『人山人海』ツァイ・シャンジュン監督Q&A
TOKYO FILMeX ( 2011年11月19日 23:30)
第12回東京フィルメックス初日の11月19日(土)、TOHOシネマズ 日劇にて、特別招待作品『人山人海』がレイトショー上映され、終映後のQ&Aにツァイ・シャンジュン監督が登場した。この日はあいにくの悪天候で、冒頭「雨の中をお越し下さりありがとうございます」と挨拶を述べたツァイ監督。深夜にもかかわらず熱心に耳を傾ける観客との間で、内容の濃いやり取りが交わされた。
本作の主人公ティエは、中国南西部の貴州省に住む中年男。何者かに弟を殺害された彼は、中国の南から北まで、逃走する犯人を追跡していく。まず、東京フィルメックスの市山尚三プログラム・ディレクターが、撮影場所に貴州省を選んだ理由を尋ねた。
「これは実在の事件に基づいて作った映画ですので、事件が起こった貴州省をロケ地に選びました」と答えたツァイ監督。貴州省でバイクタクシーの運転手をしていた男が強盗殺人に遭い、その兄たちが1年間にわたって中国の各地で犯人探しを続けたという実話を紹介した。そしてさらに「貴州は比較的辺鄙な場所です。高い山と霧が多く、独特の雰囲気がある。最終的に(物語の舞台が)北へと移っていくわけですが、陽光が輝く明るい南方の景色から、黄土高原地帯の埃っぽい地域に移動していくという、その土地の変化というものも表現したかった」と説明した。
中国縦断の大追走劇をみせる寡黙な主人公を演じたチェン・ジェンビンについて、複数の観客から関心を寄せる声があがった。ツァイ監督は「チェンは私と同じ中央戯劇学院の卒業生で、素晴らしい役者です。彼はこの役を演じるため、準備期間に半年もかけてくれました。私も彼の芝居が好きで、大変評価しています。とても自然で、その人物の中に入りこんでいくような演技をします」と手放しで絶賛。「なんといっても、この映画はティエが要ですから、本作の成功の半分は、彼の演技にかかっていると言えるでしょう」と、チェンさんに全幅の信頼を置いていることをうかがわせた。
チェンさんは日本で現在公開中の映画『孔子の教え』(三恒の一人・季孫斯役)や、テレビドラマ「三国志」(曹操役)で有名になった実力派俳優だ。ここで市山Pディレクターが「ジャ・ジャンクー監督の『四川のうた』(08)で、山口百恵をすごく好きな労働者の役を演じていましたね。日本で公開された時には、みな彼のことをプロの俳優ではなく本当の労働者だと間違ったくらい、非常にリアルな演技でした」との情報を提供。チェンさんの説得力ある演技を観たばかりの客席は、"なるほど"といった空気に包まれた。
続けて、本作がデジタル上映だったことに話が及んだ。客席からの質問は、「フィルムで撮影したものをデジタル化していたようだが、いま世界的にはデジタルで撮ることの方が圧倒的に多くなりつつある。フィルムを選ばれた考えを聞かせてほしい」というもの。これについてツァイ監督は、「私はわりと伝統的な撮り方をしますから、まず35ミリのフィルムで撮りました。しかしポスト・プロダクションの段階で、DI(デジタル・インターミディエイト)プロセスを試してみたいと思ったのです」と説明し、さらに続けた。「今日観ていただいたのはHDカム上映ですが、DCP(デジタルシネマパッケージ)で見ていただいた方が、より狙った効果を見せられたかもしれません」。
そこで市山Pディレクターが「全部35ミリで仕上げようとは考えなかったのですか?」と質問。これを受けてツァイ監督は、「DIプロセスで仕上げた効果を試してみたかった」と繰り返すも、デジタル化を試した結果、改めてフィルムの良さを見直した心境を明かした。「やはり光や質感はフィルムの方が良い。映画は物語が重要ですから、特撮を多く用いた場合でなければ(デジタルで可能な)特殊な調整は必要ないのだと思いました」
"映画は物語が重要"という言葉に力をこめたツァイ監督。『人山人海』はその言葉どおり、中国の暗部を生々しくえぐり出しながら、驚きの展開をみせていく。今年のヴェネチア映画祭で銀獅子賞(監督賞)を受賞した本作。東京フィルメックスでは最終日11月27日(日)にも再上映される。
(取材・文:新田理恵、撮影:清水優里菜)
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