『夏のない年』Q&A
TOKYO FILMeX ( 2010年11月24日 16:00)
11月24日、有楽町朝日ホールにて、コンペティション作品『夏のない年』が上映された。上映後、タン・チュイムイ監督と、サウンドプロデューサーを務めたピート・テオさんがQ&Aに登壇した。テオさんは21日の上映後のQ&Aに引き続き2回目の登壇となる。マレーシア映画に対する熱心な観客からの質問が複数寄せられた。
最初に、市山尚三東京フィルメックスプログラム・ディレクターからタン監督へ、この作品を制作した経緯について質問された。「私の生まれ故郷で映画を撮りたい希望があった。ロケーションを決めてそこからスタートした映画」。舞台となったのは漁村で、監督の父親もそこで漁業を営んでいたそうだ。「子供時代の大事な記憶が、そのままこの映画に活かされている」と監督は語った。
続いて客席から質問を受け付けた。光・音が非常に抑制された演出の意図を教えてほしい、との質問に、「私は何か自己表現をしたり、人と話す際に少し距離を取る傾向があります。そんな性格が反映されているのかもしれません」と監督。次に「公式カタログの『夏のない年』のページ(9ページ)に掲載されている、タン監督のメッセージの内容をもう少し詳しく、監督自身から説明してほしい」と質問が挙がった。質問者が示したのは「私の作品は、人は自分自身に何が起こっているのかよく知らないままどう生きているのかといった話だ。ある意味、それは悲しみの歴史についての話なのだ」という部分。
これに対し監督は、「私の映画に答えはなく、観客に問いかけをしているのです。この作品は不幸な男性に関する映画。彼は別の生き方を求めていますが、いつも幸せを探しているから幸せにはなれません。子供の時も不幸で、幸せは自分から遠いところにあるのだろうと思っている人なのです」。さらに「なぜ自分が不幸であるのかわかっていない人が多い。"自分は不幸だ"と言って不幸の言い訳をしたり、無理に納得しようとする。でも、その理由はその人にはわからない」と続け、人間に対する深い洞察力をのぞかせた。
タン監督は若々しくフレッシュな女性監督で、質問者の女性から「こんなに若くてキュートな女性が監督とは」と驚きの声が上がったほど。「このような若い方が作品を制作できるマレーシアという国の中で、映画を取り巻く状況や現場はどうなっているのか」との質問に、タン監督は若い作家と多く仕事をされて非常に業界に精通されているとピート・テオさんに返答を託した。
テオさんは、「政府・民間から金銭的サポートを受けることができないなどインフラが整備されていないが、逆に言えばチャンス。デジタルなどテクノロジーを駆使して、新しい世代の人たちがどんどん映画を撮っています。皆ができる範囲でお互いに助けあう文化が根付いていて、それがマレーシアの強さとなっていると思います」とマレーシアにおける映画・音楽制作について現状を説明された。
テオさんに、今作のサウンドについて、「音楽がほとんどなく、風、波など自然の音を探って拾い上げたよう。サウンドを作っていくことを、どのように捉えていたのか」と質問が挙がった。サウンドデザイナーとしては、観客に音のことについては全く気付かれず、作品に入り込んでもらった場合が成功だと思う、とテオさんは語った。「いい音だと観客に認識されてしまっては、監督と競っているというか、自己主張が強すぎて観客が作品に入り込む邪魔をしていると感じます。シーンやストーリーに対し、主張し過ぎないことが大事」と映画のサウンドを手がける際の心構えが伺えた。この作品のように繊細で情緒的な美しい映像には、あえて楽曲を入れる必要はないと感じたという。
また、今作の自然音に関してはとても労力がかかっていて、ほとんどの部分、音を重ねて再構築・再現して録らなければならなかった。海の波の音は特に大変だったそう。「自然音を使用する場合にもつい強調したくなりますが、例えば魚が飛び跳ねて海に入る際の水が跳ねる音はあえて入れませんでした。なるべく自然に」。テオさんの細心の注意は、自然音の中のほんのわずかな部分まで行き渡っていた。
ピート・テオさんは11月25日夕、日本のミュージシャン三宅洋平さんとのコラボレーションで開催されるライブ『ARTISTIC FRONT LINE ASIA -message to the messengers-』(恵比寿・タイムアウトカフェ&ダイナー)に出演予定。
(取材・文:大下由美、写真:肥後麻子)
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