『ニーチェの馬』タル・ベーラ監督Q&A
TOKYO FILMeX ( 2011年11月24日 22:00)
11月24日、有楽町朝日ホールにて特別招待作品『ニーチェの馬』が上映された。今年のベルリン国際映画祭で審査員特別賞に輝いた傑作は、満員の観客を圧倒。上映後にはタル・ベーラ監督が、壇上には上がらず、舞台の下で立ったまま観客とのQ&Aに応じた。林 加奈子東京フィルメックス・ディレクターに観客への一言を求められると監督は、「この醜い白黒の、退屈な、ゆっくりとした..."何か"を観てくださってどうもありがとう」と静かな口調で語り、早速タル・ベーラ・ワールドに会場を引き込んだ。
この作品に描かれるのは、荒野の一軒家に暮らす父娘、そして一頭の馬の日常。井戸で水を汲み、馬に飼い葉をやり、ランプに火を灯し、縫い物をし...流麗な長回しのカメラが、単調な日々の作業の繰り返しを映し出す。
時折来訪者がやってくるものの、登場するのはほぼ父と娘のみ。父親役のデルジ・ヤーノシュは主に舞台で活躍している俳優で、娘を演じたボーク・エリカは、『サタン・タンゴ』(94)や『倫敦から来た男』(07)にも出演している。今はレストランで皿洗いをしていて、監督によると「女優になる気はまったくない」そう。
「父娘の動作が、あたかも何年もそこで暮らしているかのようだった」と述べた観客から「リハーサルをどのくらい重ねたのか」と訊ねると、監督からは「リハーサルは必要ない」と意外な答えが返って来た。
「映画を撮るには、リアルな状況を作らなければならないと私は考えています。誰もが、あの場所、あの状況に置かれれば、きっと彼らと同じように動くでしょう。これが、真の映画作りの論理。つまり、人生というものがどのように辿られるのか、しっかりと捉える、ということです」。監督は、それによって日々繰り返される生活の中にある人生の論理を表したかった、と語った。
次に、「モノクロの映像、画面の質感が非常に美しかった」という感想が寄せられると、「自分にとっては、モノクロが撮り易い」と監督。
「白黒の画面を目にした観客は、これは自然主義のスタイルの映画ではない、とすぐに理解できる。つまり、これは"誰か"の視点から描かれているのだ、という心の準備が出来る、と考えています。映画は現実ではない。そうであるふりをしてはならないのです。ですから、先程申し上げた人生の論理というのも、人生についての我々の見方をお見せしているわけで、それを受け容れるのか、それとも拒否するのかというのは、観る者に委ねられている。あることが正しいとか悪いといったことを"審判する"という行為は、映画作りの一部ではないと考えています」
撮影手法を絶賛する声を寄せた観客は、流れ者がやってくる場面―家の中から窓の外を捉え、やがて娘と一緒にカメラは家を出ていく―というワン・カットを挙げ、「どうやって撮ったのでしょうか」と質問した。監督は、「それは料理の説明をするようで、非常に難しい」と苦笑しながら、「お訊ねのシーンですが、カメラはまず、窓越しに流れ者がやってくるのを追っています。しかしある瞬間から我々もまたその状況のただ中にあるのだ、と感じて欲しいためにあのような動きになっているのです」と解説してくれた。
劇中の音楽についての質問が上がると、「音楽は大好きです」とニヤリ。「音楽は人生の一部」という監督が信頼を寄せるのは作曲家・詩人・哲学者であるヴィーグ・ミハーイ。83年からずっと、ともに仕事をしているという。「今回の場合はあえてひとつの曲を使用しています。これは、人生の日々の営みが繰り返しであるということを示すためでもありますが、ただ、いつも同じではありません。同じだと思っていた日々も、少しずつ変わっていくもの。これもまた、今回見せたかったものの別の側面でもあります」
『ニーチェの馬』は6日間のうちに展開する。「「創世記」には、神が6日間でこのクソみたいな世界を創造なさり、そして7日目に休息をとった、とある。『ニーチェの馬』はこの6日間を逆行しています。その日々のうちに少しずつ何かを失っていく。6日目になると、そこに待ち受けているものは終末です」と物語の構成の意図を明かした。
「毎日同じような日々が続いている、と我々は思っていますが、毎日は実は少しずつ違っているのです。それは、毎日我々の人生は短くなっているからです。生きていく中で、だんだんと弱まっていき、そしていずれ、静かに、孤独のうちに終末の時を迎え、我々は皆、消えゆく運命にあるのです」
終始、質問者の方をじっと見つめながら、ゆっくりとした口調で語りかけたタル監督。ここで、質疑応答も「終末の時」を迎え、監督は最後に「おやすみなさい」とささやき、満場の拍手に見送られて会場を後にした。
『ニーチェの馬』は2012年2月より、シアター・イメージフォーラムにて公開予定。
(取材・文:花房佳代、撮影:清水優里菜)
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