にコンペティションの監督は新人でデビュー作である場合も多く、大きなホールでの上映に最初は緊張が見られるが、監督として成長していく過程を見ることができるのだという。一例を挙げると、『あひるを背負った少年』(第6回上映)のイン・リャン監督。この時の上映がワールド・プレミアで、ポスターもなんと手作り。監督自身も最初は、右も左も分からない、といった様子だったが、上映後のQ&Aを経験し、審査員特別賞を受賞してフィルメックスを去る時には「この賞金で次回作を作り、またフィルメックスに参加したい」と言ってくれた。その後世界の映画祭を巡り巡って、一年後に『アザー・ハーフ』(第7回審査員特別賞)で来日した時には、すっかり映画監督の顔になっていたのだという。
東京都と東京文化発信プロジェクト室のサポートにより7本もの英語字幕付きのニュープリントが作成されるという、今年の特集上映「ゴールデン・クラシック1950 〜第一部「松竹黄金期の三大巨匠」〜」。その中で多くの作品が上映される渋谷実監督の話題へ。クラシック作品の特集上映が毎年組まれるが、なぜこのタイミングでその監督を採り上げているか、と森田さんから質問があった。市山Pディレクターは「タイミングはケース・バイ・ケースであるが、今年の渋谷監督は没後30年であることから。国際的にはあまり知られていない監督ですが、カンヌのコンペティションに出品された『現代人』や、『正義派』など素晴らしい作品があります。今回ニュープリントの作品も多く、会場の東劇も有楽町朝日ホールと近いためぜひ観ていただきたい」と語った。小津安二郎作品でおなじみの笠智衆は、渋谷作品では役どころや演技のテイストもまったく異なり、面白いという。「特集上映では、クラシック作品に英語字幕を付けて上映します。これは日本のみで知られている旧作を翌年以降海外へ発信できるということ。特に来年2月のベルリン映画祭での上映も決定しているので世界へ広まるきっかけとなる」(市山Pディレクター)。
このトークイベントでは事前に質問を受け付けていた。
「カタログに掲載する解説文はどの程度まで内容に踏み込むのか」の質問に、市山P ディレクターからは「一般の方向けにはネタバレにならないよう考えながら解説を付けている」との答え。「ただし、ワン・ビン監督『溝』に出てくる1950 年代の反右派闘争のように、作品で主題となる時代背景等、各自調べておいて予備知識として知っておいた方が良い」とのアドバイスもあった。カタログには解説や監督からのメッセージの他に、権利元の連絡先やプリントのソースも掲載するという。東京フィルメックスの上映作品は一般公開が決まっていない作品が多く、業界の方にとっても日本語字幕付きで作品を観るチャンス。過去にフィルメックスでの上映から配給に結びついたケースもあるそうだ。「映画祭は人が集まる場。そこから新しいことが始まるのではないかと期待している」と市山Pディレクター。最近の例では、東京フィルメックスでの出会いがきっかけで、現在制作中のアミール・ナデリ監督の最新作「CUT」(原題)で西島秀俊さんが主演をつとめることになったのだそう。
丸カフェ・シネマ塾は11月10日(水)、17日(水)にも丸の内カフェで開催される。第11回東京フィルメックスは11月20日(土)〜28日(日)に開催。両ディレクターのおすすめ作品は「全て」。可能な限り1本でも多く観ていただきたいとのこと。今年も多くの個性あふれる作品と出会うことができるだろう。
(取材・文:大下由美)
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