「ニコラス・レイを語る」(ゲスト:スーザン・レイさん)
TOKYO FILMeX ( 2011年11月24日 15:30)
11月24日、有楽町朝日スクエアBにて「ニコラス・レイを語る」と題したトークイベントが行われ、ニコラス・レイ監督夫人であるスーザン・レイさんがゲストとして登壇した。スーザンさんはニコラス・レイ財団の代表として、幻の映画となっていた『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』の修復を手掛け、作品の完成と発表に尽力。35年という歳月をかけた修復は困難や挫折を伴ったが、そこにはニコラスとの不思議な体験もあったと語る。
『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』は、ニコラスさんが大学の授業の一環として、撮影機材をほとんど触ったこともないような学生たちと作った作品だ。スーザンさんは本作品の二つの実験的な要素として、360度の視野を一つのフレームに溶け合わせたマルチイメージとジャーナリスティックな手法を指摘し、その理由を「彼は日常を記録することによって、現実を掌握しようと考えた。また人は直線的に思考するということはなく、その見方をより正直に表そうと試みた」と述べた。撮影された60年代は権力に立ち向かっていった若者が無力になってしまった時代であり、ニコラスさんはそれを「若者は自己イメージの探求を始めた」と表現し、暴動と同じぐらい危険なことだと危惧していたという。
トークでは質疑応答の時間が設けられ、内容に関すること以外にも映画人との関係について、また審査委員長を務めるアミール・ナデリ監督からも質問が挙った。
作品のエンドクレジットにあるジャン=リュック・ゴダールやジム・ジャームッシュとはどのような関係だったのかという質問について、「ゴダールはこの映画を作るときに一番最初に資金を提供してくれた人です。ジャームッシュはニコラス・レイ財団の理事の一人でもあり、いろんな形でサポートしてくれました」と答えた。ちなみに修復については本作が持つ手作り感をできるだけ残そうと編集はせずに、基本的にクリーニングするという以外は手を加えなかったという。ただ音については、「ナレーションを学生の声からニコラスの声に差し替え、消えてしまっていた音をできるだけ補完しました」と説明した。
内容に関する質問については、学生が泣きながらヒゲを剃るという印象的なシーンについて説明を求められたが、「その学生はマイアミで行われた民主党の党大会に撮影に行ったのですが、その帰りにヒッチハイクでゴロツキに襲われました。彼は殴られたのは自分がヒッピーに見えたからで、ヒゲを剃ってもっと普通に見えるようにしなければと考えたのですが、ニックにその決意を話したら、これは撮影しなければということになりました」と回答。スーザンさんは修復過程において、当時のスタッフ・キャストの証言を引用しながら製作の経緯を明らかにしたメイキング・ドキュメンタリー『あまり期待するな』を制作しているが、その中でこの学生が当時のことを振り返るシーンが収録されている。
質問の最後にナデリ監督が、「映画に関わっている人間にとって宝物のような作品で40年前にこのような映画が作れたということにとても驚いています」と述べ、修復過程におけるスーザンさんの心境の変化について訊ねた。するとスーザンさんは、最初はとても気の重い作業であったと語り始めた。自分の夫が全てを無防備にさらけ出している本作は、スーザンさんにとって必ずしも心地の良いものではなく、当時は作品について充分に理解していなかったという。また修復の支援を断られるということも辛い経験だったようだ。何度も挫けそうになりながら、もう一度向き合おうとした時、ベネチア映画祭ディレクターのマルコ・ミュラー氏の後押しがあって前進することができたのだという。作品に対しては多くの疑問があったが、ニコラスの不思議な習慣によって助けられたのだそう。「彼は人と話す時も独り言をいう時も、必ず録音していました。それを全て再生してみたのですが、それはまるで彼があの世から語りかけてくるような不思議な体験でした。彼は私の質問にたいして直接的に、明解に、自分の言葉を使って全て答えてくれました。彼は映画作りの中で何をしたいかという迷いがなく、明確でした」。修復を終える頃には、この映画は記念碑的な映画であるという確信に変わっていたと言う。
スーザンさんは、「今まで読んだあらゆる評論よりも、この作品を言い表している」として、ある俳句を引用した。最後にそれを紹介したい。
「若くあり続けるために、世界を救うために、鏡を壊せ」
ニコラス・レイ生誕百年記念上映では、『ウィ・キャント・ゴー・ホーム・アゲイン』と『あまり期待するな』が11月26日(土)に再上映される。
(取材・文:鈴木自子、撮影:村田まゆ)
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