『トスカーナの贋作』Q&A
TOKYO FILMeX ( 2010年11月23日 19:00)
11月23日、有楽町朝日ホールにて、特別招待作品としてアッバス・キアロスタミ監督の『トスカーナの贋作』の上映が行われた。主演のジュリエット・ビノシュが今年のカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞した話題の作品、またイランの巨匠キアロスタミ監督が来場されることもあって多くの観客が詰めかけた。ユーモアを交えたキアロスタミ監督の言動に時折笑いが起こりながらも、巨匠らしい深い内容のコメントを伺えたQ&Aとなった。
上映後に姿を現し、拍手に包まれたキアロスタミ監督は、ステージ上に登らず、客席と同じフロア、ステージ前の中央の位置に着かれた。「下の方がよろしいのですね(笑)」と林 加奈子東京フィルメックスディレクターが後を追い、客席から笑いが起こる一場面も。キアロスタミ監督の東京フィルメックスへの来場は今作が初めて。「ようこそ、ようこそ、本当にようこそ、いらっしゃいました!」と厚く迎える林ディレクターの言葉に会場は再び大きな拍手に包まれた。「皆さんにお会いできることをとても楽しみにしていました」と挨拶をするキアロスタミ監督。熱心に映画を鑑賞する日本人を「繊細で、素敵」と表現された。「これから質問を受けますが、決して自分の答えは、皆さんの疑問を解決するものにならないと信じています。答えは期待しないでください」と前置きをされた。
最初に、今回贋作をテーマに映画を制作された理由について質問が挙がると、「実は、一番テーマにしたかったのは永遠に問題が終わらない男女関係。「贋作」や「オリジナル」を利用していかに物語を語るかが重要でした」今作は、イギリス人の作家とジュリエット・ビノシュ演じるフランス人女性が出会い、その後の数時間を共に過ごす二人の関係性が表現されている。
続いてペルシャ語での質問が挙がった。「このアイデアはご自分の生活の中から生まれたのか。そして結局この主人公二人の関係がよくわからなかった。実は結婚していたのか、演じていたのか」その質問に対し、「自分の作品の中で原作がベースになっているものは一つもありません。実際経験したことから生まれています。この二人は本当に結婚をしていたのか、自分でもわかりません。主役の二人に聞いてみたけど、二人ともわからないと答えていました」とうまくかわしたキアロスタミ監督の返答に、会場も大きく沸いた。たたみかけるように「それが果たして重要なことなのか、私からも問い返したい。私たちは、映画から同じ情報や疑問を手に入れている。それ以上知りたいと思うなら、もしかしたら道に迷ってしまうかもしれないし、何かを得ることもできなくなってしまうかもしれない」と答えを明かさない理由を示唆するようなコメントがあった。
続いて、舞台となったイタリア、南トスカーナ地方の村について話が移った。プロデューサーから、ローマからエキストラを連れてくることを提案されたが、地元の人々に出演をしてもらおうとキアロスタミ監督から意見を出したという。「自分からお願いをして出演してもらったが、彼らがカメラの前で自分の人生をそのまま過ごしていたのが素晴らしかった。とても満足している」と語った。
男性からの質問が相次ぎ、「男性の方ばかり質問されるが、女性はどうでしょうか。この映画は女性が質問するべきだと思っているのだが」とキアロスタミ監督が話し出し、会場から笑いを誘っていた。
「次は女性からの質問を...」との林ディレクターの問いかけに応じたのは、長年に渡り黒澤明監督のスクリプターを務め、近年は映画『母べえ』の原作者として知られる野上照代さん。野上さん、同じく客席にいた映画評論家で、第5回東京フィルメックス審査委員長もつとめられたドナルド・リチーさんに、キアロスタミ監督は心からの感謝の意を示した。今作は、英語、フランス語、イタリア語が交錯する作品となっている。「外国で、複数の外国語を使用する環境で、これだけの仕事をすることは大変なこと、素晴らしい」と賛辞を贈った野上さんに、キアロスタミ監督は「違う言語で映画を制作することは大変だった。日本で、日本語を使って撮ることができると自信がついた。この年になってこれから経験することはもう怖くないでしょう」と応じた。質問にも挙がった今後の映画制作について、「次の映画は日本で撮りたいと思っており、来年春にはクランク・インする予定」と明かした。
『トスカーナの贋作』は、来年2011年2月より、渋谷ユーロスペースを始め全国順次公開予定。
(取材・文:大下由美、写真:関戸あゆみ)
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