丸カフェ・シネマ塾(第2回)「フィルメックスが待ち遠しい! Vol.1」
TOKYO FILMeX ( 2010年11月10日 22:30)
いよいよ今月20日に開幕を控えた第11回東京フィルメックス。東京・丸の内で開催されている丸カフェシネマ塾の第二回は「フィルメックスが待ち遠しい! Vol.1」と題し、アミール・ナデリ監督と俳優の西島秀俊さんのお二人を迎えて開催された。
5月より日本で撮影が行われた、最新作「CUT」(原題)制作のきっかけとなったフィルメックスでの出会いや、映画祭の魅力を語り、笑顔の絶えない和やかな雰囲気のイベントとなった。
まず林 加奈子東京フィルメックスディレクターより、「CUT」でナデリ監督と初タッグを組んだ西島さんに質問がされた。西島さんとナデリ監督との出会いは第6回東京フィルメックス(2005年)。審査員を務めた西島さんは、『サウンド・バリア』(特別招待作品)で参加したナデリ監督に「お前は俺と映画を作る運命にある」と言われたという。西島さんは「「CUT」の撮影では自分の想像を超えたとてつもない体験ができました」と語った。
他の作品との違いについての質問には「自分にとってもこの作品が転機になった。この映画があったから今後も俳優をやっていけると思えた。「CUT」以前と以後の自分に分かれるほど」と答えた。
ナデリ監督は来場者に「今夜は新しい世代の映画を愛している人たちと話せるのを楽しみにしています」と挨拶。林ディレクターから「なぜ西島さんを主演に選んだのか?」との質問にナデリ監督は「西島さんは自分のとっての"鍵"」と話し、「20年前からアメリカで日本映画のワークショップを開催しており、いつか日本で映画を撮りたいとずっと思っていましたが、メインの鍵が手に入らなかった。2005年にフィルメックスで西島さんと出会い、話したら、私達は昔からお互いの出会いを待っていたのではないかと思えるほどで、近い将来一緒に仕事をする予感はこの頃からあった」と共演のきっかけを話した。
映画祭期間中に上映作品を一緒に観たことも「二人の距離を縮めてくれた」という。「映画を観終る度に、二人で映画の話ばかりしていた。自分が将来日本で仕事するために、必要な鍵は西島さんが持っていて、その鍵を開けてくれた。彼のおかげで日本で映画を作ることができたし、新作「CUT」に日本的な考え方、日本映画の持つ独特な匂いや感じ色々なものを運んできてくれた」。
「CUT」撮影中のエピソードに話題が及ぶと、西島さんは「最初に監督と会ったときに、「お前はいつも感じ良く笑っているが、本当はそうじゃない。そんな匂いがする。俺に本性を見せろ!」」と言われたことを明かし「撮影中の記憶が飛んでしまうくらい自分とナデリ監督、そして役が一体化していた。そんな状況になったのも、監督が「セットに入ったら、共演者・スタッフとは一切話すな」と言われていたから。日々、挨拶もそこそこにセットの隅に座っていて、何かの拍子にスタッフと話すと、目ざとく監督が見つけてまた隅っこに追いやられました。正直、ここまでやらなければいけないのか?と思いましたが、そのおかげで演じる事に集中出来た」と語った。一体化の影響は撮影後にも及び「しゃべり方を忘れるほどでした」と話すと、会場は笑いに包まれた。
また、ナデリ監督は「正直に話しますが、撮影現場では「いい人」ではありません。これも良い映画を作るため」と前置きし「彼を選んで本当に良かった」とまたもや西島さんを絶賛。「西島さんに対して他の出演者とは違う親近感を持てた事が大きい。自分と彼のコミュニケーション方法を見ていれば、出演者・スタッフにも学んでもらえると思ったし、そうしたハングリー精神を撮影に持ち込んだ。彼に話をするなと言ったのは目や耳を必要の無いことで使って欲しくなかったから。今日、ここに来るまでに5時間ほどラッシュを見てきたのですが、自分はこの作品の監督だが、私の監督は西島さんだったんだ、と改めて感じました」と話した。
林ディレクターが「風貌は似ていないけど、相思相愛な二人」と評すると、監督からは「Beauty and the Beast(美男と野獣)」とユーモアたっぷりの切り返し。会場は再び大きな笑いに包まれた。
次に、今月20日より開催される東京フィルメックスの魅力についての話題に。林ディレクターは「ナデリ監督はご自身の作品が参加していなくても、毎年足を運んでくださる貴重な方。期間中は毎日来場し、コンペや特別招待作品の作品上映後には歓喜の雄たけびを上げながら、監督達にハグをし、Q&Aにも積極的に参加してご自身でも質問される」と話し「他の映画祭とフィルメックスの違いは?」と監督に質問。
ナデリ監督は「まず、観客の皆さんが驚くほど熱心。他の映画祭との一番の違いは、朝10時から観客が映画を観ていること。これは本当に驚くべき事で、海外の映画祭では見られないことです。フィルメックスの上映作品はどれも(前菜やデザートではなく)「メインディッシュ」ばかり。それを観客がきちんと理解している。そして、フィルメックスは観客を通じて、新しい若い世代の監督を育ていると思う」と話した。監督からはこれを象徴するエピソードとして
去年のフィルメックスで観た作品を上げ「朝10時から上映した、ヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督(スリランカ)の『2つの世界の間で』はとてもショッキングで素晴らしかった。林さんから「監督が午後には来る」と聞いたので待って、会った瞬間にハグしたんです。次の上映の際にもたくさんの観客が入っていたことも素晴らしい。その後、ジャヤスンダラ監督から作品のDVDを受取り、ニューヨークで紹介したところ彼の新しい作品を作ろうと、プロデューサー達が今動いている」と語った。
また、「フィルメックスに来ると、毎回自分の知識が高まるし、自分の作品に大きな役目を果たしてくれている。黒沢清監督やSABU監督とも話したことがあるが、フィルメックスで映画を観ると心が綺麗になるんです。それによって次の作品に取り組める」と話し、自身の創作にも大いに刺激を受けていることを明かした。西島さんも「よくぞこれほど全く新しく、多岐に渡ったセレクションをされるものだと感動します。どの作品を観に来ると決めなくても、足を運べば凄い作品に出会える。ハズレがない。フィルメックスで色々な作品を観て、映画の新しい見方、楽しさを学びました」と話した。
また、林ディレクターからの「審査員の時と一人の観客の時で、観るときに違いはあるか?」との質問に西島さんは「観客として観る時よりは、責任感は増すと思うが、それよりも一緒に審査員を務めたフレッド・ケレメン監督やエリカ・グレゴールさんと一緒に映画について話をさせてもらった事も刺激になった。自分の好みだけでなく広い視野で観ること、映画の未来のことを考えた上で、何をどう評価していくのか。真剣に話し合い、楽しむことが出来た」と語った。
ここで、第11回の上映作品の中から、4作品の予告編を上映。
コンペティション部門より、1本目は中国河北省の山間の村を舞台に、数人の年老いた独身男たちの奇妙な日常生活をドキュメンタリー・タッチで描くハオ・ジェ監督(中国)の『独身男』。
印象的な歌と音楽に西島さんは釘付けに。2本目は想田和弘監督(日本)『Peace』。『選挙』(06)、『精神』(08)に続く「観察映画」の新作となる。3本目は、男女4人の若者の激烈な感情のぶつかり合いが観る者を圧倒する内田伸輝監督(日本)『ふゆの獣』。4本目は特別招待作品のNHKコラボレーション企画となる『怪しき文豪怪談』が紹介された。
予告編を観たナデリ監督が「フィルメックス期間中は「CUT」の編集作業を中断する!理由はコンペティション部門の作品を全部見たいから!」と自身の希望を口にすると、再び会場からは笑いが。
「私が日本でなぜ映画を作りたかったのか?それは日本のクラシックシネマがあったから」と、松竹黄金期の三大巨匠にスポットあてた特集上映『ゴールデン・クラシック1950』にも話題が及び「小津安二郎監督、渋谷実監督、木下恵介監督の作品をもう一度スクリーンで観るのが楽しみ。特に清水宏監督の作品に受けた影響ははかり知れない。本当に大切な映画たちです。映画監督になりたい若者には『自分のルーツを調べなさい』と話しますが、日本にはこの時代の豊かなクラシック映画があるからこそ、沢山の監督が生まれるのだと思う」と分析した。
そして、「今、ここで会場の皆さんに上映作品の話をするのはフェアじゃないので、コンペティション部門の作品をぜひ全部観て欲しい」と語った。
西島さんはオープニング作品『ブンミおじさんの森』のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督について、「真の意味で新しくオリジナリティのある作品を撮る監督。ナデリ監督が審査員を務めた第3回フィルメックスでグランプリを受賞した『ブリスフリー・ユアーズ』も本当に良かった」。ここでナデリ監督からは「実はまだアピチャッポン監督には会えていないんです。オープニングで出会えたら、走っていってハグしたい!」と熱いコメントが。「『ブリスフリー・ユアーズ』はあの年の最後の上映作品で、本当に新鮮で興奮した。審査委員会ではぜひグランプリに!と推した作品でもある」と話した。
「今年アピチャッポン監督は審査委員として来日予定です。ナデリ監督とのハグシーンを皆さんお楽しみに」と林ディレクター。ナデリ監督と西島さんからは、開催期間中は予定を空けて「毎日観に来ます!」との宣言も飛び出した。
ここで来場者からゲストのお二人に、日本のクラシック映画ではどの作品が好き?との質問が。
ナデリ監督は日本映画について、「私はイラン人ですが、流れる血には日本映画の中に観るものに近いものを感じている。23年前から住んでいるニューヨークとも違う。日本にいると、まるで自分の国にいるような感覚になる」と語った。日本映画は世界中に影響を与えており、世界の多くの映画に日本を感じる瞬間があるという。「小津監督の沈黙、黒澤明監督のムーブメントと群集、溝口監督の長回し撮影は、全ての映画の編集に影響を与えていると思う。今回撮影で数ヶ月間日本に住んでいて本当に残念だと感じるのは、若者が自分達が手にしている宝物に気づいていないことと、それを他の国に求めていることで、自国のクラシックの良い映画を観てない。ですから、皆さんも新しい作品を2本見たら、ぜひクラシック作品も見るべき」と力説した。
西島さんも渋谷実監督の作品の魅力について、「渋谷作品はどこかブラックな面白さがある」とし、また「役者が素晴らしい。笠智衆さんが小津作品とは違った魅力が出ていて、異なる監督・演出ではここまで違うのかと感銘を受けた。笠さんの体を張った演技には驚かされる。役者の新たな一面を引き出している」と話し、渋谷作品に登場する中で共演したい俳優に佐藤慶氏、池部良氏を上げた。またナデリ監督も「渋谷監督については、フィルメックスのトークでも話すつもり」と付け加えた。
次に、イランからアメリカに移住し、激変する人生の環境の中で映画作りを続けてきたナデリ監督に、「オブセッションや人生のリスクに立ち向かう原動力は?」という鋭い質問が。これに対し監督は、「ストリートで育ったことで勇気が身に付いた。自分は映画学校に通ってはいない。映画は家の外で学んだ。自身の映画のルーツは母の妹である叔母だと思っている。映画が好きだったけれど、経済的にゆとりがない自分に叔母はアルバイトを紹介してくれた。昼はアルバイト、そのお金で映画を観ていた」ただ、辛かった事として「紹介してくれたのはレストランでずっと玉ねぎの皮をむく仕事で、終わってから映画に行くと涙目で画面が見えないんだ。だから叔母に相談してアルバイトを変えてもらった(笑)」と語った。
「叔母は自分のルーツであり、『貰った全てのものを分け合うことを教えてもらった』。自分の人生のエネルギーは映画。映画は自分の全て。だから皆さんにも分けていきたい。でも大好きなお菓子だけは渡せないな」と茶目っ気たっぷりに話すと、会場全体から拍手が起こった。
最後にフィルメックスへの期待をお二人に語っていただいた。まず西島さんは「フィルメックスに来ると、映画にはもっと豊かな未来があり、自分にはしなくてはいけない事がまだあると毎回感じさせてくれる。また、上映作品を持って参加し、舞台挨拶やO&Aをしたい」と語った。
ナデリ監督は「去年も多くの期待を貰った。2年前に海外の他の映画祭に参加した時に『ベガス』で賞を貰ったけれど、これは別の作品に与えるべきと思っていたのが自分の前の席にいた『息もできない』(08年/韓国)のヤン・イクチュン監督で、思わず自分のトロフィーを彼にあげたんだ。そうしたら去年のフィルメックスで彼がグランプリを受賞したんだ」とナデリ監督ならではのエピソードも。
丸カフェシネマ塾「フィルメックスが待ち遠しい!vol.2」は11月17日(水)、ゲストに行定勲監督を迎えて開催される。
(取材・文:阿部由美子/写真:村田まゆ)
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